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第一話 彼の物語
3、人類は二つに分かれた
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人類は愛を見失った。
それは、全人類の人口の総数が百億に到達したのとほぼ同時期に起きた。
ある日唐突に、人類は二つに分かれたのだ。愛を求め続ける人類と、愛を見失った人類の二つに。
理由なんてわからない。
とある科学者の話では、人類は増えすぎたのだという。これ以上増え続ければ、間違いなくこの地球上に人類は住めなくなってしまう。だから、自浄作用が働いたのだ、と。愛を見失ってしまえば、繁殖もできない。
結果として、人類はその数を減らし続けていった。
最初は緩やかに。そしてそれは徐々に加速していった。愛を求め続ける人類と、愛を見失った人類の比率は当初八対二。けれども、その比率は時間の経過とともに逆転していった。
そうして、愛を見失った人類の総数が、愛を求め続ける人類の総数を上回ったとき、二つの人類は決別した。愛を求め続ける人類は宇宙へと飛び出し、愛を見失った人類はこの地球に留まった。
いや、決別なんてものじゃない。それは、一方的な迫害だった。
愛を求め続ける人類の総数が、愛を見失った人類の総数を下回ると、それは淘汰されるべき存在だという証左なのだ、という意見が出始めた。
人類は進化の果てに愛を捨てることを選んだのだ。
つまり、愛を求め続ける、なんて行為は愚行以外の何物でもなく、それを未だ求め続ける人類のほうが異常なのだ、と。
そんな意識が世界中に広まりはじめ、多数派となった愛を見失った人類は、彼らを治療するという名目で隔離し始めた。愛を未だ求め続けることが人類衰退の原因だとするならば、彼らが愛を諦めてしまえるように治してしまえばいいのだ、と。
最初は本当に治療をするつもりだったのかもしれない。各国の政府は多額の予算を組み、立派な施設を各地に建設した。けれども、それはすぐに建前だけのものとなった。どんなに研究を重ねても、その治療法は見つからなかったのだ。だから、それらの施設はすべて彼らを隔離するための牢獄へと作り替えられていった。そして彼らは、みなその牢獄へと放り込まれた。
ただ、それが決して人道的な策ではない、ということを愛を見失った人類は理解していた。人類がまだ先を目指すのならば、愛を失ってもなお進んでいこうとするのならば、こんな原始的なことをしていては未来はない、とわかっていた。
だから、彼らに二択を迫ったのだ。
このままこの地球上に在り続けるのならば、牢獄の中で生涯を終えることとなる。けれども、宇宙へと飛び出すというのならば、必要な物資や機材はすべて与えよう。宙そらの果てで、キミたちは自由を得られるだろう、と。
そんな、およそ二択とも呼べないような選択肢を提示して、彼らを宇宙へと放り捨てたのだ。
愛を知る彼らが、生涯牢獄での生活を強いられることを良しとしないことくらい、誰にだって想像はつく。これは、彼らに選択肢を与えたのだ、という体裁を整えたかったというだけのことだ。彼らは自らの意思でこの地球を出ていったのだ、と地球上に残った人類たちが罪悪感を抱かないためのものだ。
そうして、僕たち愛を見失った人類は彼らを宇宙へと追い出した。
もう四十年も前のことになるらしい。僕が生まれるよりもずっと前の話だから、詳しくはわからないのだけれど。
彼らが順調に航行を続けているのならば、太陽系はもうとうの昔に抜けているだろう。調べれば彼らの現在地もすぐにわかることだけれども、わざわざ調べようという物好きなんて、今の地球上にはいない。
他人に興味も抱かない、愛を見失った人々しか生存しないのだから、当然だろう。
けれども、十七年前に一人の女の子が生まれた。
その女の子は、他の子供たちと同様に、試験管から生まれた。
愛を見失った人類の繁殖方法は、すべてAIによって管理されている。愛を知らないのだから、当然愛し合うこともない。愛し合うことがないのだから、子供は生まれない。それは必然だ。けれども、それでは人類はあっというまに滅んでしまう。だから、僕たち人類は人口を管理、調整するプログラムを組んだのだ。
