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第三章 黄昏の魔性

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「真実! あんた、美術部に入ったって!」
「うん。徹夜で作品作って、持っていった。本入部出来たよ。文化祭に間に合った」
「徹夜で? どういうこと?」
「だって、あれだけの騒ぎになっちゃったら、おいそれ入れてくださいって訳にはいかないでしょ? だから手土産」
 作品、とはいっても、美術にはずぶの素人だ。
 何をしていいかわからず、さんざん悩んで。

『……いいわ。入部して下さい』
 実質部長の三上加奈が、笑いをこらえながらも、そう言って受け取ってくれた。
「意外と手間かかっちゃた。レタリングって、結構難しいね」
 中学の美術の教科書を引っ張り出して、ほこりをかぶっていたレタリングセットを使い、画用紙に明朝体で『入部届』、ゴシック体で『森本もりもと真実まみ』と、レタリングした。
 買ってきた五枚の画用紙を使いきって、何とか見られるものに仕上げた一枚を、提出したのだ。

「でも結構きれいにできたのよ。色も字ごとに変えてみたし」
「じゃなくて、何で今さら美術部になんか入るのよ。あれだけの目にあって……第一、谷津やっちゃんが怒るよ」
 美矢に手を上げようとして高天俊に睨まれた谷津やつマリカは、あれ以来真実に話しかけてこない。

 入学して同じクラスで席が近かったことから、帰宅部同士、何となくつるんできた。
 それなりに楽しくやってはきたし、仕切りたがりのマリカに逆らうのも面倒で、流されるように一緒に行動してきた。 
 強引でわがままな面は最初から見えていた。それでも最初のころは、控えめにしていたし、周りの空気を感じて、引く場面もあった。
 ぱっちりした目元や小柄な体格、幼さを感じさせながら、わがままを言うときは目を潤ませ、やや厚ぼったい唇を尖らせる様子は妙にコケティッシュで、「仕方ないなあ」という雰囲気で許してしまうことが多かった。そんなやり取りを重ねるうちに、我を張る場面が増えてきた。モヤモヤする場面も一回や二回ではなかった。
 それでも「かわいいわがまま」と、なんとか自分をなだめてはいたが。

 さすがに今回の件は、やりすぎだ。美術部で部活中に騒いでいたことは、俊や斎、加奈に注意され、(斎に関しては言い過ぎと思わないでもないが)納得できたし、我が身を振りかえって反省した。
 そのままなら、「もっと自分も考えて行動しないといけないなあ」と自戒して、マリカに対する接し方に注意しようと思うだけで、離れようとは思わなかった。
 でも、被服室に美術部の1年生二人を呼び出した件は、真実たちに対しても騙し討ちに近かった。

『和矢クンとの仲直りしたくて。美術部に行くのは怖いから、呼んでもらったの。一緒にいて。助けてね』

 そう言われた時は、和矢を呼び出したのかと思ったし、美矢の姿を見た時も、妹に仲立ちしてもらう気なのかと思った。もっとも美矢が来た時、顔をゆがめたマリカを見て、「ああ、目論見がはずれたんだな」と一瞬で悟った。同時に、訳が分からないという顔のクラスメートの大半と、マリカに同調している仲良しメンバーの一部を見て、マリカにとっては真実は、本心を明かせる友人ではなく、都合よく動いてくれるから一緒にいるだけの存在なんだな、と分かった。

「もう無理。合わせるのもメンドくなってきた」
 それに。
「あっちの方が、何か面白そうだし」
 それだけは、マリカに感謝しなくては。
 今回の出来事がなければ、美術部の面々を……いや、高天俊のことを、よく知らないまま、過ぎていただろうし。
 もちろん、美矢や珠美も好もしいとは思う。
 でもそれ以上に。
「あのクールさが、たまんない!」
 確かに、あの眼差しは、鳥肌ものだった。
 でも、怒気を含んだ俊の横顔は意外にも端正で。
 美矢に背を向けた時の、眉を顰め憂いを帯びた目元も、別の意味で背筋がゾクゾクするほどだった。
「そういうわけだから、部活いくね!」
 嬉々として教室を出る真実。

「……よりによって、高天俊? 信じらんない……あの冷血仮面を?」
 残された少女は、茫然として、ひとり、つぶやいた。



 大きなトラブルもなく、文化祭は進行した。
 新入りの真実は、美術部の展示スペースの隅の椅子に座り、あくびをかみ殺しながら、廊下を眺めていた。 
 さすがに文化祭寸前の入部では、作品制作も難しく(かといって、あの『入部届』を展示するのはためらわれた)、会場設営や当番の割り当てを役目に振られ、黙々とこなした。
 それなりに見学者もいて(意外にも石高美術部はレベルの高さで他校では知られていたらしい……何故か校内では知られていないが)、作品の解説を載せたビラを手渡したりと忙しかったが、さすがに後一時間で一般公開が終わるこの時間は、人影もまばらだった。
 一緒に当番をしている加奈も、暇そうに窓辺でスケッチしている。

 ……やっぱり、美人だなあ。
 テキパキと仕事をこなす快活な面も魅力的だが、鉛筆を動かしながら、時々窓の外をぼうっと眺めている、何となく気だるそうな雰囲気も、またいい。
 少しくせのある髪の毛を、今日はポニーテールに結わえていて、おくれ毛が何となく色っぽい。
 きめ細かな白い肌は、化粧してなくてもほんのり薔薇色で、唇だって、何も塗ってないのに、つやつやしてピンク色だ。
 まつ毛も長いし、色が白い分、そばかすが少しあるけど、そのくらいご愛嬌だ。
 あんなきれいな人を、高天俊は傍で見てきたのだ。

 ……そういえば、一年生の頃、噂になっていたっけ。

 中学からの親友以外で、親しく口を聞いているのが、加奈だけで。
 加奈の誘いで美術部に入ったって。
 親友の、サッカー部への勧誘を断って、そっちを選んだって。
 あの二人は、実は付き合ってるよ、とか。
 ……思い出して、真実は胸が苦しくなった。
 どうやら、恋仲うんぬんは、単なる噂のようだけど。

 加奈ではない、他の少女を、真実は思い浮かべる。
 俊は、きっと……。

「森本さん? もう、人も少ないし、何だったら、片付けの時間まで、休んでいいよ。私、ここにいるから」
 気がつけば、加奈が目の前に立って、真実の顔を覗き込んでいた。
「え? あ……でも」
「急に色々やってもらって、疲れてるんじゃない? 結構拘束しちゃったし、こんな時間だけど、よかったら、どうぞ?」
 ……そんなに、くたびれた顔していたかな?
 申し訳なく思ったが、正直暇を持て余していたし、お言葉に甘えて休憩をいただくことにした。

 廊下に出て、大きく伸びをする。
 今から回るのもなんだし、お茶でも飲んでこようかな。
 喫茶コーナーはもう終わってるから、自販機行くかな。
 気分を入れ替えるように、両手で頬をパチン、と叩いて、真実はドリンクの自動販売機のある校舎に向って歩き出した。
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