引き籠りたい魔術師殿はそうもいかないかもしれない

いろり

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1章

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いち早く迷宮情報を入手できるケヘランギルドに冒険者を奪われたエークハルク支部は、今ではすっかり閑散としている。ちょっとした素材を卸すため、もしくは魔法薬の認定を受けるために来た者がちらほらといるくらいだ。そんななか、冒険者依頼受付カウンターには張り詰めた空気が漂っていた。


「はいあの、いえ、先日の昇格申請ですが……」

カウンター越しに書類を確認しながらしどろもどろ話すミクロッドには刺すような視線が向けられている。その視線の主、アスレイヤが小さく息を呑んだ。


「Dランク昇格です、アスレイヤ様」

「!」

「おめでとうございます!」

昇格申請が無事に通ったのだ。少し離れて見ていたシルガにも アスレイヤがぱっと顔を輝かせたのがわかる。つられてシルガの胸も弾んだ。

「おめでとうございます、ぶっちぎりの合格ですよぉ~!」

奥から出てきたジェネットが ニコニコしながらカウンターに書類を並べている。シルガがアスレイヤの背後から書類を覗くと Dランク冒険者の心得とか立ち入り許可区の範囲だとか細かい字で書かれていた。

「ではこれがあの、はい、こちらがDランク証明カードです」

「……!」

シンプルな証明カードをアスレイヤが無言で凝視していると奥の方から職員がわらわらと出てきた。

「おめでとうございます!」

「高評価での昇格ですよ、おめでとうございます」

「ダントツのDランカーよ!」

受付カウンターは わっと賑やかになった。パチパチと拍手までされている。

「べ、べつにこのくらいそんなに……!わざわざ集まって、そんなに暇なのか」

口では悪態をついているが嬉しそうな表情を隠しきれていない。たくさんの祝いの言葉を聞きながらシルガは初期の頃のギルドの様子をしみじみと思い出した。あんなに腫れ物に触るようだったアスレイヤへの空気がまるで嘘みたいだ。
冒険者活動24日目にして手に入れたDランク証明カードは間違いなく本人の頑張りの結果だ。そしてこんなにも祝福される程に彼を取り巻く雰囲気があたたかなものへ変わったのも、アスレイヤが自分で掴み取った輝かしい成果である。

(よかったな……)

シルガは ふと、アスレイヤのマジックバッグに入れたままになってるはずのウォーハウンドを思い出した。

――すぐにもっと華々しい戦果を挙げてやる!

「はは、本当だ」

「何がだ」

「なんか嬉しくてさ。昇格おめでとう、アスレイヤ」

「……貴様はさっきからなんだ。部外者みたいな顔して ずいぶんと他人事だな」

「うん……?」

不服そうな声を怪訝に思ってシルガが改めて視線を向けてみれば、何故かジト目で睨まれている。一体何が気に入らないのか全く思い当たらない。

「……?」

「一番最初に報酬は折半だと決めたはずだ」

「ああ、そういう契約になってる」

「だからこの、祝いの言葉も折半だ!」

「あ、そうか。なるほど」

どうやら報酬が出ていたようである。尤もらしく言われた言葉にうっかり納得しそうになったのだが要するに、二人で頑張った結果を二人で喜びたいということなのだ。
不機嫌そうにそっぽを向いてそんなことを言うアスレイヤを シルガはまじまじと見てしまった。喜びが全身に巡っている。アスレイヤが瞳を輝かせてシルガに期待しているものは労いでも祝いの言葉でもないことくらい、見れば一瞬でわかった。不思議なことに、本当の言葉を言わなくても本当の心を伝えているのだ。

「貴様もよく頑張ったことくらいまあべつに……ふん。主人として少しくらいはか……感謝 してやる」

「あはは!そういえば俺も頑張ったよな、最初の頃なんて血に飢えた狂戦士の君をどうしようか途方に暮れてたんだった」

「それは勘違いだからな」

「自覚がないから厄介なんだ……でも今は感情に振り回されることも少なくなったし冷静な狂戦士に成長できたよ。忍耐力をつける訓練を入れ忘れてたけど、自力で頑張れたのはすごいことだ」