全人類の遺伝子を記録し、その中からもっとも相性のいい組み合わせを選び、掛け合わせる。ただし、クローンは作らない。同じ遺伝子の人間を作り続けるなんて、そんなのは停滞にすぎないからだ。そして、その年の亡くなった人類の総数から判断し、定期的に子供を“生産”し、最適な人口を維持し続けている。
今の人類は皆、試験管から生まれるのだ。
そして、施設で育てられ、必要な教育を受け、成人すれば、それぞれの資質にあった職業へと割り当てられる。
そんな施設で少女は育てられていたのだけれども、彼女は明らかに他の子供たちと違っていた。小さな頃から、とにかく彼女は他人に干渉したがる子だった。転んだ子に駆け寄り、声をかけ、試験の成績の悪い子に声をかけ、なにもなくても声をかけた。
それは、愛を見失ったはずの人類にはありえない行為だった。
愛を見失った人類は、とにかく他人に干渉しようとはしないはずだからだ。干渉する必要性がない。他人と関わり合いを持たなくても生きていける時代になっているのだから、当然だろう。それは子供であっても同じことで、施設内の子供たちは必要最低限の会話以外は他人と接触しないことがほとんどだ。
そんな中で、積極的に他人と関わろうとする彼女を、大人たちは問題視した。そして、いくつかのテストの末に、少女は愛を求めている、と結論付けられた。
愛を求め続ける人類は宇宙へとすべて送り出した。この地球上には、愛を知る人類なんてもう存在しないはずだ。愛を求め続けることは間違いで、愛を切り捨てた我々こそが正しい道を進んでいるはずだ。それなのに、その中からふたたび愛を求めるものが生まれたのだとしたら、我々の選択は誤りだったということになる。いや、我々の存在自体が間違っている、ということになる。愛を求め、宇宙へと飛び出した彼らこそが正しかったのだ、ということの証明となる。そんなこと、あってはならないことだ。
だから、彼女は公にその存在が知られる前に、密かに隔離されることとなったのだ。
この、潔癖な白い牢獄に。
ここへ入れられて、十二年。少女は未だ愛を見失ってはいないのだろう。これまでにいくら研究を重ねても治療法は見つからなかったのだから、今さら長期間隔離しただけのことで彼女が愛を放棄するようになるとは到底思えない。
今もきっと、彼女はこの狭い牢獄の中で愛を求めている。
それは、全人類の人口の総数が百億に到達したのとほぼ同時期に起きた。
ある日唐突に、人類は二つに分かれたのだ。愛を求め続ける人類と、愛を見失った人類の二つに。
理由なんてわからない。
とある科学者の話では、人類は増えすぎたのだという。これ以上増え続ければ、間違いなくこの地球上に人類は住めなくなってしまう。だから、自浄作用が働いたのだ、と。愛を見失ってしまえば、繁殖もできない。
結果として、人類はその数を減らし続けていった。
最初は緩やかに。そしてそれは徐々に加速していった。愛を求め続ける人類と、愛を見失った人類の比率は当初八対二。けれども、その比率は時間の経過とともに逆転していった。
そうして、愛を見失った人類の総数が、愛を求め続ける人類の総数を上回ったとき、二つの人類は決別した。愛を求め続ける人類は宇宙へと飛び出し、愛を見失った人類はこの地球に留まった。
いや、決別なんてものじゃない。それは、一方的な迫害だった。
愛を求め続ける人類の総数が、愛を見失った人類の総数を下回ると、それは淘汰されるべき存在だという証左なのだ、という意見が出始めた。
人類は進化の果てに愛を捨てることを選んだのだ。
つまり、愛を求め続ける、なんて行為は愚行以外の何物でもなく、それを未だ求め続ける人類のほうが異常なのだ、と。
そんな意識が世界中に広まりはじめ、多数派となった愛を見失った人類は、彼らを治療するという名目で隔離し始めた。愛を未だ求め続けることが人類衰退の原因だとするならば、彼らが愛を諦めてしまえるように治してしまえばいいのだ、と。
最初は本当に治療をするつもりだったのかもしれない。各国の政府は多額の予算を組み、立派な施設を各地に建設した。けれども、それはすぐに建前だけのものとなった。どんなに研究を重ねても、その治療法は見つからなかったのだ。だから、それらの施設はすべて彼らを隔離するための牢獄へと作り替えられていった。そして彼らは、みなその牢獄へと放り込まれた。
