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1章
22
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「鑑定できてない?」
午後、ギルドへ確認に行ったシルガとアスレイヤは再び顔を見合わせた。
「はいあの、いえ、申し訳ございません」
「エークハルク支部は準国家機関だ。優秀な鑑定士が王都から派遣されているはずだぞ」
「はい、当支部の総鑑定所長は王都でも有数の腕前であることは確かです、はいでもそのー……あまりこちらにいなくていえ、はい……その、各種鑑定所長にも確認させたのですが……やはりですね」
ミクロッドの恐縮しきった様子が気の毒である。国家資格の等級はシルガにはよくわからなかったが複雑そうな仕組みで面倒そうだ。あまり興味なかった。
「へぇ……俺は別にいいよ。それは置いておくとして、Eランクの討伐依頼、何かあるかな」
「はいでは少々お待ちを……」
「討伐……ようやく請けるのか!?」
「いいのがあれば。それと、ランク外の雑務依頼も見せてほしい」
「かしこまりました」
しばらくして戻ってきたミクロッドが依頼書を渡すとシルガはざっと目を通し始めた。その間手持無沙汰なので、アスレイヤは気になったことを尋ねてみた。
「鑑定できてないとは具体的にどういうことだ?あれが変異種のレイブラッサムの花粉だということもわからないわけではないだろ」
「はい、それは確認できております。いえただ、結果に魔力循環の麻痺作用について一切触れてなかったので、それを再度確認してほしいとお願いしたところはい、少しその、ご機嫌を損ねてしまわれて……えーとですね、はい」
言い淀むミクロッドにアスレイヤは不穏な空気を感じたが、依頼書を見ていたシルガが呑気に言った。
「魔力循環の麻痺作用は確かにあるよ。実際昨日……」
「貴様は黙ってろ」
「知らずに雑に扱って吸い込んじゃったら可哀想じゃないか。これからは採取依頼も出されるだろうし、危険度が低く見積もられるのは良くない」
それはそうだが。
シルガが真っ当な意見で口を挟むのを、アスレイヤはじろりと睨んで黙らせた。
俺の魔力循環が麻痺したのは確かだが、その治癒方法なんて聞かれたらどう説明するつもりだ。ただでさえ、ギルドの鑑定部署責任者達が鑑定できなかったものを鑑定出来てる貴様は不審者なんだぞ。
アスレイヤはよっぽど言ってやりたかったが喉の奥でぐっと抑えて、シルガにだけ伝える方法があればいいのにと切実に思った。
「それで、今どうなってるんだ?」
「総鑑定所長預かりになりましてはい、今は王都におりますので数日かかるかと……」
「エークハルク支部 総鑑定所長……ヴァンカム家のやつだな」
「ええ、よくご存じで……」
「ふん、どうせ…… まあいい。それでも鑑定結果が変わらなければ、変異種の花粉採取依頼は慎重に扱うことだ。今日はもう帰る」
「あ、もう帰られるんですか?あの……」
「うん、今日はゆっくりするんだ。こっちの依頼書は返しておくよ」
踵を返したアスレイヤに声を掛けるミクロッドに、シルガは時間的に厳しそうな依頼を返して話を引き継いだ。渡された討伐依頼は今のアスレイヤには問題なくこなせそうなものばかりだ。数日掛けて行うものもあるので野営の仕方なんかも計画しなければならない。
そんなことを考えながら離れようとしたところで、ミクロッドが不意に声をかけた。
「ああああの!」
「……? 俺?」
先に離れていたアスレイヤもゆっくり振り返った。
「はい、いえあの、ギルドにはまだご登録頂いてないようですがはい、魔法薬の認定を毎月一度は受けに来られてますよね、ええと。ひょっとして、何かその……資格をお持ちで?」
「いや、持ってない」
月に一度の認定に言及され、シルガは少しヒヤリとした。
大多数のギルド職員の仕事ぶりはお役所仕事で 特に気に留められていなかった。部署の違うミクロッドが知っているはずもないのだが、知るところとなったのは 本人の仕事熱心によるものと思われる。
「あの、いえ、魔力循環の麻痺効果があることを疑ってるわけではないんです。はいただ、当ギルドは登録された冒険者様の各種資格取得援助プログラムがございます。魔法薬の調合資格ももちろんその対象となっております。のではい、ぜひ登録頂いて、活用してもらえればとはい」
「登録は考えてないな」
