死に愛された男

るい

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死に愛された男

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昔、ある小さな山の奥に3人の兄弟が住んでいました。

3人の兄弟は、頭脳明晰、運動神経抜群、兄弟仲もよくチームワークも完璧でした。
小さな山の奥に住んでいるので、兄弟たちの世界は狭かったが、何不自由無く過ごしていまいた。
兄弟たちは山で狩りをし、魚や果物を取り、それを調理して食べていました。そのため外部との関わりもほとんどありません。しかし兄弟たちにとってそれはさほど重要なことではありませんでした。自分たちが中心の世界で生きているので、特に気にしなかったようです。
3人が力を合わせれば、なんでも出来る。兄弟はずっとそう思って過ごしてきました。

3人には、怖いものなどありませんでした。本人たちも、自分たちには怖いものなんてないと大口を叩いて過ごしていました。
ただ、たったひとつだけ、3人にも怖いものがありました。


3人兄弟が唯一恐れるもの、それは、 「死」 でした。



3人は昔から頭もよく、山育ちなので体力もあり、誰にも負けません。クマに出会った時は、相手の懐に入り込み、隙を狙って素手で倒してしまいます。毒蛇に遭遇した時は、噛まれないように木の枝で距離をとり、毒蛇にバレないように3人で挟み撃ちをして後ろから始末してしまいます。山に密猟者が入った時には、どこまでも追いかけ、3人でボコボコにしてしまいます。

兄弟は誰にも負けることはありませんでした。



しかし、ある時ふと思ったのでした。

「我々の人生は、ずっとこのまま続くのだろうか。」

それから3人は死について考えました。
3人が死に触れた時と言えば、父と母が亡くなった時のことしかありません。
3人の父と母は幼い頃に亡くなりました。父は狩りの最中に山から落ちて死にました。
母は山の原因不明な病気にかかって、対処法がなくそのまま死にました。

3人はその時のことをよーく思い出し、そして、恐怖を覚えました。
いつどんな危険があるか分からない。今はこんなに動けているが、いずれ体は老いて動かせなくなる。自分の人生にも終わりが来ることを察しました。


それから3人は、死について考えることをやめました。






ある日、3人は揃って食料を取りに出かけました。
3人が向かったところは、川を超えて、けものみちを超えて、さらにその山奥にある大きな木でした。
この木には、一年に一度しか取れない淡い水色に輝く瑞々しい木の実がなると言われていた。3人はそれを求めてやってきました。



3人はまず、川を越えようとしました。

しかし、この川には橋がありません。流れも早く、水深も深そうです。
3人はどうしようかと悩みました。
普通に渡れば川に流されて死んでしまいます。
橋を作って渡ろうとすれば、完成する頃に木の実は腐ってしまいます。


そこで、長男がいきなりこう言い出しました。


「俺はこのままこの川を渡ってやる。俺は死ぬのなんか怖くない。俺たちに怖いものなんかない。そうだろう?」



長男はそう言って、川に飛び込んで行きました。

初めは上手く泳ぎ、これならいけるとみんなが思った時、川の流れが急に強くなりました。

長男はみるみるうちに流されました。
足もつかないほどの水深なので、長男は水の中で暴れました。
次男と三男も助けようとしましたが、長男はあっという間に川の水に飲み込まれてしまいました。



