【完結】山梔子

清見こうじ

文字の大きさ
上 下
6 / 9

しおりを挟む
   *

 まさか、あの人がそんなことするなんて思いもしませんでした。

 いえ、会えば挨拶するくらいで……お隣なんだから、何かのついでに立ち話をしたりとかは……まあ、ありますけど。

 だけど、そんなにお互いのことを知ってるわけじゃないし……あえて話すわけでもないですし。

……はい、たまたま行ったお店で、偶然会って……目が合っちゃったら、知らんぷりも何だし、一応挨拶はしましたけど。

 だって、ジッと見られてたら、無視できないじゃないですか。
 だから、とりあえず、挨拶しとけ、みたいな。

 いえ、そのあとは何も。

 こっちは一人じゃないし。アパートで会うまでは、何してたかなんて知りませんよ。

 花?

 ああ、山梔子のことですか?

 ええ、確かに香りが強いんで、好みはあるかもしれませんね。
 それでちょっとしたトラブルにもなったし。

 ええ、外で言い争いしたりして。

 あ、でも、その時だけで、それからは特にトラブルとかなかったですけど。

 そういえば、その日の夕方、ちょっとだけお茶したんですよね。
 いえ、別に、当たり障りないことだけで……恋人なんて!
 付き合っている人がいる様子はなかったし。

 そういう色っぽい話題は出なかったですね。

 ……親しい友達なんて、いたのかしら?

 少なくとも、アパートに訪ねてくる人はいなかったみたいですね。




   *

 だから、知らないって言ってるでしょ?

 そりゃ話くらいするわよ。一応ご近所だし?
 
 見せつけてた気なんてありませんよ!

 ほら、私こういう性格だから、気分次第で誰にでもペチャクチャ話しちゃうし。
 はあ?
 知るわけないでしょ? 恋人がいたかなんて、そんなの。

 興味ないもの、あの人のことなんて。

 ……苦手というか、そりゃ正直に言えば、嫌いでしたよ。あ、別に憎んでたとかじゃないからね。
 人間的に、好きじゃないって言うか、ムカつくって言うか……。

 何か言いたそうに見てるくせに、言わないし。

 花?
 ああ、そんなことあった、あった。
 クチナシ、だっけか。
 うん、結構騒いじゃって……その時は、凄く頭に来てたから。
 
 だから、何もないって!
 すこぶる友好的ですよ!
 
 あれがきっかけで、色々が上手く回り始めたって言うか……。

 え、別にこっちの話……だから、そのクチナシの花の匂いのついた服を来ていったことで、恋人ができたっていうか……ただの知り合いから進展できたのよ。

 知ってる? クチナシの花言葉……『幸福』なんだって。




      *

 はあ、何が何だか。

 突然『あなたは騙されている』って言い出して。
 そう、あの日。

 彼と待ち合わせしたお店で偶然会った、あの日です。
 彼の仕事の都合で、夕方には帰っていたんですけど、何だかドアの外で話し声が聞こえて。
 隣の……そう、ネイリストやってる彼女ね、彼女と話をしてたらしくて。
 夜は彼とデートだって言ってたから、丁度出かける時に、あの人が帰ってきてみたいで。

 彼女、珍しくご機嫌で話していたみたいで。

 気合い入れてコーディネートするって言ってたし、私も見たいな、と思って、外に出たんですよね……彼女、美人だし、派手だけどセンスあるし。でも。

 出かけていった彼女を見る、あの人の目が怖くて。

 よっぽど声をかけるのは止めようかと思ったんですけどね。
 あんまりに踊り場から身を乗り出しているから、思わず声をかけて。

 そうしたら、嫌みの連発で。

 デートの割には帰りが早いとか、付き合って日が浅いくせに馴れ馴れしいとか。

 おまけに、彼が信用できない人物だ、みたいに言い出して。

 ……はい、確かにまだ付き合い始めたばかりだし……いえ、とにかく、決して信用の置けない人なんかじゃありません。
 彼の勤めている会社、うちの社とも取引がある所で、お互いに知り合いもいますから。

 ええ、詐欺紛いの悪質な訪問販売するような会社じゃないですよ。
 そうそう、あの会社ですよ。

 大体、彼の営業相手は個人じゃなくて法人ですから。
 
 なのに、あの人、彼を二股かける詐欺師呼ばわりして!




