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第七章 嵐呼ぶ遭遇

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「でね、秋の限定はサツマイモ入りスフレなんだよ。絶対食べたくて、また行ってきたんだ。トッピングのクリームにもサツマイモが練りこんであってね。ホント、フワフワでおいしかったぁ。また食べたい!」

 珠美の、加奈とその恋人を見かけたショッピングセンターの話題は、新作のスイーツの感想に移っていた。
「……ちょっと僕には甘すぎ……」
 珠美に付き合わされてショッピングセンターのホットケーキ専門店に足を運んだらしい巽が、ややげんなりして口をはさむ。

「そう? 男の人でも、甘いもの好きな人にはいいみたいだけど」
「加奈先輩の彼氏さんは、甘いもの好きなんですか?」
「どちらかと言えば、好きみたい」

 再び加奈の恋人に話題が戻るが、開き直ったのか、加奈は照れながらも質問に答えるようになった。

「わー意外! なんかブラックコーヒーとか頼みそうな感じなのに。でもそんな意外性もギャップ萌えですね」
「え? え、まあ。たいていカフェラテとかミルクティ頼んでたけど」
「私気が合いそうです! 今度一緒にカフェでダブルデートしましょう」
「珠美ちゃん、迷惑だって……」
 加奈の恋人の話題に、テンションを上げまくる珠美を、巽が必死に抑え込む。

「……いいな」

 ぼそっと美矢がつぶやく。
「美矢も行きたいの?」
 小さな声を、しっかり和矢が拾い上げる。
「うん、行ってみたい」
「じゃあ、僕と行こうか?」
「……いやよ、兄妹でなんて」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしがってないし。この流れで兄妹で行くなんて……むなしい」
 そっぽを向く美矢を、からかいを含んだ視線で見つめた後、すっと逸らし。

「じゃあ、俊君と行ってくれば?」

「……え?」

 会話には混じらず、ひとり画集を眺めていた俊は、突然話題を振られて、言葉に詰まる。
「あ、話聞いていなかったかな? ホットケーキ、美矢が食べに行きたいんだって」
「……え、あ……」
 画集を見ていたが、話を聞いていなかったわけではない。
 部活内が、いつになく恋愛話で盛り上がっている様子に気後れしつつも、微笑ましく眺めていた。クラスでもそんな話でにぎやかになることもあるが、いつもは浮ついた雰囲気に軽い疎外感もあり、意識して無関心でいたのに。

 美矢や真実が入部し、女性比率が上がったことで、耳にする頻度が上がった女子特有の甲高い声にも慣れて、楽しそうだと認識するようになったのか、はたまた対象が気の置けない部活仲間であることで興味を持つようになったのか。
 俊自身、心境の変化に戸惑いつつも、その手の話題にも抵抗は感じないようになっていた。とはいえ。

「あ、その……」
 急に自分に振られると、どう答えてよいか分からない。
「ね、かわいい妹の望みを叶えてくれないか」

「兄さん、やめてよ! 高天先輩、困っているじゃない!」
 珍しく俊をからかい続ける和矢に、美矢が怒気を露わに制止する。

「ごめんなさい、先輩、気にしないで……」
「あ、いや……あの、ホットケーキは、あんまり」
「ですよね。私と行けなんて、困りますよね」
 微笑みつつも、ほんの少し、美矢は伏目がちになり、それが表情を暗く見せた。

「そうじゃなくて……甘いものは……ちょっと、苦手な……だけで」
「え!? だったら、甘くないものだったら誘ってもいいですか?」

 目を瞬かせ、食い気味に美矢は言葉をかぶせ、すぐ真顔に戻り。
「えっと……部のみんなと一緒……なら、いいですか?」
 美矢はシュンとして、小さな声で言い訳めいた言葉をつなげる。

 その頬が赤く染まる様子が、なんともいじらしく感じて、俊はいつになくはっきりした口調で返答する。
「いいよ」
 途端満面の笑顔になる美矢に、俊は胸の奥が、なんだか温かくなる。

 ……二人の様子を、部員全員が微笑ましく見守っていることには気づいていなかった。



「きゃっ!」
突然、窓ガラスからガタガタと鳴り、冷たい風が吹き込んできた。
加奈は思わず声を上げた。
 見れば落ち葉が、窓ガラスに吹き付けて、音を立てている。
「風、強くなってきたね」
 和矢が換気のため数センチ開けてあった窓を閉め、クレセント錠をかけた。
「台風が近づいているって、天気予報で言っていたものね」
 言いながら、加奈はスマホを取り出し、気象予報を検索する。
「……うわ、台風の進路変わったみたい。上陸するかもしれないって」
「今日は早めに終わりにして帰った方がいいかもしれないね」
「そうね」

 窓を揺らす冷たい風に、水を浴びせられたように熱が冷め、皆、真顔になる。
 そのまま、その日は解散となった。



「あの、高天先輩」
 帰り際、美術室の出口で、美矢が俊を呼び止めた。

「……約束ですからね」


 真剣な目で、それだけ言って、急に赤くなって「お先に」と走り去る美矢を見送り、俊は再び胸の奥が温かいぬくもりで満たされたように感じた。
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