残された2人が呆然としているところに、川の中から黒い大きな影がこちらへやって来ました。


2人はそれを見ると、影は大きな黒いマントを全身にまとい、左手に大きな鎌、右手に死んだはずの長男を持ってこっちを見ていました。



「勝負は俺の勝ちだ。こいつの命は貰った。さあ、次はどちらが戦う」



大きな影は2人に話しかけました。
2人は未だに呆然と立ち尽くし、それを見るだけでした。




「勝負とはなんだ?兄はどうなった?お前は誰だ?」



次男がやっと口を開き、そう問いかけました。




「俺は死だ。この世の生物の死を操っている。この男は俺との勝負に負けた。だから俺はこいつの魂を貰ったのだ」


「兄は死んだのか?ではその勝負とはなんなのだ」


「俺とこいつの勝負はこうだ。この川を渡りきることが出来たら、なんでも願いを叶えてやると言った。こいつはそれに乗っかり、そして死んだ。それだけさ」


「一体、お前は何者なのだ」


「さっきも言っただろう。俺は死神だ」



そう、2人の前に現れたのは死神でした。



「次はお前たちの番だ。お前たちも俺に勝てたらなんでも願いを叶えてやろう。なんでも良いぞ。大富豪になることも、愛するものを手に入れることも出来る。誰にも邪魔されずに好き勝手生きることも出来る。さあ、どちらからやる」


残った兄弟たちは顔を見合せました。

しばらく悩み、次男がこう言いました。



「兄を生き返らせることも出来るのか」


「もちろんだ。それがお前の願いなのか?」


「いいや、そんなものでは無い。俺は2年前に亡くした恋人を生き返らせたい」


「なるほど、容易い事だ。では、次はお前でいいのだな?」


「そうだ」


「ではこの道を進め。また声をかけよう」



そう言って、死はふっと煙になり、姿を消した。



そうして2人はまた歩き出した。




「なあ、兄さん。1番上の兄さんの願いってなんだったんだろう」


「きっとしょうもない願いさ。世界一かっこよくなりたいだとか、世界一強くなりたいとかね。兄さんは何でも1番が好きだったからさ」



次男の言う通りでした。
長男は川を渡る前、1人だけ死神の声を聞きました。死神は長男1人だけに話しかけたのです。

死神から話を聞いた長男は、自分が何においても世界一になりたいと、そう願いました。
死はその願いを容易く受けいれました。





「兄さんの死は悲しくないのかい?」


「悲しいもんか。だって、いいことが聞けたじゃないか。なんでも願いが叶うんだってな。俺は俺の願いが叶えばそれでいいのさ」



三男は長男の死を悲しみましたが、次男はちっとも悲しみませんでした。
それどころか、死が提案した、勝てばなんでも願いが叶うという’’勝負’’に釘付けになってしまいました。


次男には叶えたくても叶わない願いがあったのです。

かつて、次男には恋人がいました。
人里離れた山育ちの次男はそれまで異性と関わったこともなく、女性を知りませんでした。
その女性は山に遊びに来ていた子で、山菜採りをしていた次男がたまたま見かけ、一目惚れしました。次男は三人兄弟の中でも1番顔が良かったので、女性も次男に惹かれて行きました。
それから女性が何度も山に足を運ぶようになり、2人は付き合いました。

しかし、ある時女性が次男に会いに行こうと山に入った時、運悪く大隈に襲われてしまい、帰らぬ人となりました。
翌日、次男は女性の死体をみつけて、三日三晩泣き続けました。

