地球の愛

綿柾澄香

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1、ずっと遠くへ

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 人類が宇宙への進出を諦めてから幾星霜を経た現代において、宇宙を目指すものは異端として迫害される。まあ、今さら宇宙を目指すような大バカ者なんて、この時代においては俺くらいのものなのだろうけど。

 とにかく、そんな世の中において人知れず宇宙を目指すというのはそれなりに難易度が高い。

 ただ成層圏を抜けるだけならば、それほど大掛かりな装置ではなくても、できないことはないだろう。けれども、俺が目指すのは成層圏を抜けた、さらにその先だ。

 月よりも遠く。
 火星よりも先へ。

 太陽系のその向こうへ。
 銀河系の彼方へと。

 とにかく俺はこの地球を離れた、ずっと遠くへ向かいたい。

 そのためには、やはりそれなりに大掛かりな宇宙船が必要となる。たとえ、それに乗船する乗組員が俺一人だけだとしても。

 世の人々の目に触れることなく、それなりに大掛かりな宇宙船を建設するには、街から離れた場所が都合いい。山のふもとの近く、田舎の片隅に購入した広大な土地、その地下に宇宙船を建設するための地下空間を造った。

 個人でこれだけ大掛かりなものを造ろうというのだから、当然大変ではあるけれども、不可能なことではない。

 宇宙への進出を諦めた人類は、その技術の発展のベクトルをより内側に向けた。できないことをできるように、ではなく、できることをより効率的にできるように。アンドロイドとナノマシンを駆使すれば、大抵のことは個人であってもできてしまう世の中となった。どんなに巨大であっても穴を掘る、なんてことは、子供の遊びのようなものだ。

 それに穴はそこまで本格的なものでなくてもいい。
 進歩が内向的なものになったということが幸いした。

 その在り方が、人類そのものの視野を狭くしていたのだ。人はより自分自身に意識が向くようになり、他人にあまり興味を抱かなくなった。有り体に言えば、人類は以前よりも自己中心的なものになったのだ。

 それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。

 けれども、それによって人類同士による大きな争い、戦争や内紛、紛争なんかは無くなった。技術の進歩による食糧問題、貧富の差、環境問題が改善されたことも大きな要因だろうが、なによりも他人にあまり興味を抱かなくなったことが最大の要因だとされている。わざわざ他人に悪感情を抱くこと自体が無駄なのだと、多くの人類が感じるようになったのだ。

 だから、俺の行動に興味を抱くような人間もいない。わざわざ山のふもとにあるような家の住人のことを気にするようなモノ好きはいない、というわけだ。きちんと最低限の労働をこなし、目立たないように生活していれば、注目されるようなことはない。

 だから、穴も宇宙船を打ち上げるロケットがすっぽり隠れてさえしまえば、それを隠す天井部分がどれだけ不自然でも誰も気付かない。

 今日の仕事を終え、地下に降り、見上げる。

 塗装も施されていない、無骨なデザインのロケットと、それに備えられた、見た目少し不細工な宇宙船。まるで、打ち捨てられた遊園地の遊具のようなその外観に、思わず苦笑してしまう。まあ、これはこれで竹に抱き着いたパンダのような愛嬌もあるし、悪くはない。

 ただ、その機能に不備は無いはずだ。不備があったとしても、無謀な男がひとり、勝手に死ぬだけのこと。問題はない。後は数回の機体チェックと、データのプログラミングを完了させればいい。長い時間はかかったけれども、ようやく完成の目処は立った。

「さて、と」

 今日の作業を始めようか。
 と、大きく伸びをして気合を入れる。

 けれども。

「ふうん。これはなかなかに立派なものを造ったものじゃな」

 不意に背後から声がして、慌てて振り返った。

「こんなものをたったひとりで造ってしまうなど、たいしたものじゃ」

 なんて、なんだか大仰に話すその声の主は。

 初めて見る少女だった。
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