    *

 テンション上がってたしね、つい見せびらかしちゃったのよ……。
 だけど、長続きすればいいけどね? みたいに言われて、カチンときて。

 プロポーズされるかも、って言っちゃったのよ、勢いで。

 まあ、されたらいいなあって願望というか、妄想もあったから、ちょっと気まずくて、とっとと外に出ちゃったンだけど
 でも、ずっと視線を感じていたのよねえ。
 
 だから、あの時、あの人があそこにいたのも、不思議には思わなかったわ、実は。
 そう、常夜灯があるから、案外外から丸見えなのよね、アパートの通路って。

 ただ、ずっとそこで見張っていたのかと思ったら、さすがにぞっとしたわ。

 そりゃお泊まりはしなかったけど、それでも夜中の1時すぎよ?

 ありえなくない?



     *

 たぶん、夜中の1時は過ぎていました。

 喉が渇いて、起きて台所に行ったんです。
 そうしたら外で気配がするから、ドアの外覗いたら、あの人がいるじゃないですか!

 後ろ姿だったけど、分かりますよ。

 手すりにしがみつくように身を乗り出して。

 あっ、と思ったら……!?




    *

 あっ、と思ってたら、フワッて体が浮いて。

 ……気付いたら、目の前に横たわって、いて……。

 あたり一面……血の海……真っ黒に光って見えて…………ダメ……ちょっともう、ムリ…………。




   *

 ドサッて音がして、下から悲鳴が聞こえて。

 慌てて外に出て下を覗いたら、隣の彼女が座り込んでいて……あの人が……ごめんなさい、ちょっと、これ以上は……スミマセン。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冀望島

クランキー
ホラー
この世の楽園とされるものの、良い噂と悪い噂が混在する正体不明の島「冀望島(きぼうじま)」。 そんな奇異な存在に興味を持った新人記者が、冀望島の正体を探るために潜入取材を試みるが・・・。

意味が分かると怖い話

月緑夢
ホラー
オリジナルの 意味が分かると怖い話です

正体不明

ベアりんぐ
ホラー
 ある県の、ある市の、あるコンビニの夜勤に勤めている大学生"石子徹"の感じた違和感から始まる物語。  あなたのそばにも。 014

かさね譚

やなぎ怜
ホラー
夏のあいだ、祖父母宅へと預けられた小学生の“かさね”。絵に描いたような田舎で体験する、ひと夏の怪談。

変貌忌譚―変態さんは路地裏喫茶にお越し―

i'm who?
ホラー
まことしやかに囁かれる噂……。 寂れた田舎町の路地裏迷路の何処かに、人ならざる異形の存在達が営む喫茶店が在るという。 店の入口は心の隙間。人の弱さを喰らう店。 そこへ招かれてしまう難儀な定めを持った彼ら彼女ら。 様々な事情から世の道理を逸しかけた人々。 それまでとは異なるものに成りたい人々。 人間であることを止めようとする人々。 曰く、その喫茶店では【特別メニュー】として御客様のあらゆる全てを対価に、今とは別の生き方を提供してくれると噂される。それはもしも、あるいは、たとえばと。誰しもが持つ理想願望の禊。人が人であるがゆえに必要とされる祓。 自分自身を省みて現下で踏み止まるのか、何かを願いメニューを頼んでしまうのか、全て御客様本人しだい。それ故に、よくよく吟味し、見定めてくださいませ。結果の救済破滅は御客しだい。旨いも不味いも存じ上げませぬ。 それでも『良い』と嘯くならば……。 さぁ今宵、是非ともお越し下さいませ。 ※注意点として、メニューの返品や交換はお受けしておりませんので悪しからず。 ※この作品は【小説家になろう】さん【カクヨム】さんにも同時投稿しております。 ©️2022 I'm who?

てのひら

津嶋朋靖(つしまともやす)
ホラー
時は昭和末期。夜中にドライブしていた四人の若者たちが体験した恐怖。 夜間にドライブする時は気を付けましょう。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

彼ノ女人禁制地ニテ

フルーツパフェ
ホラー
古より日本に点在する女人禁制の地―― その理由は語られぬまま、時代は令和を迎える。 柏原鈴奈は本業のOLの片手間、動画配信者として活動していた。 今なお日本に根強く残る女性差別を忌み嫌う彼女は、動画配信の一環としてとある地方都市に存在する女人禁制地潜入の動画配信を企てる。 地元住民の監視を警告を無視し、勧誘した協力者達と共に神聖な土地で破廉恥な演出を続けた彼女達は視聴者たちから一定の反応を得た後、帰途に就こうとするが――

処理中です...