上 下
56 / 76
幼少 ―初めての王都―

第57話 ロマンと理想 

しおりを挟む
 超大陸テラにおいて騎竜はそう珍しい存在ではない。
 警備巡回に使われたり移動手段として、また戦争においても一兵種としてなど用途は幅広い。
 その騎竜を操り大空を駆け回る者のことを人々は『竜騎士』と呼んだ。
 戦場では縦横無尽に大空を駆け回り敵の騎竜隊とぶつかり合い、魔法士隊の注意《ヘイト》をガンガン集め活躍するいわば花形の職業だ。
 当然誰もがなれるような甘っちょろいものではなく、騎竜の操作技術はもちろんのこと近接戦・遠距離戦と言った単純な戦闘能力を高水準で修め、そのうえで竜に好かれなければならない。
 竜は賢い生き物で主人を選ぶと聞いたことがある。……本で。
 技術は努力で何とかなるが、竜に好かれるかどうかは完全に運頼みになるというわけだ。
『竜騎士』とは選ばれし人間のみがなることのできる職業なのだ。
 ―――超カッチョイイ。
 そしてその選ばれし人間を選ぶ騎竜を見てみたい。俺はただ一人の男の子としてロマン騎竜をより間近で見てみたい。そう思ったのだ。ぱっと思い付いただけだけれども…。





「―――騎竜を間近で見てみたいです」

 切実な願い。
 実は断られる可能性もある。
 単純に軍事機密に抵触する恐れがあるからだ。
 そこを何とか!と熱い眼差しを叔父様に送る。

「ん?なんだ、そのようなことでいいのか」

 ケロッとした表情で快諾してくれた。

「え、いいのですか?」

 あまりの軽さに拍子抜けだ。
 まあいい。快諾してくれた理由はこの際どうでもいいのだ。
 内心小躍りする。

「あぁ、一応軍務卿に話を通しておく必要があるがな。まぁ問題あるまい。ただ本当にそれでいいのか?」

 叔父様もなんだか少し困惑した顔でそう聞いてくる。先ほどの俺の沈黙で少し警戒していたらしい。そんなに悩むとはそれほどまでに大きなお願いなのか!?みたいな。
 これ以上お願いしたいことがないし、欲張るタイミングでもないので謙虚にいこう。

「もちろんです。私にとってはとても大事なことなので」
「そ、そうか。―――うむ、準備ができたら遣いを出そう」
(よっしゃ。)
「ありがとうございます!」

 お礼として満面の笑みをプレゼントしよう。リップサービスだ。

「これくらいのことならば力になろう」

 うれしそうな叔父様。
 もう少し話していたいと思うのだが、おばあ様と叔父様は他の貴族とも話さなければならないのでそろそろお暇しよう。
 リア姉にウインクする。
(そろそろ、戻ろう)
 リア姉がウインクし返してきた。
(わかったわ、アル)

 テレパシーを送り合い意見が一致したところで「アルテュール、最後に質問をしたいのだが…良いか?」と叔父様に声を掛けられた。

 先ほどの嬉しそうな顔とは打って変わって、真剣な表情だ。

(なんだろう…?)

「?…はい」

 断ることなどできないし、断る気もないので疑問に思いながらも返事した。
 叔父様は咳払いを一つした後に聞いてきた。


「大切な家族の一人と民10000人、どちらもが同時に命の危機にさらされているとする―――アルテュールお前ならどうする?」―――と。


(いきなりだなぁ…)

 何の脈絡もなく聞かれた俺だが、内容は聞いたことのあるものだったのですんなりと頭に入ってきた。

 この質問はトロッコ問題に似ている。
 ただ似ているが別物と言ってもいいだろう。
 本来のトロッコ問題はもっとルールに縛られていたのに対して、叔父様の質問は本来のトロッコ問題よりも自由だ。
 共通点はただ一つ―――大を救うか小を救うか。
 それも厳密に言えば少し違ってくるが…。
 俺は脳をフル回転させる。
 本来のトロッコ問題にはこれだという正解はない。というか、トロッコ問題と結び付けて考えるのやめよ。
 頭の中にあるトロッコを横から蹴り飛ばして脱線させる…ガタンッ…ふぅ、これで良し。

(何が正解なんだろう……)

 となるとやはり正解があるように思えてきた。

 なぜ、叔父様はこのタイミングで俺に聞いてきたのだろう。

 貴族のあるべき姿を教えるためか?『民なくして貴族は貴族たりえない』とか民よりもお家を守るために家族を助けなさい、とか?

(わからん…)

 将来、おでこを洗濯板みたいにしたくないので眉間にしわを寄せたくないのだが、自然とそうなってしまう。

 第一本当に正解はあるのか?

 もしかしたらトロッコ問題と一緒で―――



「…アル?怖い顔しないで?」

 疑問が疑問を呼ぶスパイラルからその声で引き戻された。

 いつの間にかひどく心配した様子のリア姉が俺の手を握りしめながら顔を覗き込んでいる。
 質問をした張本人である叔父様はおばあ様にめっちゃ睨まれていた。おばあ様に助け求めようかな?

