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大きな木と男の子
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私は、大きな木。
ここに根を張ってもう何年経つだろう。
自分の歳も、いつの間にか数え切れなくなってしまっていた。
私は昔、ひょろっとした体型で丸坊主頭の小さな男の子が植えてくれた。
その子はとても優しい子だった。
「お前は動けないからな。ここならみんなの生活が見えて退屈しないだろう?」
男の子は動けない私を気遣って、この町でいちばん高いところに植えてくれた。
彼は毎日毎日私に会いに来て、水を与えてくれた。
私のことを大事に育ててくれた。
彼は私のところに来ると、いつも私に向かって話しかけてくれた。
「元気かい?」や、「調子はどうだい?」と。
私を気遣う言葉をかけてくれるのだ。
果たして彼は、私が喋れないことを知っているのだろうか。私は自分の手をゆさゆさと揺らし、葉っぱの音を鳴らして返事をした。
私は優しい彼と話したくて、口が欲しくなった。
彼は私の足元が好きなようだ。ちょうどいい腰かけのように扱い、彼はそこでのんびりと読書をする。
私も彼が足元に来るのが好きだ。私の根っこなど、腰掛けでも、ベッドでも、使ってくれるだけでありがたい。
彼は、雨の日も、風の日も、懲りずに会いに来てくれた。
ある時、彼は友達を連れてきた。
それは、小さな小さな子犬だった。
くりくりした目を持ったこの子は、どうやら捨て犬らしい。彼はそれを、私に見せに来てくれた。
彼は弟ができたと喜んでいた。
彼はこの子犬を、「ポーラ」と名付けた。
それから、ポーラも毎日来るようになった。
彼とポーラはとても仲良しだった。まるで、本物の兄弟のようだった。
私の周りを駆け回り、無邪気で楽しそうな笑い声が耳元まで聞こえてくる。
私はそんな2人を微笑ましくも、羨ましくも思い、高いところから眺めていた。
「おーい、私も混ぜてくれないか」
届かないのを分かっていながら、私は呟いた。
夏になる前の、少しだけ蒸し暑くなった頃、彼とポーラは私の元へ来た。
太いロープやら、ガムテープやら、大荷物を抱え、彼は既に汗だくだった。
どうやら、そろそろ台風が来るらしい。
彼は私の腕が折れないかと心配になり、わざわざ来てくれたようだ。
彼は、持ってきたロープで私の腕と腕を固く繋ぎ、ガムテープで固定してくれた。
とても頑丈とは言えない固定の仕方だったが、彼は一生懸命私を守る手段を考えくれたのだ。
私は私を思っての彼の行動が嬉しくて、嬉しくて、ついつい葉っぱを揺らしてしまった。
「こらこら、動くんじゃない。上手く結べないだろう」
彼に怒られてしまい、それからじっとしていた。
「よし、これでおっけー。…がんばれ。負けるんじゃないぞ。」
彼はそう言ってポーラを抱き抱え、足早に帰っていった。
翌日、朝から大きな台風がやってきた。
ビュ~ンビュ~ンと、大きな音を立て、力強い風を私の体に打ち付けた。
「がんばれ、負けるんじゃないぞ。」
彼の言葉を胸に握りしめ、私は戦った。
絶対に倒れてなるものか。葉っぱ1枚落としてなるものか。
台風が過ぎ去るまで、全身に力を入れ、ぐっと堪えた。
また翌日、昨日の台風が嘘のように、真っ青な空が浮かんでいた。私はほっと一息し、彼を待った。
すると、遠くからこちらへ向かってくる彼とポーラの姿が見えた。
「おーい!おーい!」
彼より先に、私を呼ぶ声が届いた。
「やあ、今日も来てくれたんだね。君のおかげでなんとか生き延びることが出来たよ。ありがとう」
私は彼に感謝を伝えるように、手を動かした。
「ははっ。辺り一面葉っぱだらけじゃないか。」