「いや、俺は貴様と話すことで我慢強くなれただけだ」

「すごい……! アスレイヤが謙遜なんて感無量だよ、よく頑張ったな」

「そういうとこだぞ!」

「うん……そういえば説明の途中だった」

シルガとアスレイヤが視線を上げると、微笑ましげに見守るギルド職員達と目が合ってなんとなく気まずくなってしまった。

「……ゴホン。それで、今日から迷宮に入るからな」

「はーいそれでしたら、こちらです!」

じゃじゃん! と効果音を言いながらジェネットが出したものは迷宮探索記録だ。グイーズ達が読んでいたものより分厚くなっている。渡されたアスレイヤは早速目を通し始めた。

「はいあの、生徒さんの最高到達記録は5階層です。5階層以降はCランク以上の冒険者でなければ進めませんあの……はい」

「上級生でCランクの方はちらほらいらっしゃるんですけど、やっぱり5階層が最高到達なんですよぉ。6階層から8階層までは転移機で帰還できないし進むしかないですから、大事を取る方が多いんです。そのくらいの慎重さがなければCランク冒険者とはいえませんからね!」

「……」

聞いているのかいないのか、アスレイヤは探索記録に没頭している。座って読むように席を勧めようかとシルガが思ったところでアスレイヤが話しかけてきた。

「おい、俺より先に迷宮に入っただろう。貴様の所見はないのか?」

「えっ、そ、そうなんですか!?」

「あ、そうだ。俺は報告書は出してないけどグイーズが出してるはず」

「……ふん」

パラパラとめくってみるがグイーズの報告書が見当たらない。

「数日前だからこのあたり……あった」

見ればずいぶんと簡素な報告書である。たった2ページしかない。

「そのグイーズとかいう男、こんないい加減な報告書を出すようじゃふざけてるとしか思えんな」

「……いや、グイーズはあれで結構ちゃんと記録つけてた」

亡霊と戦闘になったあとはゴタゴタして暇がなかったが野営の時は一人だけ灯りの下で書き物をしていたし、白狸亭で時間を見つけては報告書を書いていた。シルガが簡略化された記録を訝しんでいるとミクロッドが興奮気味に話を振った。

「あああの、迷宮に入ったんですか?」

「下見のためにグイーズって名の冒険者について行ったんだ」

「あっ私知ってますよぉ~! 3人パーティーですよね。Aランクパーティーの、活動成績もかなり良い方達です。踏破階層は9階層……鬼教官さんも9階層まで行ったんですか?」

「え?」

「黄金の階層だな……おい、何故黙ってたんだ」

「9階層はもちろん行ったけど合流階層の宝物庫ってだけでそれだけだった。それより踏破階層……多分10階層の間違いじゃないか?」

「いえあの、ここに書いてありますはい」

指された探索記録の踏破階層を見ると確かに9階層と書かれていた。

「本当だ」

シルガは考え込んだ。エルザを抱えて転移した後、グイーズは亡霊を倒したと言っていたので踏破したことになるはずなのだ。それとも、亡霊を倒しても踏破には至らなかったのだろうか。

(階層の守護者が他にいたのか? それはないと思うんだが)

「じゃあ貴様は10階層の巨大迷路を踏破したってことか?」

「いや、巨大迷路はなくて登山……じゃなくて下山してた」

「なんだそれは。迷宮に山があるのか?」

「うん。廃村もあったよ。そこで戦士の亡霊と戦闘になって死にそうになってさ……グイーズが報告書に書いたはずなんだけど」

「「亡霊……」」

ミクロッドとジェネットが呆けたように呟いた。ほかのギルド職員も興味津々で耳を傾けている。
更にページを捲って読み込んでいくと、続いて10階層以降に到達した冒険者パーティー達の報告書がある。どの報告書も巨大迷路について書かれているだけで、シルガ達のように謎空間で亡霊と戦った者はいない。