ただ、それが決して人道的な策ではない、ということを愛を見失った人類は理解していた。人類がまだ先を目指すのならば、愛を失ってもなお進んでいこうとするのならば、こんな原始的なことをしていては未来はない、とわかっていた。
だから、彼らに二択を迫ったのだ。
このままこの地球上に在り続けるのならば、牢獄の中で生涯を終えることとなる。けれども、宇宙へと飛び出すというのならば、必要な物資や機材はすべて与えよう。宙そらの果てで、キミたちは自由を得られるだろう、と。
そんな、およそ二択とも呼べないような選択肢を提示して、彼らを宇宙へと放り捨てたのだ。
愛を知る彼らが、生涯牢獄での生活を強いられることを良しとしないことくらい、誰にだって想像はつく。これは、彼らに選択肢を与えたのだ、という体裁を整えたかったというだけのことだ。彼らは自らの意思でこの地球を出ていったのだ、と地球上に残った人類たちが罪悪感を抱かないためのものだ。
そうして、僕たち愛を見失った人類は彼らを宇宙へと追い出した。
もう四十年も前のことになるらしい。僕が生まれるよりもずっと前の話だから、詳しくはわからないのだけれど。
彼らが順調に航行を続けているのならば、太陽系はもうとうの昔に抜けているだろう。調べれば彼らの現在地もすぐにわかることだけれども、わざわざ調べようという物好きなんて、今の地球上にはいない。
他人に興味も抱かない、愛を見失った人々しか生存しないのだから、当然だろう。
けれども、十七年前に一人の女の子が生まれた。
その女の子は、他の子供たちと同様に、試験管から生まれた。
愛を見失った人類の繁殖方法は、すべてAIによって管理されている。愛を知らないのだから、当然愛し合うこともない。愛し合うことがないのだから、子供は生まれない。それは必然だ。けれども、それでは人類はあっというまに滅んでしまう。だから、僕たち人類は人口を管理、調整するプログラムを組んだのだ。
全人類の遺伝子を記録し、その中からもっとも相性のいい組み合わせを選び、掛け合わせる。ただし、クローンは作らない。同じ遺伝子の人間を作り続けるなんて、そんなのは停滞にすぎないからだ。そして、その年の亡くなった人類の総数から判断し、定期的に子供を“生産”し、最適な人口を維持し続けている。
今の人類は皆、試験管から生まれるのだ。
そして、施設で育てられ、必要な教育を受け、成人すれば、それぞれの資質にあった職業へと割り当てられる。
そんな施設で少女は育てられていたのだけれども、彼女は明らかに他の子供たちと違っていた。小さな頃から、とにかく彼女は他人に干渉したがる子だった。転んだ子に駆け寄り、声をかけ、試験の成績の悪い子に声をかけ、なにもなくても声をかけた。
それは、愛を見失ったはずの人類にはありえない行為だった。
愛を見失った人類は、とにかく他人に干渉しようとはしないはずだからだ。干渉する必要性がない。他人と関わり合いを持たなくても生きていける時代になっているのだから、当然だろう。それは子供であっても同じことで、施設内の子供たちは必要最低限の会話以外は他人と接触しないことがほとんどだ。
そんな中で、積極的に他人と関わろうとする彼女を、大人たちは問題視した。そして、いくつかのテストの末に、少女は愛を求めている、と結論付けられた。
愛を求め続ける人類は宇宙へとすべて送り出した。この地球上には、愛を知る人類なんてもう存在しないはずだ。愛を求め続けることは間違いで、愛を切り捨てた我々こそが正しい道を進んでいるはずだ。それなのに、その中からふたたび愛を求めるものが生まれたのだとしたら、我々の選択は誤りだったということになる。いや、我々の存在自体が間違っている、ということになる。愛を求め、宇宙へと飛び出した彼らこそが正しかったのだ、ということの証明となる。そんなこと、あってはならないことだ。
だから、彼女は公にその存在が知られる前に、密かに隔離されることとなったのだ。
この、潔癖な白い牢獄に。
ここへ入れられて、十二年。少女は未だ愛を見失ってはいないのだろう。これまでにいくら研究を重ねても治療法は見つからなかったのだから、今さら長期間隔離しただけのことで彼女が愛を放棄するようになるとは到底思えない。
今もきっと、彼女はこの狭い牢獄の中で愛を求めている。
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