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第一章 冒険者登録編
⒏説明会
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「はぁぁぁぁぁ……」
男子校に入ってしまったあの日以来の猛烈な後悔が俺を襲う。
何故、あのような言動をしてしまったのだろう。
どうして堪えることが出来なかったのだろう。
どうして桜子さんに「強い男どう思いますか?筋肉どう思いますか?」なんて言ってしまったのだろう。
モテ男になりたいんだーーー!という言葉を飲み込んだわずかな理性を俺は評価したい。ほとんど言ったようなものだが…。
「はぁぁぁぁぁ……」
「大丈夫ですか?」
何度もため息をつく俺を桜子さんが心配してくれる。
【スキル】使用後の身体測定の後、俺と桜子さんはダンジョンから出て冒険者センター本部内にあるレストランで食事をしていた。ちなみに味は覚えていない。
新宿でも原宿でも表参道でもないが俺の悲願が叶ったというのにこれではあまりにも勿体ない。
今は食事が終わり、俺は13時から始まる説明会に、桜子さんは桜子さんの仕事に向かうところだ。
「あぁ、すみません。折角の食事の時間を暗い雰囲気にさせてしまって…」
「いえ、大丈夫ですよ。…第一、あれは焚きつけた朝陽が悪いんです」
「はは…そう言ってもらえると助かります…」
「ふふっ、男の子なら誰でも一度はその、…そう思うことはありますよ。だからそこまで気にしなくてもいいと思います。それでも美作さんが忘れて欲しいと願うのでしたら忘れてあげます。…だから忘れて下さいね?」
その慰めはグサッと来るなぁ…。それに忘れて下さいって何のことだろう。
あぁ、あれか…。忘れるわけないじゃないですか。
あれとはあれである。
「はい、忘れます。…ですから忘れてくれるとありがたいです」
「はい、わかりました。…あ、私はそろそろ仕事に戻らないといけませんので。…それと、申し訳ないのですが、先ほど約束した通り明日は9時にセントラルの受付付近で待ち合わせということでよろしくお願いします」
念のため、と先ほどダンジョン内で3人。話し合った内容の確認をしてくる桜子さん。
その内容とは明日、再びダンジョンラボでスキル検査を行うというものだった。
スキル検査と言ってもその実、ポーションドーピングで無理矢理筋トレを行うというものであるが。
朝陽さんが、一か月なんて待っていられないと我儘を言った結果だった。
俺としても合法でダンジョンに入ることが出来るのであれば願ったりかなったり。しかも強くなれるという特典付き。モテ男への近道切符だ。
桜子さんは「朝陽が暴走したせいで日曜日を潰してしまいました」と申し訳なく思ってくれているのだろうが全然そんなことはない。
むしろウェルカム。日曜に美人さんとの待ち合わせ。甘美な響きである。
「はい、わかりました。あと俺は全然迷惑だなんて思っていませんから。むしろありがたいとすら思っています」
「それならよかったです。では、また明日」
「はい、また明日」
俺は桜子さんと別れ、冒険者説明会の会場である6階の601室に向かうのであった。
◇◇◇
「お、カイじゃん。さっきぶり」
「カイ君やっほ~」
セントラル6階の601室。
30人くらいが集まるその部屋の中心で北条正彦と草加部ユリが俺を呼んでいた。
「あ、さっきぶり。北条君、草加部さん」
「だからマサヒコでいいって」
「ユリでいいよ~」
「あ、うん。わかったよマサヒコ……ユリ…」
「分かってくれて何よりだ」
「そうそう」
あぁ、やはり苦手だ。
同年代だと殊更に。
桜子さんと朝陽さんは年齢が少し離れているから初めこそ緊張したけれど、その緊張がなくなるのは随分と早かった気がする。この二人も悪い人ではないんだけどなぁ。