2人は心からの愛を伝え合うこともないまま、二度と会えなくなってしまいました。






「やっときたか」




2人が歩いていると、目の前にふっと黒い煙が立ち、死神が現れました。




「次はお前でいいのだな」


「ああ、そうだ。それで、どうすれば願いが叶うんだ?」


「この先に崖がある。崖の向こう側は10メートルほど先だ。それを渡って見るが良い」


「なんだ。容易い事じゃないか」


「では見せてもらおう。さあ、行くのだ」



次男は嬉々として歩き出しました。


「兄さん?急にどうしたんだい?」


三男には今の会話は聞こえていなかったようで、次男の様子を不思議そうに見ていました。







「すごい崖だ。兄さん、これどうやって渡る?」


「それはもちろん、飛び越えるのさ」


「無茶だ。向こうに着く前に落ちて死んでしまうよ。周り道をしよう」


「馬鹿を言うな。それじゃあ俺の願いは叶わないだろう。俺はここを飛び越えて渡ってやる。お前はそこでじっと見てな」


「兄さん、頼むからやめてくれ。それは死神の思うつぼだよ。兄さんの魂を奪おうと無茶なことを言っているだけさ。願い事がなんだ。自分をもっと大切にしておくれよ」


「うるさい!お前に俺の気持ちがわかるか!彼女に再び会うにはこれしかないのだ。俺は死など恐れない。必ず願いを叶えてみせる!」



そう言うと、次男は向こうの崖をめざして、飛び立ちました。
三男は止めようと走り出しましたが、流石は運動神経抜群の次男、足の速さはピカイチです。
勢いよく飛び立った次男を三男が見守ると、なんと、10メートルも向こうの崖に手が届いたではありませんか。
次男は指先で崖につかまり、しがみつきました。


「おい!俺はやったぞ!渡って見せたぞ!どうだ!」


次男は崖にぶら下がりながら叫びました。

するとその時、次男の指がかかっている崖の一部が、次男の重さに耐えきれなくなり崩れました。

あっという間に落ちていく次男。

一瞬にして崖の底へ行ってしまいました。


三男がそれを見つめていると、次男が落ちた崖の下からまたもや死神が次男を連れてやって来ました。




「勝負は俺の勝ちだ。こいつの命は貰った。さあ、最後はお前だ」


頭の賢い三男は考えました。


「私は願いごとなどありません。なので、あなたとの勝負は致しません。私は家に帰ります。あなたもお帰りください」


死神にこう言いました。
三男は死を何よりも恐れていました。
三男はとても賢いので、本当に恐ろしいものがわかっていました。



「なに?願いがないだと?そんなことがあるはずが無い。人はみな強欲のはず。お前のようなもの初めて見たぞ」


「本当です。私の願いは私の力で叶えます。叶えて欲しい願いなどありません」


「なるほど、そういう事か。ますます気に入ったぞ。やはり、お前の魂が欲しい。お前は面白い魂を持っている。俺にその魂をよこせ」


「それはなりません。私は生きなくてはならない。これからの未来のためにも」


「いいや、無理やりにでも奪い取ってやる!」




死神は自分の体を大きくみせ、強い風を巻き起こし、三男に襲いかかりました。

三男は、そこから逃げ出しました。



「待てーーー!!!」



死が後ろから追いかけてきます。

三男は必死に走りました。

木々の間をすり抜け、険しいけものみちを戻り、綺麗な川を渡り切りました。



「待てーーー!!!」



死神は大きな鎌を振り回しながら、ずっと追いかけてきています。


しかし、三男が川を渡りきった途端、死神の姿は消え、見えなくなりました。



三男はひとまず落ち着きを取り戻し、1人帰宅しました。


それから三男は常に死と隣り合わせの人生を送りました。

1日1回は、必ず死にかけるのです。

それはどんな些細なことでも、必ず起こりました。
足を滑らせて転んだり、毒蛇に遭遇したり、食糧が腐ったり、小石が風に飛ばされて頭に当たったり、そんな小さな死に繋がることが続きました。


賢い三男は、死が自分のすぐ近くで存在していることをすぐに察しました。
彼はまだ三男を手に入れることを諦めていなかったのです。


三男はそんな毎日にうんざりしました。
しかし、負けてはならないと自分の心にムチを打ち、必死に生きました。



やがて、結婚して子供が出来ました。
三男は結婚とともに山を抜け出し、街へ出ました。
すると、三男の周りから死神の影は消え、三男は平和な日々を取りもどしました。




それなりに歳をとった三男は、子供たちに命の尊さを教えました。
三男に似て賢い子供たちは、教えをよく理解し、しっかり学びました。

そして三男は、自分の死期を悟った時、家族の元を離れ山へと戻っていきました。






山へと戻ってきた三男を、死神は快く迎え入れました。




「よくぞ戻ってきてくれた。しかし、本当に良いのだな?」


「構いませんとも。さあ、共に行きましょう」




死神はにっこりと笑顔をうかべ、右手で三男をつかみ、
2人は空高く飛んでいきました。







こうして、死は3人の兄弟を手に入れたのでした。


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