(そう深く考えることないか…)

 この質問に正解があろうとなかろうと俺の答え一つで何が変わるというのだろうか。

 間違えてもいいじゃないか。

 ならば理想は高くだ。

「―――どちらも助けます。」

 居心地悪そうな叔父様の目をしっかりと見て静かに回答する。

「―――理想にすぎんな。」

(うん、正論だ)

 叔父様の言うことはもっともである。
 ただ、届かないなら背伸び努力すればいいと俺は思う。
 ヴァンティエールという名の大きな土台が俺を押し上げてくれる。
 俺は背伸び努力してそれ理想を掴むだけだ。

 そしてなにより―――

「その理想を手繰り寄せる力を持つ者こそがヴァンティエールだと。…俺はそう思います―――」

 叔父様《王族》の前で言うことに意味があると思うのだ―――。


 叔父様と俺は見つめ合う。

 沈黙がつらい。
 なんかそれっぽく格好をつけてしまったし、後ろでちらちらとこちらの様子を窺ってくる公爵家の御仁がいるので早くこの場を去りたいのだが…。なんなら会場抜け出してハッツェンの胸に飛び込みたい。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。おそらく数十秒くらいなんだろうな。

「‥‥‥突然すまんな」

 叔父様のその言葉で沈黙は終わった。

「いえ、私の方こそ生意気を言ってしまいました。すみません。それでは―――あ、騎竜見せてくださいね?」

 一応、騎竜の件について確認しておく。これ本当に大事。

「ふっ、分かっている。安心しろ、約束は違えん」

 リア姉の手を引き俺はその場を去る。

(あ~、疲れた~~~)



◇◇◇



 アルテュールが去り、次に控えていたゼーレ公爵家が挨拶に来るまでの時間―――
 アルとロドヴィコの会話を終始黙って聞いていたイアマがロドヴィコに問う。

「ロドヴィコ、どのようなつもりで質問をしたのですか。フリーダの『貴族らしくない子』という言葉を確認するためですか?それとも―――」
「申し訳ありません母上。ただ気になってしまったのです…。あの子なら何と答えるのだろうか、と」
「…そうですか」

 二人の会話はそこで終わった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末
ファンタジー
20XX年、日本は唐突に異世界転移してしまった。 嘗て、神武天皇を疎んだが故に、日本と邪馬台国を入れ換えた神々は、自らの信仰を守る為に勇者召喚技術を応用して、国土転移陣を完成させたのだ。 出雲大社の三男万屋三彦は、子供の頃に神々の住まう立ち入り禁止区画へ忍び込み、罰として仲間達を存在ごと、消されてしまった過去を持つ。 万屋自身は宮司の血筋故に、神々の寵愛を受けてただ一人帰ったが、その時の一部失われた記憶は、自衛官となった今も時折彼を苦しめていた。 そして、演習中の硫黄島沖で、アメリカ艦隊と武力衝突してしまった異世界の人間を、海から救助している作業の最中、自らの持つ翻訳能力に気付く。 その後、特例で通訳担当自衛官という特殊な立場を与えられた万屋は、言語学者が辞書を完成させるまで、各地を転戦する事になるのだった。 この作品はフィクションです。(以下略) 文章を読み易く修正中です。 改稿中に時系列の問題に気付きました為、その辺りも修正中です。 現在、徐々に修正しています。 本当に申し訳ありません。 不定期更新中ですが、エタる事だけは絶対にありませんので、ご安心下さい。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

隠しスキルを手に入れた俺のうぬ惚れ人生

紅柄ねこ(Bengara Neko)
ファンタジー
【更新をやめております。外部URLの作品3章から読み直していただければ一応完結までお読みいただけます】 https://ncode.syosetu.com/n1436fa/ アウロス暦1280年、この世界は大きな二つの勢力に分かれこの後20年に渡る長き戦の時代へと移っていった リチャード=アウロス国王率いる王国騎士団、周辺の多種族を率いて大帝国を名乗っていた帝国軍 長き戦は、皇帝ジークフリードが崩御されたことにより決着がつき 後に帝国に組していた複数の種族がその種を絶やすことになっていった アウロス暦1400年、長き戦から100年の月日が流れ 世界はサルヴァン=アウロス国王に統治され、魔物達の闊歩するこの世界は複数のダンジョンと冒険者ギルドによって均衡が保たれていた

一般人に生まれ変わったはずなのに・・・!

モンド
ファンタジー
第一章「学園編」が終了し第二章「成人貴族編」に突入しました。 突然の事故で命を落とした主人公。 すると異世界の神から転生のチャンスをもらえることに。  それならばとチートな能力をもらって無双・・・いやいや程々の生活がしたいので。 「チートはいりません健康な体と少しばかりの幸運を頂きたい」と、希望し転生した。  転生して成長するほどに人と何か違うことに不信を抱くが気にすることなく異世界に馴染んでいく。 しかしちょっと不便を改善、危険は排除としているうちに何故かえらいことに。 そんな平々凡々を求める男の勘違い英雄譚。 ※誤字脱字に乱丁など読みづらいと思いますが、申し訳ありませんがこう言うスタイルなので。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

転生令嬢は冒険したい~ダンジョン目指してるのになぜか婚約破棄~

四葉
ファンタジー
✱~或る○○の○○~ とタイトルに記載された話は主人公以外の視点です。 異世界転生って、チートで冒険で無双するのがデフォじゃないの?? 搾取され続けた人生を終えた彼女は来世こそはと努力が反映される世界を望んだ。 そこは魔法もダンジョンもレベルもステータスも存在する世界。 「レベル上げれば強くなるんだよね! 努力は報われるんだよね?!」 しかし彼女は公爵家の令嬢として生を受けた。 え、冒険は? ステータスは? レベル上げないの?? レベルもステータスも存在するのに全く役に立たない生まれと立場のお嬢様はしょんぼりだよ

処理中です...