その逆であるとも言える。しかし、如何せん波長が合わない。
モテるには今の場面でもすぐに馴染めるような順応力が必要なのだろうか。
あれ?その順応の力がないから冒険者になろうとしたんだっけ。
「どしたの?カイ君」
「ん?いやなんでもない」
出来るだけ名前を呼ばなくていい、そんな会話を心掛けよう。
「そういやカイさ。朝なんで呼び止められたんだ?」
「え、あぁ、スキルのことで…さ、残れって言われたんだ」
「あぁ、スキルか。それなら仕方ないな」
【スキル】は冒険者の商売道具だ。スキルを教え合うのはパーティのメンバーかよほど親しい間柄にある人だけ。パーティメンバーにすら教えないと言う人もいるらしい。食事の時桜子さんに聞いた。
スキルと俺が言った瞬間、何かを察したような顔をしたマサヒコは「俺とユリはシーカーズフレンドに行ったりしたんだ。そこでさぁ…」と話題を逸らす。
冒険者にまだなっていないのにここまで気を遣えるのはさすがである。
俺たちの年代ならスキルという言葉を聞いただけで反応し、深堀してしまうのが大半だろう。
対人スキルだけでなく冒険者意識も高いとはすごいやつだ。
「え~、カイ君シレーヌでランチしたの~、いいなぁ。私もそこがよかった~。でも高いんだよね~…あ、来た」
そんなこんなで他愛のないやり取りを時間が来るその時までしているとちょうど部屋の中の時計が13時を指すのと同じタイミングで朝のおばちゃん――菊池さんが入室してきた。
ユリだけでなく周りで話をしていた冒険者適性ありの人たちも一斉に黙る。
その中には昨日教室で駄弁っていたクラスカーストトップの女子が一人いた。
俺に冒険者になるきっかけを与えた子である。
見つからないようにしよう、と少しマサヒコの影に隠れるように身を竦め前に立つ菊池さんの言葉に耳を傾けた。
「え~、それでは説明会を始めたいと思います。まず初めに確認を致しますが、今この場にいらっしゃるのは冒険者適性検査にて適性ありとの結果を受けた方々――つまり何らかのスキルを保有されている方々である。そしてダンジョン内にてご自身の身はご自身の力で守る。そのことを理解し、また有事の際の覚悟がある方々である、と判断してもよろしいでしょうか」
菊池さんは理解と覚悟の単語を強調しあたりを見回す。
『理解』とはダンジョン内では自分の身は自分で守れ、守れないのであれば端からその場所に行くな、自分の技量を理解することが大切である。そのことを理解しろということ。
『覚悟』とは不慮の事故、軽症や重症、最悪の場合は死亡。リスクを背負ってダンジョンに潜る覚悟はあるのかということ。
―――ダンジョンの日常は日常に非ず。
有名な冒険者がテレビで言っていたのを耳にしたことがある。
その時は冒険者に興味なかったから冒険者さんの名前は憶えていないけれども。
つまりはあれだ。
菊池さんが言いたいことは冒険者は大変だぞ、お前らその覚悟あんのか?ということ。
俺のようなモテたいというだけの不純な動機の輩もいれば就職に有利になるようにという動機で冒険者の門を叩く真面目君もいる。
しかし、ダンジョン内ではそれらの動機に関係なく理不尽は牙を剥く。
周りを見れば一定数の人が険しい顔をしていた。
その中には先ほどまで笑みが絶えなかったマサヒコとユリの姿もある。
こういう人たちが冒険者として成功するのかなぁと思いながらも俺は俺で気を引き締める。
モテたい―――。
俺が冒険者を目指す理由。冒険者として大成したいと思うことが出来る衝動。
これは揺らがない。つい先ほど女性と触れ合える喜びを知ってしまったからな。
ただそれだけではなくなった。
俺は初めてダンジョンと言えるダンジョンに入って惹かれてしまったんだ。
その雄大さに、美しさに、不思議さに。
でもまぁモテたいけどね!
