引き籠りたい魔術師殿はそうもいかないかもしれない

いろり

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1章

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シルガは魔道具の本を小脇に抱え、あの世界でいうところのプレゼンに向かう平社員のような気持ちでドアを叩いた。「入れ」という返事のあとに、気を引き締めていつも通り部屋に入る。なんとかして気に入って貰わなくてはならない。
ベッドに腰をおろしたアスレイヤはキッと睨んで言った。

「俺の魔力量を伸ばして制御の上達を支援すると言ったのは貴様だ。途中放棄とは無責任だぞ、どういうつもりだ」

この、上司に叱責されてる感は何なのだろう。
シルガは定位置に腰をおろして、なんとなく正座して向き合った。

「それについては新しい練習方法を、」

「俺は今まで通りでいいと言ってる。このままだと貴様の勝ち逃げだろうが、気に入らない」

アスレイヤは不機嫌そうに顔をしかめて逸らした。こういうところは子供っぽいんだが……

「でもこれからは討伐に行くんだし、一緒に練習できる時間が限られてくるじゃないか」

「少なくとも今は時間がある」

「今はあっても、その先はどうかな。冬期休暇が終わったら王都の学院に戻るだろ、そのとき自分で練習できる魔道具があればいいと思わないか?」

「む……それは、そうだが」

なんとか取っ掛かりができたようだ。これを逃す手はない。使い魔を作ってアスレイヤの気を引くことができればこちらのものだ。

「新しい方法はこれだ」

シルガがアスレイヤの目の高さに掌を広げ、魔力を込めて魔術式を描くと、放射状に光が放たれその中心部から小鳥が飛び出した。一羽、二羽、三羽とカラフルな小鳥が羽ばたき、アスレイヤの肩や指に止まって囀る様子はおとぎ話の出来事のようだ。

「! なんだこれは、どこから出したんだ?召喚か?」

「魔力で作った生き物もどき。所謂使い魔ってやつだよ」

シルガが手を振ると同時に小鳥達は跡形もなく消え去った。

「使い魔…… 聞いたことはある」

ぱっと顔を上げてシルガを見る目は好奇心に満ちている。

「この本で魔力制御を練習すれば……なんと 君だけの使い魔が手に入る!」

「! 本当か!?」

よしよし、食いついてきた……とシルガは内心ほくそ笑んだ。

「ま、これを見てくれ」

ベッドの上で両足を組んで座っているアスレイヤの膝近くに 何の変哲もない本を置いた。

「この本で練習を頑張れば、最終的にここに描かれているすべてのものを君の魔力で作ることが可能になる」

シルガが表紙を開くと、最初の頁に魔術式とも何とも言いにくい複雑な図形が書かれている。それに目を留めたアスレイヤは興味を持ったのか、じっと眺めてポツリと言った。

「ふ……ん、見るだけ見てやる」
 
相変わらず横柄な物言いだが、頁を捲るシルガの指先を追う目はキラキラ輝いている。二人で覗き込むようにして本を囲み、シルガが目の端でアスレイヤの様子を見ながら呑気に微笑ましい気持ちになっているところで、困惑した声に意識を引き戻された。

「……なんだこれは」

一番最初の使い魔である。

「蚊だな」

「 蚊 」

期待して覗いてみれば蚊とは。
本の両頁に1匹ずつ描かれた蚊を見ながら アスレイヤは何とも言い難い気持ちになってアホみたいに鸚鵡返してしまった。

「便利だよ」

そんな様子に構わずシルガは真剣だ。

「しかもオスメス両方用意してある。これは心強い」

「妙なバリエーションをつけるな!」

いちいち反応するのが馬鹿らしくなったので、アスレイヤは豪華すぎず綺麗すぎない絶妙な普通加減で装丁された本を奪って膝の上に開いた。更にページをめくるといろいろな生き物の絵が描いてある。最初の蚊はともかく、ミツバチ、トカゲ、モグラ、魚、鳥、猫、犬……猛獣や猛禽類、魔法を使う獣が数種類。これらを自分の魔力で練り上げて自由自在に動かせるのは たしかに面白そうである。絵の他には何やら説明みたいなものが書かれているので、ぱっと見た感じ簡単な図鑑だ。
ふと、あることに思い至った。

「この絵は貴様が描いたのか?」

「ああ、ソコソコ見れるくらいには描けてるだろ?」

「図鑑みたいだ。すご……べつにふ、普通だ、まあまあだ!」

採取物の記録描画は幼いシルガの仕事だったのだ。よく観察して正確に記録する。養い親が納得するまでそれの繰り返しで正直、何度ぶん投げようかと思ったかしらないが今は役に立っている。

