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第12回 難関! はじめての実習(病院編) その4
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病院1日目、残りの時間は病棟の造りを観察したり、受け持たせていただいた患者さんとお話ししつつ、病室を観察したり、最後はカンファレンスをして、その日の振り返りをみんなで話し合った。
2日目への課題として、受け持ち患者さんのベッド周囲をどのように整備するか考えてくることになっていた。
夢歌さんが受け持たせていただいた患者さんは、膝の手術をして、2週目の60歳代の女性。今は車椅子の生活だけど自分で乗り降りされている。リハビリテーションでは歩行の練習もしていて、近いうちに車椅子から歩行器にレベルアップするんだって嬉しそうにお話しされた。
「今日、手術したところから金具抜いてもらってね。ちょっと痛かったけど、清々したわ。明日にはお風呂に入れるのよ」
金具? と言われてもよく分からなかった夢歌さん、よくよく話を聴くと、膝の手術の傷口をパッチンパッチンとホッチキスみたいな道具で留めていたんだって。糸で縫うんじゃないんだ?!
(後で調べたらまんま医療ホッチキスとか縫合用ステープラーとか呼ばれる道具なんだって分かった。あと、その金具というか針を外すことを抜鉤って言うんだって)
お話し好きな患者さんで、夢歌さんが考えなくてもどんどんおしゃべりしてくださり。
……色んなお話はしてくださったんだけど、肝心の環境について感じていることは聴くことが出来なかった。
しかも。
見た感じ、ご自分で整理整頓されていて、ベッド上もベッド周囲もきれいに整えられていた。
……どこを整えればいいんだろう?
シーツは交換する予定になっているけど。
消毒クロスを使って拭き掃除もするけど。
もちろん、初めて実際の患者さんのベッドでやらせていただくので、それはそれで緊張だけど。
あと、何をしたらいいんだろう?
「……困ったね」
「そうだね」
今回、一緒に患者さんを受け持つペアになった渡部さんと2人、学校に戻ってから閉校時間ギリギリまで頭を悩ませて。
「環境を整えるって言っても、自分でほとんど出来てるし」
ため息をつきながらグチる夢歌さん。
「元々きちんとされているみたいだから、タオルや着替えもピシッと畳まれていたし、オーバーテーブルの上も全然散らかってなかったよね」
患者さんとお話しながらも、よく周りを観察していたらしい渡部さん。
二人で散々悩んだけど、結局2日目の朝に提出しなければならない「環境整備計画」には、基本の拭き掃除とシーツ交換しか書けなかった。
翌日。
病棟への朝の挨拶を終えると、看護師さん達のミーティングが終わるまでの待機中に、実習を担当していただいている丸光先生に「環境整備の援助計画」を恐る恐る提出した渡部さんと夢歌さん。
「そうね、基本はこの計画でやってみましょうか」
肩透かしを食らうくらい、ちょっとした修正であっさり丸光先生から援助の許可がでた。
そのあと二人で指導された修正点を追記して。
指導を担当してくれる看護師さん(臨地実習指導者さん、略して指導者さん)がミーティングを終えて待機場所のカンファレンスルームに来られたので、本日の目標と計画を伝え。
夢歌さんの実習グループは全部で8人。今回は2人ずつのペアになって1人の患者さんを受け持ち援助を行う。
渡部さんと夢歌さんの部屋は4人定員の大部屋で、そのうち2人の患者さんが受け持ち対象者になっている。
なので、このお部屋を4人の学生が受け持つ。
もう一部屋、同じように4人で2人の患者さんを受け持つことになっていて、丸光先生と指導者さんが交代しながら援助の見守りをしてくださるという。
……先生はともかく、看護師さんに見られながらって、緊張する。
ちょっとドキドキしながらも、夢歌さんペアともう1組で患者さんのもとへ挨拶に伺う。
「「おはようございます」」
「おはようございます。待っていたわよ」
2人で声を揃えて挨拶すると、笑顔で患者さん、Aさん(仮)が迎えてくださった。
ちなみに、くりかんでは実習記録に患者さんの本名は書いてはいけない(というか、これはどこの学校もそうなってるんだって)ので、代わりにアルファベットでABC……とつける。各実習ごとに1人目がA氏、2人目がB氏、という風に、受け持った順番も分かるようになっている。
(もちろん、実際に患者さんに対しては、ちゃんと本名で呼ぶけど。あと、指導者さんや他のスタッフさんへの報告などの時も。記録やメモに本名を残してはいけない、ということで。もちろん他の個人情報もね)
指導者さんが「ゆっくりお話させてもらって」と椅子を持ってきてくれたので、2人はベッド脇に座ってお話させていただく。Aさんも体を起こしてベッド端に足を下ろして座り、2人に向き合ってお話してくださる。
まだ歩けないけれど、ベッド上ではかなりスムーズに動けるみたいだ。
「今日はお風呂に入れてもらえるのよ。2週間ぶりなの。楽しみだわ」