ダンジョンで生き残ることのできる自信は今はあまりないけど、女の子との食事と冒険に必要な装備を整えること、どちらにお金を掛けますか?と聞かれれば間違いなく、即答で、「女の子との食事です」と言える自信はある。自信しかない。
俺が一人でにやついている間に説明会は進む。
ダンジョン内での事故件数、そしてそのような事故を冒険者センターは、国は様々な対策を取っている云々とか等級別年間収入平均はどうだとかのデータをホログラムで映し出しながら菊池さんは口を動かす。
ちなみにだが一等級冒険者の平均年収は軽く億の台に乗っていた。すげぇな桜子さん。
「では、次で最後になります。先ほどお渡しした資料の中に契約書と記載のある紙が入っているかと思われます。しっかりと目を通したうえで捺印をお願いいたします。なお、契約書内容に関しましては一切の苦情を受け付けておりませんので、苦情がある場合には冒険者登録を諦めて下さい」
契約書には特段変わったことは記載されていない。
この説明会で菊池さんが再三と言ってきたことばかりが書かれているだけ。特にこちらの不利益になるようなことはないことを確認して家から持ってきていた印を押す。
そしてぞろぞろと他の志願者とともに前に契約書を含む書類の数々を提出した。
俺が最後尾だったらしい。俺の前は一緒の組で適性検査を受けた厳ついおじさんだった。
さて席に戻るか。
踵を返して席に向かおうとする。
「…あんた、冒険者知識検定の資格は持っているかい?」
そのとき肩をトントンと菊池さんに叩かれそう聞かれた。
「講習会の座学が免除になるってあれですか?…持ってませんけど」
「わかった、ありがとう。さっきはネットで講習会の予約を、なんて言ったけどあんたは例外だよ。こちらから案内の書類を届けるからネットで予約する必要はない。…ちなみにだけど座学と検定どちらがいいとかはあるかい?早く一人でダンジョンに潜りたいなら検定がおすすめだよ」
「え?…あ、じゃあ検定で」
「わかった、ありがとう。…さぁ、お戻り」
「あぁ…はい……」
何故に今?
居残りを回避させてくれたのだろうか。
首を傾げながら席に戻る。
マサヒコが声をかけてきた。
「なぁ、何話しかけられてたんだ?」
スキルのことじゃないし、煙に巻きすぎるのも良くないか。
「なんか検定か講習かどっち取るんだ?って聞かれてた」
「あぁ、それか」
マサヒコは頷く。
冒険者になるための条件は適性検査、説明会以外にもまだある。
それが冒険者知識検定とか講習会というものだ。
説明会で菊池さんが話しているのを聞いて初めて知ったのだけどね。
仮冒険者になるためであれば冒険者知識検定3級の資格とダンジョン内での実技講習が1回、ないのであれば冒険者の知識をレクチャーする講習会で座学5回、ダンジョン内での実技1回。
冒険者になるためであれば冒険者知識検定2級の資格とダンジョン内での実技講習が3回、ないのであれば講習会の座学10回、ダンジョン内での実技3回が必要になってくる。
ダンジョン内事故件数を可能な限り減らすためのものであるらしい。
自動車免許みたいなものだと考えればいいのか。
「マサヒコと…ユリは講習にするの?」
「実技はな。でも座学は受けないでいいんだ。俺とユリは2級持ってるから。…カイは?」
「俺は…資格持ってないから資格の勉強からかな?そっちの方が早そうだし」
「ま、はやく冒険者になりたいんだったらそうなるよね~。ひと月は短縮できると思うよ~」
「へぇ、そうなんだ…」
あっぶね。検定で、って菊池さんに言ってよかったぁ。
講習取っちゃたんで正式な冒険者になるの時間かかりますっていたら朝陽さんキレるだろうし桜子さんに迷惑かけちゃうだろうし。
俺の【スキルボード】の経過観察をするためだけに毎回桜子さんに引率をしてもらうのはさすがに気が引ける。
あれ?ちょっと待って…。
もしかして講習会にした方が長い間桜子さんと一緒にダンジョン潜れたってこと?