彼の言うとおり、地面には私の葉っぱが散乱していた。
「おかしいな。1枚も落とさないように踏ん張ったはずなのに」
「良かったな。折れなくて。ずっと心配してたよ」
「君が私を固定してくれたおかげだよ。本当に、ありがとう。」
彼は私を見てにっこり笑い、ポーラもワンと吠えた。
私は、2人を見ている時間が大好きだった。その瞬間が私の幸せだった。
2人がいなかったら、私はとっくに枯れ腐っていただろう。
ああ。もう一度、彼に会いたいなぁ。
私が植わって5年ほどすぎた頃、彼は姿を現さなくなった。
彼の身に何かあったのでは思ったが、私には私を動かす足がない。
私は、彼ならきっとまた来てくれるだろうと思い、ここで何年も待ち続けた。
何年も、何年も。
それからさらに3年が過ぎた頃、ポーラが一人でやってきた。
その日は、雪で辺り一面が真っ白に染った、とても寒い日だった。
ポーラは何かを咥え、私の足元にそれを置いた。
するとポーラは、私をじっと見つめ、コクリとお辞儀をし、また去っていった。
「何年かぶりに会ったのに、すぐさま去ってしまうなんて。薄情なやつだ。」
私は素直にそう思ってしまった。
沢山話したいこともあったのに。
色んなことを思いながら、ふと、私はポーラの置いていったものを見た。
それは、彼がよく被っていた帽子と、枯れ果てて今にもボロボロと崩れそうな、1枚の葉っぱだった。
それは、私の葉っぱだとすぐに分かった。
そして、彼が今、どこにいるのかを察した。
「ああ。また会いに来てくれたんだね。ありがとう。」
私の腕から、涙が流れるように雪が滑り落ちた。
その時、ビュンッと風が吹いて、帽子が空へ浮き上がった。
飛んだ帽子は、くるくると宙を舞い、雪が落ちて空いた私の腕へと着地した。
「ああ。一緒にいてくれるのかい?君は本当にやさしいなぁ。」
帽子は私の腕の先で1、2回くるりと回り、場所を落ち着かせたかのように動かなくなった。
ここに根を張ってもう何年経つだろう。
自分の歳も、いつの間にか数え切れなくなってしまっていた。
私は昔、ひょろっとした体型で丸坊主頭の小さな男の子が植えてくれた。
その子はとても優しい子だった。
「お前は動けないからな。ここならみんなの生活が見えて退屈しないだろう?」
男の子は動けない私を気遣って、この町でいちばん高いところに植えてくれた。
彼は毎日毎日私に会いに来て、水を与えてくれた。
私のことを大事に育ててくれた。
彼は私のところに来ると、いつも私に向かって話しかけてくれた。
「元気かい?」や、「調子はどうだい?」と。
私を気遣う言葉をかけてくれるのだ。
果たして彼は、私が喋れないことを知っているのだろうか。私は自分の手をゆさゆさと揺らし、葉っぱの音を鳴らして返事をした。
私は優しい彼と話したくて、口が欲しくなった。
彼は私の足元が好きなようだ。ちょうどいい腰かけのように扱い、彼はそこでのんびりと読書をする。
私も彼が足元に来るのが好きだ。私の根っこなど、腰掛けでも、ベッドでも、使ってくれるだけでありがたい。
彼は、雨の日も、風の日も、懲りずに会いに来てくれた。
ある時、彼は友達を連れてきた。
それは、小さな小さな子犬だった。
くりくりした目を持ったこの子は、どうやら捨て犬らしい。彼はそれを、私に見せに来てくれた。
彼は弟ができたと喜んでいた。
彼はこの子犬を、「ポーラ」と名付けた。
それから、ポーラも毎日来るようになった。
彼とポーラはとても仲良しだった。まるで、本物の兄弟のようだった。
私の周りを駆け回り、無邪気で楽しそうな笑い声が耳元まで聞こえてくる。
私はそんな2人を微笑ましくも、羨ましくも思い、高いところから眺めていた。
「おーい、私も混ぜてくれないか」
