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忍び寄る触手

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 ずる。

 いつもの足音とは違う、地を這うような、重たい響き。

 ずるずるずる……。

 次第に近付いてくるのが分かる。
 どんどん大きくなる響きが、その距離感を知らせる。

 ビチャ。

 地を這う響きに重なる、水の音? いや違う、もっと粘ついた液体の音。

 そして、それを迎える自分の身体がまるで地に磔にされたように微動だに出来ないことが分かった。

 怖い……。

 確実に近付いてくる『それ』が目指しているのは自分だと分かるのに、逃げることも出来ない。

今まで3ヶ月もかけてゆっくりゆっくり近付いてきたはずの『それ』が、何故こんなに早く?

 そんな疑問を挟む隙も与えてくれず、『それ』は、夢半ばのうちに、たどり着いてしまった。

 ぞわり。

 地を這うような響きから、今度はもっと柔らかなものの上を這う響きに変わる。

 柔らかな……亜夜果の身体の上を。

 足先に、指先に、『それ』が触れる。

 四方から亜夜果に触れる『それ』は、考えていたよりも温かい。もっと、ひんやりとした触感を予想していたのに。
 けれども。
 人肌のそれが、じわじわと四肢を這い回る感触は、決して気持ちのよいものではないが……妙なくすぐったさがあり、ねっとりと前後する動きが、まるで人に撫でられているようで。

 これが、尭司の手なら。

 きっとこんな風に優しく、こわごわと触るのかも知れない。
 そう考えたら、急に恐怖感が薄れた。
 
 熱っぽい目で亜夜果を見つめながら、彼女への情欲をひたすらに抑制し、それでもこらえきれず優しいキスをして。
 まるで息をしたら止まらなくなる、とでも言うように、頑なに口を閉じたまま、唇の上側だけを滑るように、残していったその感触。

 その唇で触れられているような、そっと撫でるような感触が、四肢に広がる。

 ああ。

 尭司なら、いいのに。

 手足だけでなく、もっと、もっと近いところまで。

 その劣情に反応するように、『それ』は、亜夜果の四肢を中枢に向かってさかのぼる。
 指先から腕に、腕から肩に。
 足先からふくらはぎに。ふくらはぎから、太ももに。

 やがて、四方から体幹にたどり着き。

 あ………………。

 体幹に……胸元と、足の付け根にたどり着いた『それ』は、先程よりも少し強い力で、その周囲を撫で回す。

 あ、……や……いや……!

 その『先端』が、亜夜果の敏感な部分を、集中的に撫ではじめて……責め出して。

 やっ、いやっ! 何? 何なの、この感覚?!

 気が付けば、足を這っていた『それ』が、亜夜果の両足を持ち上げ、膝を外向きに開かせて。
 腕に絡み付いていた『それ』が、後ろ手に亜夜果を締め付けて。

 張り出された乳房を絞るように巻き付き、その敏感な頂きを、『先端』がねぶるように吸い付き。

 大きく開かれた足の付け根は、ぴちゃぴちゃと音を立てて。その中央にある、最も敏感な部分を、『それ』ら、がこすり上げ、撫で回し、吸い付き。

 いやっ! こんなの……なんなの? これ? やだ……おかしくなる……?! いやあっ!


 訳の分からない感触に、再び恐怖を覚え……やがて。

 あ、あっ、いや……あ……ん……ああん! やっ! ダメ!

 あ……尭司……尭司なら……こんな風に……あっ……いやっ! いや! ああっ!!

 恐怖よりも快感が上回ったその時。

 ……目が、覚めた。


 肩で息をして。
 ドキドキと心臓が早鐘を打ち。

「あ……」

 大きくはだけた胸元から見える乳房が、その先端が固く尖って、パジャマが当たるだけで痛い。
 事件の後、病院で手当てしてもらった時に処置してもらった左胸のガーゼは、かろうじて貼りついているが、固定テープが剥がれかかっている。

 そして。

「やだぁ……」
 股間の濡れた感触。
 通常の排泄物ではないものでぐっしょりと濡れて、パジャマのズボンまで到達している。
 さらに。

「私、夢を見ながら……自分で?」
 まだ湿っている指先。

 意識がある時は、恥ずかしくて自分で慰めたこともないのに。こわごわ触れるくらいで。

 こんなこと、初めてだ。

 それも夢で。
 
 思い出したら、ますます恥ずかしくなった。

 私……尭司の名前を呼びながら、いこうとしてたの?

 名字でなく、下の名前を呼んで。

 触れるのが、尭司であって欲しいと想像しながら。
 ……うわっ! やだ、もう!

 誰も見ていないのに、恥ずかしくて身を隠したい衝動に駆られる。

 しかも。

「……目が覚めちゃった、なんて、残念に思うなんて……」

 あのまま、最後まで、いきたかった、なんて。

 満たされ切れなかった欲求が、亜夜果の胸と……下腹部に燻る。

 つい。

 そっと、濡れた指を、再び肌に沿わせる。

「あ……尭司……はぁ……はぁ……」

 別れ際の口づけを思い出しながら。
 苦しげに欲望を押さえ込むその顔を思い出しながら。

「尭司……好き……あ……ああっ……もっと……して……」

 気が付けば、もう片方の手で、乳房をまさぐる。
 その先端を指先で弄び。

「あっ! ああっ! 尭司ぃ! 好きっ! ああっ! いいっ! いっちゃう! ……ああ……」

 ………………荒い息に合わせて上下する亜夜果のむき出しの乳房に、カーテンの隙間から細く伸びた月の光が映る。
 まるで、その秘密の遊戯を盗み見るように。


 初めての自慰で、恋する男性の名前を呼びながら果てる淫靡な歓びに浸りながら、亜夜果は再び眠りに落ちた。


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