いまからでも講習会に替えてもらおっかなぁ。
前を見る。しかしそこにはもう菊池さんはいない。
説明会は終わってしまったようだった。
「…ちくしょう」
「そうだよなぁ、悔しいよなぁ。まぁ、俺たちが先に冒険者になって後から冒険者になったカイを先輩として鍛えてやるよ」
「マサ君やさし~。あ、私も先輩だからね。分からないことがあればどんどん聞いちゃって?検定勉強のことでもいいよ~」
「あ、うん、ありがとう。その時はよろしく」
「任せとけ…あ、これ俺のLimeな?俺とユリに聞きたいことがあったら遠慮なくLimeしてくれ」
「あ、うん」
良い奴だなぁ…。でもマサヒコ君や。そうじゃないんだ。
それと、さりげなくユリと俺が直接繋がらないようにしたな?…やるじゃないか。
「じゃあなカイ」
「じゃあね~カイ君」
「うん、また」
冒険者センター本部建物を出たところで二人と別れ、俺は家路についた。
なお、身体能力測定のあと朝陽さんが測定後のポーションをけっちたせいで、早くも筋肉痛になりかけている足がチャリを漕ぐことで悪化したのは言うまでもないだろう。
男子校に入ってしまったあの日以来の猛烈な後悔が俺を襲う。
何故、あのような言動をしてしまったのだろう。
どうして堪えることが出来なかったのだろう。
どうして桜子さんに「強い男どう思いますか?筋肉どう思いますか?」なんて言ってしまったのだろう。
モテ男になりたいんだーーー!という言葉を飲み込んだわずかな理性を俺は評価したい。ほとんど言ったようなものだが…。
「はぁぁぁぁぁ……」
「大丈夫ですか?」
何度もため息をつく俺を桜子さんが心配してくれる。
【スキル】使用後の身体測定の後、俺と桜子さんはダンジョンから出て冒険者センター本部内にあるレストランで食事をしていた。ちなみに味は覚えていない。
新宿でも原宿でも表参道でもないが俺の悲願が叶ったというのにこれではあまりにも勿体ない。
今は食事が終わり、俺は13時から始まる説明会に、桜子さんは桜子さんの仕事に向かうところだ。
「あぁ、すみません。折角の食事の時間を暗い雰囲気にさせてしまって…」
「いえ、大丈夫ですよ。…第一、あれは焚きつけた朝陽が悪いんです」
「はは…そう言ってもらえると助かります…」
「ふふっ、男の子なら誰でも一度はその、…そう思うことはありますよ。だからそこまで気にしなくてもいいと思います。それでも美作さんが忘れて欲しいと願うのでしたら忘れてあげます。…だから忘れて下さいね?」
その慰めはグサッと来るなぁ…。それに忘れて下さいって何のことだろう。
あぁ、あれか…。忘れるわけないじゃないですか。
あれとはあれである。
「はい、忘れます。…ですから忘れてくれるとありがたいです」
「はい、わかりました。…あ、私はそろそろ仕事に戻らないといけませんので。…それと、申し訳ないのですが、先ほど約束した通り明日は9時にセントラルの受付付近で待ち合わせということでよろしくお願いします」
念のため、と先ほどダンジョン内で3人。話し合った内容の確認をしてくる桜子さん。
その内容とは明日、再びダンジョンラボでスキル検査を行うというものだった。
スキル検査と言ってもその実、ポーションドーピングで無理矢理筋トレを行うというものであるが。
朝陽さんが、一か月なんて待っていられないと我儘を言った結果だった。
俺としても合法でダンジョンに入ることが出来るのであれば願ったりかなったり。しかも強くなれるという特典付き。モテ男への近道切符だ。
桜子さんは「朝陽が暴走したせいで日曜日を潰してしまいました」と申し訳なく思ってくれているのだろうが全然そんなことはない。
むしろウェルカム。日曜に美人さんとの待ち合わせ。甘美な響きである。
「はい、わかりました。あと俺は全然迷惑だなんて思っていませんから。むしろありがたいとすら思っています」
「それならよかったです。では、また明日」
「はい、また明日」
俺は桜子さんと別れ、冒険者説明会の会場である6階の601室に向かうのであった。
◇◇◇
「お、カイじゃん。さっきぶり」
「カイ君やっほ~」
セントラル6階の601室。
30人くらいが集まるその部屋の中心で北条正彦と草加部ユリが俺を呼んでいた。