「もしかしたら、ですけどぉ……」

ジェネットが申し訳なさそうに言った。

「あんまり信憑性がなくて、10階層踏破認定が下りなかったんじゃないでしょうか」

「そうよね、これだけのパーティーが後に続いたのに同じような報告がないんですもの。10階層以降は巨大迷路っていう報告多数で……ひょっとしたらグイーズさんの報告書は虚偽申告扱いかもしれないわ」

「虚偽申告……」

それはあんまりじゃないだろうか。

「ま、いいか」

「貴様はそれでいいのか」

「今のとこどうにもできないからな。それより、ついに迷宮に入るわけだから俺が入った時の状況を君に報告しようと思ってたんだ。それを踏まえて探索記録を読んで対策を考えよう」

「む、そうだな。事前の情報収集と計画は大事だ」

二人が場所を移動しようとするとミクロッドが呼び止めた。

「あっ、あの! 私も聞きたいです、はい!」

「すみません、私も!」

「私も聞きたいわ。ちょっとお茶淹れて来るから待ってて」

「いいですね!お菓子も持ってきますよぉ!」

「いやー、実は探索報告を直に聞く機会が少なくてですね……ささ、掛けて掛けて」

カウンターに脚の長い椅子が用意されたので、二人は流されて座ってしまった。


***


太陽が傾き始めた頃、生徒達を乗せた馬車の列が学院を目指して石畳を削っていた。彼らの活動拠点だったケヘランから王都を目指すならシグレイス伯爵領を通って行くのが最短ではある――が、馬車には向かない道だ。なのでケヘランと海岸都市ペイルベルを結ぶダミルルシェ街道を南下し、そこから東へと進む予定なのだ。
ガラガラと音を立てる馬車の中、遠くに聳える巨大な柱を窓から眺めてファルオン・クアトラードはため息を吐いた。

「まだ残ってる奴がいる」

「じき帰るだろ。なんせ生徒にはベルメロワ卿が直々に撤収勧告を出したんだから」

「あー、あのエインダールの三馬鹿とその他ね」

「エインダールは……」

イルメースの相槌にファルオンは言いかけて黙り込んだ。

「結局全然見なかったな。何だよファル、実は会いたかったのか?」

隣に座っていたヴィクスが肩に腕を回して茶化すように言った。何故かむっとしたファルオンは憮然とした表情で圧し掛かったヴィクスを押し返す。

「なんか問題起こしてなきゃいい、って思ったんだよ」

「あっははは!こうも全く会わないと俺も逆に気になるなぁ~……何してんだろ」

向かいの席のイルメースが陽気に同意した。

「まだ勧告だから命令になるまで粘る奴も一定数いるだろう。あいつの行動パターンからして多分そうするさ」

「元取り巻きの三人も粘るつもりみたいだし、うちの領で問題でも起こされたら……不安だ」

「俺達が残ってたってなんもできないって。それよか迷宮のお宝見ようぜ!」

「そうだった。ファル、王都に戻ったら優秀な鑑定士を探さないとな」

「……あぁうん、とりあえず欲しいの順番つけて三人で分けよう。あとから鑑定で価値がわかっても文句なしだからな」

「よし、公平に。希望が被った時は戦うしかあるまい」

「っしゃ――! じゃんけんで!」

わっと盛り上がった空気にファルオンも楽しくなった。三人で迷宮を探索して得た折角のお宝なのだから楽しまなければもったいない。ファルオンは迷宮の見納めに最後にちらと視線をやった。窓の外に広がる草むらには相変わらず出店がいくつも並び冒険者や騎士らしき人々で賑わっている。以前と違って屈強な大人ばかりの人込みの中では、明らかに少年である冒険者が生徒だとすぐにわかる。