「それはよかったです。あの、今日の予定なのですが……えっと」
「あの、Aさんのベッドのシーツを交換させていただいて、あと、周りの拭き掃除をさせていただきたいのですが」
「あら、きれいにしてくれるの? 是非お願いします。今日はお風呂にも入れるし、嬉しいことばっかり」
とっても喜んでくれたAさん。その喜びように、逆に夢歌さん、プレッシャーがかかる。
「そういえば、お風呂には一緒に来てくれるの? 学生さんって、色々見なくちゃいけないんでしょう?」
「いいんですか?」
「それが勉強なんでしょ? いいわよ。前の学生さんにもお手伝いしてもらったし」
実はAさん、学生の受け持ちは初めてではないと言う。
今回の膝の手術の前後で、3年生が受け持ちさせていただいており、とてもよくしてもらったと話された。
「だから学生さんがまたついてくれるって言われて、すぐにオーケーしたのよ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらも、夢歌さん、ますますプレッシャーがかかる。
Aさんが教えてくれた3年生の名前、うろ覚えだけど、たぶんあの人。入学式で受付してくれた(あと、うるさくして注意を受けた)しっかりした先輩。
きっと優秀な先輩なんだろう。手術の時ってことは、先輩達が最難関実習の1つって言っていた、急性期実習なんだと思う。スケジュールも密で記録も多くて大変って聞いた。
懸命に笑顔で接しながら、夢歌さん、心の中で焦りまくる。
どうしよう! どうしよう!
Aさんが、手術の時のことや、入院生活のことを話してくれているのに、全然頭に入ってこない。
「……のえさん? 九重さん!」
一瞬意識が飛んでいたみたいで、渡部さんが声を描けてきたことにすぐに反応できなかった。
「は? はい!?」
「一緒にお風呂の準備しようって、指導者さんが」
「あ、はい! お願いします!」
慌てて立ち上がった瞬間。
カッシャーン!
オーバーテーブルにぶつかってしまった夢歌さん。
その拍子に、テーブルの端においてあったAさんのマグカップが、床に落ちた。
「すっ! スミマセン!!」
幸いプラスチックのマグカップは、割れたりはしなかったけれど、中に入っていたお茶が床にこぼれてしまった。
「ど……どうしよう! あ、拭かないと! 拭くもの、何か……!?」
パニックに陥る夢歌さん。
渡部さんも突然の出来事で、何も言えず固まったまま。
「はい、落ち着いて。今拭くもの持ってくるから。マグカップ拾って」
指導者さんはそう指示すると、Aさんに「申し訳ありません」と謝る。ちょっとびっくりしていたAさんも、「あ、大丈夫よ」とすぐに笑顔で応えてくれた。
「少しオーバーテーブルにもこぼれてしまいましたね。こちらも拭かせていただきますね」
「いいのよ、このくらい。ティッシュで拭いちゃえば」
Aさん、自前のティッシュでオーバーテーブルを拭き、夢歌さんにティッシュの箱を差し出し。
「床もこれで拭いちゃえば?」
Aさんに言われて、反射的に手を出そうとした夢歌さん。その手をパシッと指導者さんが掴む。
「大丈夫です。お気持ちだけで。2人ともここで待っていてください。すぐ戻るから誰がが踏まないように見ていてくれる?」
そう言うと、指導者さん、病室を出てすぐに古新聞とごみ袋を手に戻ってきた。
「とりあえずこれで水分を吸って。仕上げにペーパータオルで完全に拭いてね」
病室の入り口に設置された箱から使い捨ての手袋を取り出し、手にはめるように言われて、それから2人は床掃除に取りかかる。新聞紙はすぐにびちょびちょになつてしまった。丸めてごみ袋に入れて、最後に丁寧に洗面台にあったペーパータオルで拭く。
「では、捨てに行きましょう。あ、マグカップも洗うのでお借りして」
Aさんに断って、マグカップとごみ袋を持って、夢歌さんは指導者さんに連れられて病室を出る。
渡部さんが気遣わしげに夢歌さんからごみ袋を引き受けて一緒についてくる。
……ああ、もうダメ……。
失敗しないように、って思っていたのに、よりによって最初から……。
しかも、そのあとの対応もぐちゃぐちゃで。
涙は何とか我慢したけれど。
………………もう、私、ダメだよ。
不意に、指導者さんが足を止めた。
夢歌さん達に向かって振り向いた、その顔を、夢歌さんは、まっすぐ見ることが出来なかった。
2日目への課題として、受け持ち患者さんのベッド周囲をどのように整備するか考えてくることになっていた。
夢歌さんが受け持たせていただいた患者さんは、膝の手術をして、2週目の60歳代の女性。今は車椅子の生活だけど自分で乗り降りされている。リハビリテーションでは歩行の練習もしていて、近いうちに車椅子から歩行器にレベルアップするんだって嬉しそうにお話しされた。
「今日、手術したところから金具抜いてもらってね。ちょっと痛かったけど、清々したわ。明日にはお風呂に入れるのよ」
金具? と言われてもよく分からなかった夢歌さん、よくよく話を聴くと、膝の手術の傷口をパッチンパッチンとホッチキスみたいな道具で留めていたんだって。糸で縫うんじゃないんだ?!
