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共寝の密約

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 ………………。

 朝が来た。

 カーテンから差し込む朝日に促され、心地よく目覚める。

 目覚まし代わりのスマホを見ると、設定した時刻にあと3分という、絶妙な時間だった。

 こんな朝、何ヵ月ぶりだろう?

 特にここ数日は夢に翻弄されて目覚める朝が続き、休業中とはいえ、二度寝をして何とか睡眠を確保する毎日だったので。

 やっぱり、昼間きちんと活動するって大切なことなのかも。
 昨日は尭司に会いたいという理由があったものの、駅まで歩き、買い物もしてきた。
 そして夜には。

 亜夜果を嘆かせたイヤな夢を払拭するかのような、尭司の愛情に満ちた逢瀬。

 早く帰らなくては、と言いながら名残惜しそうに亜夜果を愛撫し続け、次の約束をして帰っていった。

 次に会えるのは、明日の昼間、か。

 交番勤務で今日の朝から明日の朝まで、というハードな仕事を終えた後、すぐに亜夜果のマンションに来ると尭司は宣言していった。

 正直、そんな疲労困憊な時に無理をして欲しくないが、睡眠確保という意味で「亜夜果を抱き締めて寝たい」と駄々をこねた尭司が愛おしくてたまらない。

 まさか本当に亜夜果まで一緒に眠る訳には行かないが、尭司が安らかに寝入るまで添い寝するのは……悪くない。
 
 何か、美味しいもの……でも、疲れているだろうから、体に優しくてすぐ食べられるもの、作ろう。

 メニューを考えるだけで、楽しくてたまらない。
 
 洗面台の鏡に映った顔は、今まで以上に満ち足りて、肌も艶やかだった。
 ただ、左頬の青アザだけが、忌まわしい出来事を思い出させる、が。

 また少し、薄くなった、よね?

 この青アザが完全に消える頃には、あの出来事も思い出さずにすむようになればいい。

 そう、心から願う亜夜果だった。


 

 朝食を済ませて、時間を見計らい、亜夜果は職場に連絡を入れた。
 絵巳子からは週明けでよいとメールが来ていたが、現状は早めに連絡した方がよいだろうと判断した。

『大丈夫かい? 結構大変なケガだって、子安くんに聴いたよ?』
「見た目だけなんです。少しずつ色も薄くなって来ていますし、腫れは引きましたから」
『そうか。でも無理しないで。……ああ、うん。あ、ごめんね。今、子安くんに代わるから』

 電話の向こうで何かやり取りがされ、課長から絵巳子に交代する。

『ごめんね。よければこの週末、私が様子見に行って来週どうするか決めてって。とにかく無理させるな、って課長も言ってるから、遠慮しないで、しんどかったら言ってよ? 今夜は大丈夫?』
「はい。むしろスミマセン。お手数おかけします」
『じゃあ、また夕方連絡入れるわね』



 そして、約束通り、夜には絵巳子が訪れた。
 夕方連絡をもらった際に、今夜は尭司の訪れがないことも伝えた。

 夕食をともにし、お土産のケーキを食べながら、話題は尭司のことになった。

「へえ、お巡りさんなの? うん、そんな感じしたわ」
「そうですか?」
「鍛えてそうだったし、真面目な感じもしたし。でも、そんなお堅い人でも、保内さんの魅力の前には敵わなかったのね……もう、キスした?」
「な……」
「あ、それ以上か……あんな顔して、案外手早いなぁ」
「……先輩……」
「だって、少し見ないうちに、保内さん、見違えるほどキラキラしてるし。愛されているなあ、って丸分かり!」
「そう、ですか?」
「うん。やっとアザも少し薄くなってきたし。どうする? 月曜日から復帰する? これなら何とかファンデ厚塗りすれば隠せるかな? 試してみる?」

 絵巳子に手伝ってもらい、試しに化粧をしてみる。多少は目立たなくなったが、よく見ると色味の違いが目につく。

「うーん。遠目なら何とかなるかなあ。コンシーラーだけじゃ心許ないから、リキッド厚塗りしてみる?」
「私、リキッドファンデ持ってないんです」
「若いからね。普段もナチュラルメイクだもんね……まあ、この分なら月曜日にはもっと薄くなっているかもしれないし。でも来週もう一日様子みようか? 彼、月曜日は?」
「えっと、あ、夜勤の日なので、夜は来ません」
 スマホに送られたシフト表を確認して伝える。

「じゃあ、また月曜日に顔見にくるわ」
「そんな、毎日悪いですよ」
「ふふ。実はね、同棲始めちゃったの。保内さんにバレちゃった、って言ったら、『なら、見つかっても大丈夫だから、一緒に住もうか』って」
「え? 私のせいで、今まで出来なかったんですか?」
「そんなことないわよ。ちょうどいいきっかけよ。だから、もうわざわざってこともないから、遠慮しないで」
「ありがとうございます」

 絵巳子に教えてもらった前田のアパートは、亜夜果のマンションから徒歩で10分ほどの場所だった。

「先輩がご近所さんになるなんて心強いです」
「ホント、私も嬉しい。この辺だと買い物は駅前のスーパー?」
「あ、あと市役所の方にもいいスーパーがあって」

 同棲か、いいなぁ。

 絵巳子にこの辺りの生活情報を教えながら、亜夜果は夢想する。

 朝も夜も、尭司と一緒。

 まあ、夜勤のある尭司とは、毎日、というわけには行かないけれど。
 目が覚めたら、尭司がいる生活。

 尭司のために美味しいご飯をつくって、洗濯物をして、家を整えて。

 って、それは、もう、結婚生活じゃない?!

「……保内さん、なんか、妄想してる?」
「え? あ、いえ、その……」

 絵巳子に指摘されて、亜夜果はしどろもどろになる。

 でも。

 そう遠くない未来に、きっと。

 前田の帰宅時刻に合わせて帰る絵巳子を見送り。
 
 パジャマに着替えてベッドに入る。電気を消してから、スマホを操作する。

「尭司、やっぱり、制服似合うな」

 少し緊張ぎみに敬礼して写真に収まる尭司。

 今より少し幼い感じがする。就職したばかりの頃に、警察学校という研修所に入った時の写真だと言うから、3年前くらいだろう。

 亜夜果の要望に応えて今日の昼間、送って来てくれた。
『今、家だったら、外見て』
 という、メッセージ付で。

 その直後、ベランダに出ると、道端に尭司がいた。
 警官の制服を来て、自転車を停めて、上を見上げていた。亜夜果に気付くと、ちょっとキョロキョロ辺りを見回したあと、帽子を取って顔を見せて、敬礼して。
 亜夜果も、真似をして、右手を額に当てて、敬礼してみたら、遠目に尭司が笑っているのが分かった。

 もう、仕事中なのに。

 心の中でクレームをつけつつ、嬉しくてたまらなかった。

 こうやって、いつも亜夜果を気にかけて、守ってくれている。

 そんな尭司の様子を思い出しながら、うとうとし。

 穏やかな気持ちで、眠りに入る。




 その夜も、夢の訪れは、なかった。



 
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