まぼろしの鳥

るい

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願い事

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とある寂れた街に、1人の少年が居ました。
少年の名前はエル。エルには親も兄弟も居らず、家族を知りませんでした。
街の孤児院で育ったエルは、親しい友達もできず、いつも孤独を感じていました。
そんなエルの耳に、とある噂が入りました。

「この街の空には、虹色の羽を持ったそれはそれは美しい鳥が飛んでいることがあるらしい。なんでも、その鳥を見た時に願い事をつぶやくと、その願い事が叶うって言うじゃないか。だがな、滅多に見ることは出来ないらしい。その鳥を見たものは、世界一の幸せ者って訳だ。俺も1度見てみたいなぁ。」

この噂は、エルが小さい頃に路地裏で聞いた話である。
噂だけが独り歩きして、誰も鳥に出会ったことはありませんでした。エルは馬鹿げた噂だと信じていませんでしたが、心のどこかで会いたい気持ちも持っていました。


ある日、街でその鳥を見たというものが現れました。
鳥を見た若者は、街中に自慢して回りました。

「僕はまぼろしの鳥を見たぞ!すごいだろう!願い事も、ちゃんと唱えた!僕は世界一の幸せ者だ!」

「鳥はどんなだった?」

「とても美しい羽を持っていたさ。思わず見とれてしまって、願い事を言うのを忘れるところだったよ」

「それで、どんな願いを言ったんだい?」

「もちろん、世界一のお金持ちさ!」

鳥を見た若者を囲んだ野次馬たちは、歓声を漏らしました。

「ふんっ。しょうもないやつ。」

エルは舌打ちをして、鳥を見た若者を横目に通り過ぎました。


また数日後、もう1人まぼろしの鳥を見たという者が現れました。今度は白い髭を生やしたおじいさんでした。

「それはそれは美しい鳥じゃった。鳥はわしを見て、ウインクをしたんじゃ。わしの心はもう奪われてしまった」

「おじいさん、どんな願いを言ったんだい?」

「わしは長生きできるようにとお願いをした。まだまだやりたいこともある。まぼろしの鳥さまに叶えてもらえるといいのじゃが…」

おじいさんは両手を顔の前に出し、擦り合わせていました。

「ふんっ。おじいさんのくせに。」

エルは小さな石ころを、遠くに蹴りました。


それからしばらく、街はまぼろしの鳥の話で持ち切りでした。
鳥を見た若者も、白い髭のおじいさんも、毎日毎日まぼろしの鳥の話をみんなに聞かせました。
街の人々は、自分も願いを叶えようと必死に探しました。


そして、次にまぼろしの鳥を見つけたのは、小さな女の子でした。

「あたしが庭でお花に水やりをしていると、ひょこっと出てきたの。きらきらした羽が眩しかったわ。でも、すぐにどっか行っちゃって、お願いを言うのを忘れちゃった」

小さな女の子は、願い事を言えなかったようです。

「でもね、あたしはまぼろしの鳥さんを見れたから、それで満足!」

小さな女の子はにっこりと笑いました。


それから、何日経っても願いは叶いませんでした。
次第に街の人々は、3人が嘘をついているのでは無いかと疑い始めました。


「噂に踊らされるなんて、全くバカバカしい。」

エルはそう思い、半信半疑だった自分を恥じました。
しかし、エルが孤児院へ向かう帰り道、その鳥は現れました。
エルの頭上を静かに飛び回り、エルが驚いている間にもくるくると回りました。
エルは鳥をじっと眺め、小さな声で願い事を呟きました。
すると、鳥はエルを見て、目の前まで降りてきました。


「あなたの願いはそれ?」

鳥はエルに話しかけました。

「うん。これが僕の願いだよ」

「そう…わかったわ。その願いを叶えましょう」

まぼろしの鳥は小さな手でエルをつかみ、空高く飛び上がりました。


「どうして僕の願い事を叶えてくれるの?他にも願い事を呟いた人がいるのに。」

高く飛んでいる最中、エルはまぼろしの鳥に聞きました。

「あの若者も、おじいさんも、私が叶えるほどの願いじゃなかったもの。世界一のお金持ちだとか、長生きしたいだとか、そんな貪欲で簡単な願いには興味無いわ。私はもっと美しい願いだけを叶えたいの。」

鳥はまっすぐ上を見ながら、そう答えました。

「そっか。…僕の願いって叶えられる?」

「もちろんよ。あなたの願いは美しい。それよりも、あなたこそ本当にいいの?」

「うん。僕には家族がいないから、家族に会いたいんだ。それが叶うなら、他のことなんてどうでもいいんだ」

エルはまぼろしの鳥と目を合わせ、ニコッと笑った。
まぼろしの鳥はまた上を向いて、高く、高く、どこまでも高い空を永遠と飛んでいきました。


それから、街では誰もまぼろしの鳥の話をしなくなりました。
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