「――あ」

ファルオンは目を見開いて一点を凝視した。ごった返した人込みの中に、赤銅色の髪をキラキラさせて颯爽と歩く少年を見たのだ。しかし馬車はスピードを緩めることなく進むばかりで、見知った人物な気がしたその人は行き交う冒険者達に埋もれて見失ってしまった。

「どうした?」

「……いや、何でも」

尋ねたヴィクスは未だに窓に張り付いて後方を見ているファルオンを訝しんでいる。そんな様子にも気付かずファルオンは右頬をペタリとくっつけて目を細めて再度探した。

(――気のせいか。いや、けど)

笑っていた。

(やっぱり気のせいか? でもあれは……)

あの特徴的な赤銅色の髪を……明るい陽の下で赤みを帯びた金色に輝く、憎たらしいほどキラキラ輝くあのエインダールを間違えるとも思えない。かといって屈託なく笑うエインダールという信じ難いものを、こんな大勢の人の中でしかも一瞬しか見てないのだから確信もない。

「……やめた」

――なんで俺があいつを、こんなに気にしないといけないんだ。

ファルオンは窓から離れて迷宮の戦利品に意識を向けた。空いた席に無造作に並べられたそれらは何に使うかもわからない物が多いのだが、とても魅力的に見える。

「春から学科が分かれるだろ、俺だけさ~魔術学部じゃん。さびしー」

「騎士科の授業も取ればいいさ。あとエインダールの弟が入って来るけど揉めるなよ」

「エインダールはもういいよ。それより、希望は? 書いたら一斉に見せよう」

「書いた!ヴィクスは?」

「オッケー」

「じゃ、まずは第一希望の一回戦」

せーの……、と示し合わせて出した紙には同じものが書かれている。

「うわ――! 全員被った!」

「戦うしかないようだな」

「それじゃ公平に……」

「ちょ~っと待った!心の準備するわ」

じゃんけん開始を遮ったイルメースが両腕の肘を交差し腕を絡めている。

「それ意味あるのか?」

「これで勝てる……!」

「それじゃ改めて、勝負!」

「「「じゃーんけーん……」」」


次の瞬間、三人を乗せた馬車は湧きあがった歓声で揺れた。
バカバカしい勝負で笑いながらファルオンは心底楽しんでいた。冬期休暇中に三人で潜った迷宮探索はとても楽しかったし、久しぶりに帰った変わりない優しい家で寛ぐこともできた。迷宮出現という得難い機会に恵まれ例年の生徒よりも経験を積めたのは幸運なことだ。探索で得た戦利品の数々は、太古の文明の息遣いを感じさせ、心をわくわくさせる魅力的な遺物達だ――けれど、ファルオンは魅力的なはずのそれらのものに熱狂することができないでいた。

気の置けない友人と笑い合っている今でさえ、ファルオンの脳裏には見間違いだったかもしれない赤銅色の輝きがちらついている。アスレイヤ・エインダールのあの冷たい目しか知らないファルオンにとってそれは、相当な衝撃だったのだ。

(誰といたんだろ)

となりに誰かいたから笑いかけていたわけで……だがあの三馬鹿ではないことは確かだ。

クアトラードとエインダールは代々犬猿の仲で、今回はエインダールがクアトラードを勝手にライバル視して無駄な張り合いをしている……などと、周囲の人間は面白がって囃し立てるがファルオンは気付いていた。あれは好敵手を見る目でもなく嫉妬に燃える目でもない、虫けらを見るような目だ。というかむしろ虫けらの方が優しい目を向けられている。あの冷え切った目はファルオンだけに特別に向けられているわけでもなく、誰に対しても等しくそうで、取り巻きに対してもそうだったのに。

(誰のことも歯牙にもかけない……認めてないはずだっただろ……!)

ファルオンの心には、わけのわからない対抗心が芽生え始めていた。


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