届かないのを分かっていながら、私は呟いた。
夏になる前の、少しだけ蒸し暑くなった頃、彼とポーラは私の元へ来た。
太いロープやら、ガムテープやら、大荷物を抱え、彼は既に汗だくだった。
どうやら、そろそろ台風が来るらしい。
彼は私の腕が折れないかと心配になり、わざわざ来てくれたようだ。
彼は、持ってきたロープで私の腕と腕を固く繋ぎ、ガムテープで固定してくれた。
とても頑丈とは言えない固定の仕方だったが、彼は一生懸命私を守る手段を考えくれたのだ。
私は私を思っての彼の行動が嬉しくて、嬉しくて、ついつい葉っぱを揺らしてしまった。
「こらこら、動くんじゃない。上手く結べないだろう」
彼に怒られてしまい、それからじっとしていた。
「よし、これでおっけー。…がんばれ。負けるんじゃないぞ。」
彼はそう言ってポーラを抱き抱え、足早に帰っていった。
翌日、朝から大きな台風がやってきた。
ビュ~ンビュ~ンと、大きな音を立て、力強い風を私の体に打ち付けた。
「がんばれ、負けるんじゃないぞ。」
彼の言葉を胸に握りしめ、私は戦った。
絶対に倒れてなるものか。葉っぱ1枚落としてなるものか。
台風が過ぎ去るまで、全身に力を入れ、ぐっと堪えた。
また翌日、昨日の台風が嘘のように、真っ青な空が浮かんでいた。私はほっと一息し、彼を待った。
すると、遠くからこちらへ向かってくる彼とポーラの姿が見えた。
「おーい!おーい!」
彼より先に、私を呼ぶ声が届いた。
「やあ、今日も来てくれたんだね。君のおかげでなんとか生き延びることが出来たよ。ありがとう」
私は彼に感謝を伝えるように、手を動かした。
「ははっ。辺り一面葉っぱだらけじゃないか。」
彼の言うとおり、地面には私の葉っぱが散乱していた。
「おかしいな。1枚も落とさないように踏ん張ったはずなのに」
「良かったな。折れなくて。ずっと心配してたよ」
「君が私を固定してくれたおかげだよ。本当に、ありがとう。」
彼は私を見てにっこり笑い、ポーラもワンと吠えた。
私は、2人を見ている時間が大好きだった。その瞬間が私の幸せだった。
2人がいなかったら、私はとっくに枯れ腐っていただろう。
ああ。もう一度、彼に会いたいなぁ。
私が植わって5年ほどすぎた頃、彼は姿を現さなくなった。
彼の身に何かあったのでは思ったが、私には私を動かす足がない。
私は、彼ならきっとまた来てくれるだろうと思い、ここで何年も待ち続けた。
何年も、何年も。
それからさらに3年が過ぎた頃、ポーラが一人でやってきた。
その日は、雪で辺り一面が真っ白に染った、とても寒い日だった。
ポーラは何かを咥え、私の足元にそれを置いた。
するとポーラは、私をじっと見つめ、コクリとお辞儀をし、また去っていった。
「何年かぶりに会ったのに、すぐさま去ってしまうなんて。薄情なやつだ。」
私は素直にそう思ってしまった。
沢山話したいこともあったのに。
色んなことを思いながら、ふと、私はポーラの置いていったものを見た。
それは、彼がよく被っていた帽子と、枯れ果てて今にもボロボロと崩れそうな、1枚の葉っぱだった。
それは、私の葉っぱだとすぐに分かった。
そして、彼が今、どこにいるのかを察した。
「ああ。また会いに来てくれたんだね。ありがとう。」
私の腕から、涙が流れるように雪が滑り落ちた。
その時、ビュンッと風が吹いて、帽子が空へ浮き上がった。
飛んだ帽子は、くるくると宙を舞い、雪が落ちて空いた私の腕へと着地した。
「ああ。一緒にいてくれるのかい?君は本当にやさしいなぁ。」
帽子は私の腕の先で1、2回くるりと回り、場所を落ち着かせたかのように動かなくなった。
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