(後で調べたらまんま医療ホッチキスとか縫合用ステープラーとか呼ばれる道具なんだって分かった。あと、その金具というか針を外すことを抜鉤って言うんだって)
お話し好きな患者さんで、夢歌さんが考えなくてもどんどんおしゃべりしてくださり。
……色んなお話はしてくださったんだけど、肝心の環境について感じていることは聴くことが出来なかった。
しかも。
見た感じ、ご自分で整理整頓されていて、ベッド上もベッド周囲もきれいに整えられていた。
……どこを整えればいいんだろう?
シーツは交換する予定になっているけど。
消毒クロスを使って拭き掃除もするけど。
もちろん、初めて実際の患者さんのベッドでやらせていただくので、それはそれで緊張だけど。
あと、何をしたらいいんだろう?
「……困ったね」
「そうだね」
今回、一緒に患者さんを受け持つペアになった渡部さんと2人、学校に戻ってから閉校時間ギリギリまで頭を悩ませて。
「環境を整えるって言っても、自分でほとんど出来てるし」
ため息をつきながらグチる夢歌さん。
「元々きちんとされているみたいだから、タオルや着替えもピシッと畳まれていたし、オーバーテーブルの上も全然散らかってなかったよね」
患者さんとお話しながらも、よく周りを観察していたらしい渡部さん。
二人で散々悩んだけど、結局2日目の朝に提出しなければならない「環境整備計画」には、基本の拭き掃除とシーツ交換しか書けなかった。
翌日。
病棟への朝の挨拶を終えると、看護師さん達のミーティングが終わるまでの待機中に、実習を担当していただいている丸光先生に「環境整備の援助計画」を恐る恐る提出した渡部さんと夢歌さん。
「そうね、基本はこの計画でやってみましょうか」
肩透かしを食らうくらい、ちょっとした修正であっさり丸光先生から援助の許可がでた。
そのあと二人で指導された修正点を追記して。
指導を担当してくれる看護師さん(臨地実習指導者さん、略して指導者さん)がミーティングを終えて待機場所のカンファレンスルームに来られたので、本日の目標と計画を伝え。
夢歌さんの実習グループは全部で8人。今回は2人ずつのペアになって1人の患者さんを受け持ち援助を行う。
渡部さんと夢歌さんの部屋は4人定員の大部屋で、そのうち2人の患者さんが受け持ち対象者になっている。
なので、このお部屋を4人の学生が受け持つ。
もう一部屋、同じように4人で2人の患者さんを受け持つことになっていて、丸光先生と指導者さんが交代しながら援助の見守りをしてくださるという。
……先生はともかく、看護師さんに見られながらって、緊張する。
ちょっとドキドキしながらも、夢歌さんペアともう1組で患者さんのもとへ挨拶に伺う。
「「おはようございます」」
「おはようございます。待っていたわよ」
2人で声を揃えて挨拶すると、笑顔で患者さん、Aさん(仮)が迎えてくださった。
ちなみに、くりかんでは実習記録に患者さんの本名は書いてはいけない(というか、これはどこの学校もそうなってるんだって)ので、代わりにアルファベットでABC……とつける。各実習ごとに1人目がA氏、2人目がB氏、という風に、受け持った順番も分かるようになっている。
(もちろん、実際に患者さんに対しては、ちゃんと本名で呼ぶけど。あと、指導者さんや他のスタッフさんへの報告などの時も。記録やメモに本名を残してはいけない、ということで。もちろん他の個人情報もね)
指導者さんが「ゆっくりお話させてもらって」と椅子を持ってきてくれたので、2人はベッド脇に座ってお話させていただく。Aさんも体を起こしてベッド端に足を下ろして座り、2人に向き合ってお話してくださる。
まだ歩けないけれど、ベッド上ではかなりスムーズに動けるみたいだ。
「今日はお風呂に入れてもらえるのよ。2週間ぶりなの。楽しみだわ」
「それはよかったです。あの、今日の予定なのですが……えっと」
「あの、Aさんのベッドのシーツを交換させていただいて、あと、周りの拭き掃除をさせていただきたいのですが」
「あら、きれいにしてくれるの? 是非お願いします。今日はお風呂にも入れるし、嬉しいことばっかり」