「あ、さっきぶり。北条君、草加部さん」
「だからマサヒコでいいって」
「ユリでいいよ~」
「あ、うん。わかったよマサヒコ……ユリ…」
「分かってくれて何よりだ」
「そうそう」
あぁ、やはり苦手だ。
同年代だと殊更に。
桜子さんと朝陽さんは年齢が少し離れているから初めこそ緊張したけれど、その緊張がなくなるのは随分と早かった気がする。この二人も悪い人ではないんだけどなぁ。
その逆であるとも言える。しかし、如何せん波長が合わない。
モテるには今の場面でもすぐに馴染めるような順応力が必要なのだろうか。
あれ?その順応の力がないから冒険者になろうとしたんだっけ。
「どしたの?カイ君」
「ん?いやなんでもない」
出来るだけ名前を呼ばなくていい、そんな会話を心掛けよう。
「そういやカイさ。朝なんで呼び止められたんだ?」
「え、あぁ、スキルのことで…さ、残れって言われたんだ」
「あぁ、スキルか。それなら仕方ないな」
【スキル】は冒険者の商売道具だ。スキルを教え合うのはパーティのメンバーかよほど親しい間柄にある人だけ。パーティメンバーにすら教えないと言う人もいるらしい。食事の時桜子さんに聞いた。
スキルと俺が言った瞬間、何かを察したような顔をしたマサヒコは「俺とユリはシーカーズフレンドに行ったりしたんだ。そこでさぁ…」と話題を逸らす。
冒険者にまだなっていないのにここまで気を遣えるのはさすがである。
俺たちの年代ならスキルという言葉を聞いただけで反応し、深堀してしまうのが大半だろう。
対人スキルだけでなく冒険者意識も高いとはすごいやつだ。
「え~、カイ君シレーヌでランチしたの~、いいなぁ。私もそこがよかった~。でも高いんだよね~…あ、来た」
そんなこんなで他愛のないやり取りを時間が来るその時までしているとちょうど部屋の中の時計が13時を指すのと同じタイミングで朝のおばちゃん――菊池さんが入室してきた。
ユリだけでなく周りで話をしていた冒険者適性ありの人たちも一斉に黙る。
その中には昨日教室で駄弁っていたクラスカーストトップの女子が一人いた。
俺に冒険者になるきっかけを与えた子である。
見つからないようにしよう、と少しマサヒコの影に隠れるように身を竦め前に立つ菊池さんの言葉に耳を傾けた。
「え~、それでは説明会を始めたいと思います。まず初めに確認を致しますが、今この場にいらっしゃるのは冒険者適性検査にて適性ありとの結果を受けた方々――つまり何らかのスキルを保有されている方々である。そしてダンジョン内にてご自身の身はご自身の力で守る。そのことを理解し、また有事の際の覚悟がある方々である、と判断してもよろしいでしょうか」
菊池さんは理解と覚悟の単語を強調しあたりを見回す。
『理解』とはダンジョン内では自分の身は自分で守れ、守れないのであれば端からその場所に行くな、自分の技量を理解することが大切である。そのことを理解しろということ。
『覚悟』とは不慮の事故、軽症や重症、最悪の場合は死亡。リスクを背負ってダンジョンに潜る覚悟はあるのかということ。
―――ダンジョンの日常は日常に非ず。
有名な冒険者がテレビで言っていたのを耳にしたことがある。
その時は冒険者に興味なかったから冒険者さんの名前は憶えていないけれども。
つまりはあれだ。
菊池さんが言いたいことは冒険者は大変だぞ、お前らその覚悟あんのか?ということ。
俺のようなモテたいというだけの不純な動機の輩もいれば就職に有利になるようにという動機で冒険者の門を叩く真面目君もいる。
しかし、ダンジョン内ではそれらの動機に関係なく理不尽は牙を剥く。
周りを見れば一定数の人が険しい顔をしていた。
その中には先ほどまで笑みが絶えなかったマサヒコとユリの姿もある。
こういう人たちが冒険者として成功するのかなぁと思いながらも俺は俺で気を引き締める。
モテたい―――。
俺が冒険者を目指す理由。冒険者として大成したいと思うことが出来る衝動。
これは揺らがない。つい先ほど女性と触れ合える喜びを知ってしまったからな。
ただそれだけではなくなった。
俺は初めてダンジョンと言えるダンジョンに入って惹かれてしまったんだ。
その雄大さに、美しさに、不思議さに。
でもまぁモテたいけどね!