「この”食える”って項目は何だ」

「可食部も書いておいた。捌き方と、相性の良いハーブもおまけで書いてるよ」

「……貴様はなんでいつもそうなんだ」

今まで通りの魔力制御訓練に何故か拘っていたアスレイヤだが、本を一通り眺めて興味を持ってくれたようだ。絵と文を見る目が 真剣なものに変化している。

「見たところただの本だな。これでどうやって魔力制御の練習をするんだ?」

「よし じゃ、君の魔力を登録しよう」

待ってましたとばかりに食い気味に答えてしまった。

表紙を開いて最初の、複雑な図形が描かれた頁に戻ってもらってシルガは図形を魔力で辿って魔術式を描きあげた。すると、本は淡く光をまとってアスレイヤの胸の高さまで浮き上がった。

「魔力で魔術式を描くだろ。そんな感じでそこの空白部に署名してくれ。あと悪いけど、一滴だけ血が必要だ」

シルガに言われてよく見てみれば魔術式の中央部がぽっかりと空いている。速やかに署名を……といきたいところだが、これがかなり難しいのだ。アスレイヤは結構な時間をかけてやっと署名した。

――アスレイヤ・エインダール

だいぶのたくっているが読める。

「これでいいか?」

「上出来だ、上手くなったよ」

腹の立つことに これでも上達したのである。アスレイヤがさっと指先を切って血を垂らすと、美しい魔術式は貪欲にその血を貪った。
次の瞬間、アスレイヤと本の周りに新たな魔術式がいくつも現れ、目を開けていられない程の強い光を放った。目を閉じても真っ白な視界の中でわかるのは、本の頁が風に煽られバサバサと音を立てていることだけだ。

風がフワリと優しく頬を撫で、浮いていた本がゆっくり膝の上に降りてきた。光が和らいだので目を開けて本を手に取ってみれば、魔力で自分と本が繋がっているような不思議な感覚がした。
アスレイヤは頁をめくって最初の使い魔を開いてみた。相変わらず両側に蚊がオス・メス1匹ずつ描かれているが……

「魔術式?」

先程見ていた絵と説明文の上に魔術式が重なって表示されているのだ。傾けると浮き出てくるホログラムになっていて、ついでとばかりに色も変わる。アスレイヤが角度を変えながら眺めていると、スッと伸びてきた手が蚊の上に描かれた魔術式を指した。手袋をした人差し指が魔術式をゆっくりとなぞるのを 何故か凝視してしまった。

「君が楽しく練習できるように考えてみたんだ。こうやって、描いてあるとおりに魔術式を魔力で辿るだけ」

シルガが魔力で本の通りに魔術式を描くと淡く光を放ち始めた。光は徐々に強さを増してきゅっと一点に集合し、質量を持った塊に変化した。と同時に、アスレイヤの目の前に一匹の蚊が現れた。魔力が凝縮され、蚊の形になったのだ。

「魔術式が……蚊になった」

更に驚くべきことに、魔力で出来た蚊は あの不快な音をさせながらうろうろ飛んだあと、アスレイヤの手首に止まって血を吸い始めたのである。目で追っていたアスレイヤは再び困惑した。

「叩いて構わない」

「……」

バチン! 

叩いたあとにはぺしゃんこになった蚊と少量の血がにじんで遺されていた。しばらくすると蚊は消えてしまったが血を吸われたあとがぷくりと膨らみ赤くなっている。

「おい…… かゆいぞ」

「な、もう本物だろこれ、すごくないか!?」

「自分で作っておいてそのはしゃぎ様は何なんだ……」

それにしても、使い魔を実際目にしてみると衝撃だ。

好奇心や興奮はなりを潜め、アスレイヤは少しの恐怖を覚えて本に目を落とした。
本物に近いが命を宿さない、魔力で作られた使い魔とは一体どういう存在なのだろう。生物の生態に詳しいわけでもないのに何故、ほとんど本物のように作り出すことができるのか、魔力で出来た使い魔が持つ毒は本物の毒なのか……次々と疑問が浮かんでくる。

「この魔術式は俺が、鑑定とか魔力現化とかそういうのを組み込んで考案したものだ。見ての通りかなり簡略化してシンプルに作ってある初級編だけど、君の能力を低く見積もってるわけじゃない。付与媒体の本がただの本だから容量が激狭なんだ。いちおうギリギリのとこまで使い切ってるはず」