とっても喜んでくれたAさん。その喜びように、逆に夢歌さん、プレッシャーがかかる。
「そういえば、お風呂には一緒に来てくれるの? 学生さんって、色々見なくちゃいけないんでしょう?」
「いいんですか?」
「それが勉強なんでしょ? いいわよ。前の学生さんにもお手伝いしてもらったし」
実はAさん、学生の受け持ちは初めてではないと言う。
今回の膝の手術の前後で、3年生が受け持ちさせていただいており、とてもよくしてもらったと話された。
「だから学生さんがまたついてくれるって言われて、すぐにオーケーしたのよ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらも、夢歌さん、ますますプレッシャーがかかる。
Aさんが教えてくれた3年生の名前、うろ覚えだけど、たぶんあの人。入学式で受付してくれた(あと、うるさくして注意を受けた)しっかりした先輩。
きっと優秀な先輩なんだろう。手術の時ってことは、先輩達が最難関実習の1つって言っていた、急性期実習なんだと思う。スケジュールも密で記録も多くて大変って聞いた。
懸命に笑顔で接しながら、夢歌さん、心の中で焦りまくる。
どうしよう! どうしよう!
Aさんが、手術の時のことや、入院生活のことを話してくれているのに、全然頭に入ってこない。
「……のえさん? 九重さん!」
一瞬意識が飛んでいたみたいで、渡部さんが声を描けてきたことにすぐに反応できなかった。
「は? はい!?」
「一緒にお風呂の準備しようって、指導者さんが」
「あ、はい! お願いします!」
慌てて立ち上がった瞬間。
カッシャーン!
オーバーテーブルにぶつかってしまった夢歌さん。
その拍子に、テーブルの端においてあったAさんのマグカップが、床に落ちた。
「すっ! スミマセン!!」
幸いプラスチックのマグカップは、割れたりはしなかったけれど、中に入っていたお茶が床にこぼれてしまった。
「ど……どうしよう! あ、拭かないと! 拭くもの、何か……!?」
パニックに陥る夢歌さん。
渡部さんも突然の出来事で、何も言えず固まったまま。
「はい、落ち着いて。今拭くもの持ってくるから。マグカップ拾って」
指導者さんはそう指示すると、Aさんに「申し訳ありません」と謝る。ちょっとびっくりしていたAさんも、「あ、大丈夫よ」とすぐに笑顔で応えてくれた。
「少しオーバーテーブルにもこぼれてしまいましたね。こちらも拭かせていただきますね」
「いいのよ、このくらい。ティッシュで拭いちゃえば」
Aさん、自前のティッシュでオーバーテーブルを拭き、夢歌さんにティッシュの箱を差し出し。
「床もこれで拭いちゃえば?」
Aさんに言われて、反射的に手を出そうとした夢歌さん。その手をパシッと指導者さんが掴む。
「大丈夫です。お気持ちだけで。2人ともここで待っていてください。すぐ戻るから誰がが踏まないように見ていてくれる?」
そう言うと、指導者さん、病室を出てすぐに古新聞とごみ袋を手に戻ってきた。
「とりあえずこれで水分を吸って。仕上げにペーパータオルで完全に拭いてね」
病室の入り口に設置された箱から使い捨ての手袋を取り出し、手にはめるように言われて、それから2人は床掃除に取りかかる。新聞紙はすぐにびちょびちょになつてしまった。丸めてごみ袋に入れて、最後に丁寧に洗面台にあったペーパータオルで拭く。
「では、捨てに行きましょう。あ、マグカップも洗うのでお借りして」
Aさんに断って、マグカップとごみ袋を持って、夢歌さんは指導者さんに連れられて病室を出る。
渡部さんが気遣わしげに夢歌さんからごみ袋を引き受けて一緒についてくる。
……ああ、もうダメ……。
失敗しないように、って思っていたのに、よりによって最初から……。
しかも、そのあとの対応もぐちゃぐちゃで。
涙は何とか我慢したけれど。
………………もう、私、ダメだよ。
不意に、指導者さんが足を止めた。
夢歌さん達に向かって振り向いた、その顔を、夢歌さんは、まっすぐ見ることが出来なかった。
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