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接近

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 それからの日々は、柏原くんを避けまくった1年間だった。

 もちろん顔を合わせれば挨拶くらいするけど、あくまでも挨拶だけ。

 その度に忙しそうな素振りをみせて、そそくさと離れる。

 かと言って、あからさまに避けていたわけではない。

 避けていたのは、これ以上好きにならないため。

 顔を合わせる度に、言葉を交わす度に、どんどん、彼に惹かれていくのが、分かっていたから。

 だけど、だから、彼に嫌われるのも怖かった。



 故に、当たり障りなく。



 クラスが違えば、1年生のうちは選択授業も少ないし、廊下で会うくらいで、ほとんど顔を合わせないですむし。

 柏原くんはバスケ部に入り、私はまた演劇部に入り。

 部室が校内の端と端に離れていたから、放課後偶然出会う確率も低い。



 ……そんな風に、避けていたのに。



 不意に、顔を会わせると。

 何も知らないで、変わらず声を掛けてくれる、柏原くんを見ると。



 胸が、痛い。



 そして。



 嬉しいと思う、自分がいた。



 無駄なのに。

 ……彼女が、いるんだから。


 そして。


 2年生になって、クラス替えがあり。

 同じクラスになった、なってしまった。



 ……どうしよう?



 これからどうしたらいいのか、頭を抱えた。

 たまに廊下で会うだけでも、苦しいのと嬉しいのとで、胸がつぶれそうなのに。

 これからは、毎日、同じ教室なんだよ!



 そんな風に毒づきながら、嬉しくてたまらない、自分がいた。



 おまけに。

 例のごとく、苗字の読み仮名が近いため、また隣になった。

 ……席が。

 隣!



 席替えまでのタイムリミットはあるけれど、それまでは、ずっと机を並べて!

 1日中!



 ……これは、ある意味、拷問かもしれない。

 でも、天国と地獄を一緒に味わいながら、特に進展も後退もないまま、4月はあっという間に終わってしまった。



 その電話がかかって来たのは、5月の連休が今日で終わり、明日から学校、と言う日の、夜。



「怜ちゃん、電話! 同じクラスの人だって!」

 中3になる妹の妙子が、私の部屋に呼びにきた。

 寝転んで雑誌を眺めながら、何となく微睡んでいた私は、眠たそうな声で、むにゃむにゃ返事した。

「うー……誰よぉ……」

「男の子。柏原くんて……」

 妙子の言葉が終わる前に、私は飛び起きて、電話機のあるリビングへ走った。



『もしもし? れ……北見さん?』

「はい! 私! 柏原くん!?」

『あ、うん。夜遅くごめん。携帯の番号知らなくて……個人的に連絡したくて』



 まだ9時前なのに、柏原くんは申し訳なさそうに話した。



「LI〇Eも知らないし、小学校の時の連絡網見て、かけちゃったんだ、ごめん」

 うちの学校は個人情報保護とかで、学校専用の連絡網のシステムがあって、ここにメアドを登録するようになっているから、クラスLI〇Eとかはない。

 何かクラス全員に連絡したければ、専用のアドレスにメールをすれば配信してもらえるようになっている。担任の先生にも行っちゃうから、ふざけた内容は遅れないけど。



 仲のいい子たちや部活内ではグループ作っている。

 それでも文化祭とか近くなると、自然発生的にクラス統一でメッセージグループを作るけど、今はまだなかった。

 1年生の時に同じクラスだった子なら知ってるけど、今年一緒になった子たちの中には、連絡先を知らない子もまだいる。性別違えば、余計簡単には聞けない。



 だから、私も柏原くんの連絡先は知らなかった。



 ……うん、嬉しい。



「大丈夫だよ。まだ皆起きてるし」

 寝てたくせに……後ろでボソッと呟く妙子を、手振りでシッシと追い払らう。

「どうしたの?」

『あのさ、ばあちゃん……静岡に住んでたんだけど、さっき亡くなってさ』

「! ……それは、えっと、ごしゅーしょーさま? です」

『あ、はい、どうも。……でさ、これから俺、静岡に行くんだ。多分、3日くらい休むかも。でさ、明日から週番だったんだけど、代わってもらっていい?』

「いいよ、別に。どうせ、私もその次だったし」

『助かる。北見さんの時に俺やるから。後、授業のノートも頼む』

「りょーかい! 気をつけて行ってきてね」

『ありがとう。後さ……家電かけづらいから、IDとか、聞いていい?』

「あ、うん、いいよ」

 ドキドキしながら、LIN〇のIDを告げると、もう一度、ありがと、と言って電話は切れた。



 ……普通に、しゃべれてたかな?



 何か馬鹿な受け答えしてなかったか、反芻していると、妙子がニヤニヤして、顔を覗き込んできた。

「彼氏?」

「っバカ! 違うってば! クラスメート! おばあちゃんのお葬式だかで休むから、週番代わってって!」

「そんなの、わざわざ電話して来なくもいいんじゃないの?」

「真面目なんだよ! 聡ちゃんは!」



「あら、聡ちゃん、って、小学校で一緒だった、柏原聡一くん? また、一緒だったの?」

 端で聞いていたお母さんが、口を挟む。

「あ、うん。一昨年、S市に越してきたんだって」

「そうなんだ。お父さんが転勤多いって言ってたしねー」

「お母さん、よく覚えているね。半年しかいなかったのに」

「父母会で、結構話したから。気さくなお母さんでね……『聡一は、家でも怜子ちゃんの話ばっかりしてるんですよ。ホント怜子ちゃんが好きみたい』って」

「バッ! な! 何言ってんの! ガキんちょの時の話でしょ!」

 ニヤニヤしている妙子とお母さんの視線から逃げるように、おやすみ! と叫んで、私は慌てて部屋へ戻った。



 部屋に置きっぱなしにしていたスマホを取り上げると、画面にメッセが浮かび上がった。

 バスケットボールのアイコン……名前は。

『カッシ』



 私は、ドキドキして、アプリを開いた。



『柏原です。さっきはありがとう。おみやげ買ってきます』

 顔文字もない、短い吹き出し。プラス電話番号が入っていた。

 アプリでも通話できるのに、丁寧だな、と思いつつ、嬉しかった。

 私も自分の電話番号を入れて。



『忙しいのに、ありがとう!おみやげなんて気にしないで。気をつけて行ってらっしゃい(^^ゞ』

 友達登録の承認をして、それだけ打って、送信した。



 それから、名前を編集した。



『カッシ@柏原聡一』



 打ち込んでから、少し悩んで、消した。



『カッシ@そうちゃん』



 何となく、フルネームを載せるのは、憚られて。

 昔の呼び名を載せるのも何だかなあ、とは思ったけど。



 これくらい、いいよね?



 幼なじみ、だし。

 一応。



 このくらい、いいでしょ?



 誰にも迷惑かけるわけじゃないし。

 心の中で言い訳しながら、私はOKボタンをタッチした。

 彼にも、彼女にも言えない秘密。

 ほの暗い悦びが、私の胸に、ときめいた。
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