ダンジョンで生き残ることのできる自信は今はあまりないけど、女の子との食事と冒険に必要な装備を整えること、どちらにお金を掛けますか?と聞かれれば間違いなく、即答で、「女の子との食事です」と言える自信はある。自信しかない。
俺が一人でにやついている間に説明会は進む。
ダンジョン内での事故件数、そしてそのような事故を冒険者センターは、国は様々な対策を取っている云々とか等級別年間収入平均はどうだとかのデータをホログラムで映し出しながら菊池さんは口を動かす。
ちなみにだが一等級冒険者の平均年収は軽く億の台に乗っていた。すげぇな桜子さん。
「では、次で最後になります。先ほどお渡しした資料の中に契約書と記載のある紙が入っているかと思われます。しっかりと目を通したうえで捺印をお願いいたします。なお、契約書内容に関しましては一切の苦情を受け付けておりませんので、苦情がある場合には冒険者登録を諦めて下さい」
契約書には特段変わったことは記載されていない。
この説明会で菊池さんが再三と言ってきたことばかりが書かれているだけ。特にこちらの不利益になるようなことはないことを確認して家から持ってきていた印を押す。
そしてぞろぞろと他の志願者とともに前に契約書を含む書類の数々を提出した。
俺が最後尾だったらしい。俺の前は一緒の組で適性検査を受けた厳ついおじさんだった。
さて席に戻るか。
踵を返して席に向かおうとする。
「…あんた、冒険者知識検定の資格は持っているかい?」
そのとき肩をトントンと菊池さんに叩かれそう聞かれた。
「講習会の座学が免除になるってあれですか?…持ってませんけど」
「わかった、ありがとう。さっきはネットで講習会の予約を、なんて言ったけどあんたは例外だよ。こちらから案内の書類を届けるからネットで予約する必要はない。…ちなみにだけど座学と検定どちらがいいとかはあるかい?早く一人でダンジョンに潜りたいなら検定がおすすめだよ」
「え?…あ、じゃあ検定で」
「わかった、ありがとう。…さぁ、お戻り」
「あぁ…はい……」
何故に今?
居残りを回避させてくれたのだろうか。
首を傾げながら席に戻る。
マサヒコが声をかけてきた。
「なぁ、何話しかけられてたんだ?」
スキルのことじゃないし、煙に巻きすぎるのも良くないか。
「なんか検定か講習かどっち取るんだ?って聞かれてた」
「あぁ、それか」
マサヒコは頷く。
冒険者になるための条件は適性検査、説明会以外にもまだある。
それが冒険者知識検定とか講習会というものだ。
説明会で菊池さんが話しているのを聞いて初めて知ったのだけどね。
仮冒険者になるためであれば冒険者知識検定3級の資格とダンジョン内での実技講習が1回、ないのであれば冒険者の知識をレクチャーする講習会で座学5回、ダンジョン内での実技1回。
冒険者になるためであれば冒険者知識検定2級の資格とダンジョン内での実技講習が3回、ないのであれば講習会の座学10回、ダンジョン内での実技3回が必要になってくる。
ダンジョン内事故件数を可能な限り減らすためのものであるらしい。
自動車免許みたいなものだと考えればいいのか。
「マサヒコと…ユリは講習にするの?」
「実技はな。でも座学は受けないでいいんだ。俺とユリは2級持ってるから。…カイは?」
「俺は…資格持ってないから資格の勉強からかな?そっちの方が早そうだし」
「ま、はやく冒険者になりたいんだったらそうなるよね~。ひと月は短縮できると思うよ~」
「へぇ、そうなんだ…」
あっぶね。検定で、って菊池さんに言ってよかったぁ。
講習取っちゃたんで正式な冒険者になるの時間かかりますっていたら朝陽さんキレるだろうし桜子さんに迷惑かけちゃうだろうし。
俺の【スキルボード】の経過観察をするためだけに毎回桜子さんに引率をしてもらうのはさすがに気が引ける。
あれ?ちょっと待って…。
もしかして講習会にした方が長い間桜子さんと一緒にダンジョン潜れたってこと?
いまからでも講習会に替えてもらおっかなぁ。
前を見る。しかしそこにはもう菊池さんはいない。
説明会は終わってしまったようだった。
「…ちくしょう」
「そうだよなぁ、悔しいよなぁ。まぁ、俺たちが先に冒険者になって後から冒険者になったカイを先輩として鍛えてやるよ」
「マサ君やさし~。あ、私も先輩だからね。分からないことがあればどんどん聞いちゃって?検定勉強のことでもいいよ~」
「あ、うん、ありがとう。その時はよろしく」
「任せとけ…あ、これ俺のLimeな?俺とユリに聞きたいことがあったら遠慮なくLimeしてくれ」
「あ、うん」
良い奴だなぁ…。でもマサヒコ君や。そうじゃないんだ。
それと、さりげなくユリと俺が直接繋がらないようにしたな?…やるじゃないか。
「じゃあなカイ」
「じゃあね~カイ君」
「うん、また」
冒険者センター本部建物を出たところで二人と別れ、俺は家路についた。
なお、身体能力測定のあと朝陽さんが測定後のポーションをけっちたせいで、早くも筋肉痛になりかけている足がチャリを漕ぐことで悪化したのは言うまでもないだろう。
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