アスレイヤは説明を聞きながらパラパラと頁をめくった。確かにどの魔術式も複雑な魔術式を含んでいるとは思えないほどにシンプルで美しい。ここまで簡略化して最大の能力を発揮できる魔術式なんて、考えるのは骨が折れただろう。

(俺のために作ったのか……)

先程感じた恐怖は魔術式の美しさとシルガの真摯な眼差しになだめられ、じわじわと胸が暖かくなった。アスレイヤは口元が綻ぶのを必死に抑えて誤魔化すように魔力で魔術式を辿ってみた。が、当然ながら失敗だ。

「しまっ……」

行き場を曖昧にされた魔力は暴走して事故につながることがあるのだ。自分の軽率さに気付いて魔力の暴走に身構えたが 思っていたような衝撃はない。魔術式の展開を放棄した魔力はふっと霧散して消えてしまった。
何が起きたかわからずに呆然と見ているとシルガが更に説明を続けた。

「しかも失敗時のリスクがほぼ無い。途中で途切れても魔力暴走しないし反動もごく僅かに抑えられるようキャンセル式を組み込んである。それと……この魔術式は登録者以外には見ることができない。登録前はただのちょっとした図鑑だっただろ?あんな風にしか見えないように作ってある。何故だろう」

魔道具が魔道具たる所以だが、魔術式を自分で考えなくても魔力制御さえ達者なら、この本に描かれている使い魔を簡単に出せてしまうのだ。

「悪用防止だな」

シルガは頷いた。

「君はさっき、蚊を見てガッカリしただろうけど……あれ結構便利なんだよ」

例えば 花の蜜を採取したり、こっそり他人から血液を採取したり、ムカつく奴の足の指の間を刺しまくったり……

「君はそういう嫌がらせに悪用しないと信じてる」

「貴様はなんでそうバカみたいな使い方を考えるんだ」

「そんなわけだから、取り扱いには注意してほしい」

「……わかった」

アスレイヤは巻末に書かれた説明書を真剣に読み始めた。こういうところはキッチリしている。しばらく読みふけっていたが、我慢できないという風でシルガに目を向けた。

「読めば読むほど使い魔とゴーレムの違いが曖昧になってくるぞ」

「いいところに気がついたな。……極端に言うとゴーレムは付与魔法の延長上にいる」

「付与魔法?何故だ」

「土くれに魂を吹き込んでゴーレムが出来ました、ってあるだろ」

「……そんなのは おとぎ話だ」

「そうかな…… ま、どちらも自分の魔力を分けることは共通してるな」

使い魔は魔力そのもので出来ているので、どれだけ本物に近くなろうと与える影響は魔力によるものだ。物理的な攻撃なら本物に引けをとらないが、蚊が刺した後のかゆみは魔力が作用しているだけで 魔力が尽きれば消えてしまう。同様に毒も毒になりきらない。
より本物に近い使い魔はあたかもその生物であるかのように振舞う。しかし術者本人がよほど迂闊でない限りは術者にとって不都合な行動をしないことも特徴の一つだ。術者の魔力制御で使い魔を消すこともできるし、放置したとしても作成時に錬りあげた魔力が尽きれば勝手に消える。

「もっと複雑に魔術式を構築すれば、使い魔は捕食することで魔力を補充し存在を維持することができる」

「それはもう生き物じゃないか?」

「……君は決して非道なことをしないと、信じている」

「……」

祈りにも似たシルガの言葉は否を言わせぬ音をしていた。

「信じていい」

アスレイヤは金色にふち取られた新緑の双眸をじっと見つめた。
このきれいであたたかな眼差しから目を逸らすようなことは決してしない。したくない。膝に置いた本の重みをしっかり心に刻んでおこうと思った。

「それと、この本をその…… ありがとう」

ふっと、シルガが笑った。新緑が芽吹くように色付いた瞳が特別きれいに輝いている。

――嬉しそう、だ。

そう思った途端、胸の奥から喜びが溢れてきた。心臓がドキドキして体温まで上がっている。顔も赤くなってるかもしれない。嬉しそうに笑ってくれることが こんなに嬉しいことだとは。

「アスレイヤ?」

覗き込まれて反射的に顔を逸らしてしまった。

「た、たしかに気に入った!だが貴様から魔力を奪うのを諦めたわけじゃない」

「君の成長を楽しみにしてる」

「ふん、余裕ぶるのも今だけだ」

「ところで、耳まで真っ赤だよ。風邪でもひいたかな」

「貴様は……黙ってろ!」

アスレイヤは何故こんなに真っ赤になっているのか 自分でもよくわからなかった。


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