微塵も考える様子のないシルガの返事に そうですか……と残念そうに呟くと、人好きのする笑顔を向けた。
「もし気が変わられたら ぜひエークハルク支部で」
「そうだな、世話になってるし……登録するかもしれない時は、よろしく」
シルガは当たり障りのない返事をしながら、お役所仕事のユルいギルドだという認識を改めようと思った。
*****
本日は冒険者活動15日目、休日である。
夕食は店主がこの村の家庭料理を振舞ってくれることになったので、シルガは今後の討伐依頼の計画を立てるために食堂で依頼書を見ているところだ。
渡された討伐依頼のメインは害獣駆除である。ぽつりぽつりと点在する小さな集落が依頼を出しているのだ。大きな町村であれば、農業部門を担当する国家機関や領主の私兵の派遣などを要請できる。しかし 小さな集落までは手が回らないため、各々の集落がギルドに依頼し、かかった費用の何割かを税で負担する形で支援している。集落のまとめ役が地方行政官に書類を上げる感じだ。
害獣といっても様々だ。イタチや狼のような動物もいれば、体格が良く強靭で魔法も使うヒューイクティスやウォーハウンドのような獣もいる。どちらも貴重な素材が採れるが、後者から採れた素材で作る武器防具は性能が良く、魔法の付与媒体にすればより高度な付与が可能になる。魔法薬の材料になることもある。
害獣駆除のほかは獣の素材採取だ。なるべく傷を付けずに倒さなくてはならないので結構難易度が高い。
(できれば何種類か討伐させたい。飛行系と地中系と水中系と普通のやつと、植物型もいるし昆虫型も……群れるタイプとか単独で強いやつとか巣に入る系も……って、絞るの大変だな)
シルガが考えていると、ひょいと伸びてきた手が依頼書を取り上げた。
「討伐依頼なら俺が面倒みるぜ。魔術師殿はその間は休みってことで」
「え?」
顔を上げると黒い瞳とバチリと視線が合ってしまった。
シルガは少し気まずくなって自然を装いながら目を逸らした。今朝、ジスの前で爆睡していたのがどうも気まずい。
「いや、君は他に用事があるんじゃないか?そこまでしてもらうのは……」
「魔術師殿の魔法は便利すぎる。あんたにとっては普通のことなんだろうけどな…… あいつ この間、火すらまともに起こせなかったぞ。便利な魔法や魔道具がいつもあるわけでもないのに基本ができてないんじゃ、まずいだろ」
そう言われてみれば、シルガは最近は魔法と魔道具を使わない生活をしたことが無い。幼い頃 養い親に連れられて行った採集の野営は、魔力温存のため なるべく普通に火を起こしたり見張りをしたりしていたが、二人とも最低限の死なない程度でしか気を回さなかったので酷いものだった。それで野営用の魔道具を作るようになったのだ。やってみればそのうち慣れるはず、とは思うが、あんな野営をアスレイヤにさせるのは気が咎める。
「……」
そもそも まともな野営とはどんなものだろう。ジスなら慣れているだろうしアスレイヤにとっても良いことのはずだ。しかし護衛の件も気になる。任せるのなら二人きりになるわけで…… ジスは本当に信用できる人物なのか?
(いっそブザー付きGPSみたいな魔道具作って持たせる…… … いや俺は何なんだよそれストーカーかよ。今からじゃ時間足りないし魔法が万能とは限らない)
黙って考え込んだシルガにたまりかねたのか、ジスが言った。
「……俺が信用できないなら、誓約で縛ってもいい」
「そうか、それなら……」
「その必要はない」
願ってもない提案だったのだが、絶妙なタイミングで現れたアスレイヤ本人がそれを払いのけてしまった。シルガはアスレイヤの方へ行くと声を抑えて言った。
「ずいぶん信用してるようだけど……誓約で縛った方が手っ取り早いし確実だからそうしたいんだが」
「ガルファフス家はノランデーヴァのべオペントを守る要で、爵位は男爵だが勅許状での叙爵ではない、かなり古くから続いている由緒正しい家だぞ。血統だけは生粋の貴族といってもいい。それを一時的でも誓約で縛るのは後の面倒につながる」
「詳しいな……」
なんだか知ってて当然みたいな感じで言っているが、シルガは当然知らない。
「しかも竜騎士の立場がある。それで他国の貴族に危害を加えるやつがいるなら、よほどの馬鹿者だ」
「よほどの馬鹿者かもしれないだろ」
「誰がよほどの馬鹿者だって?」
聞こえてたのか。まあ聞こえるだろう。
「とにかく、俺はジスと討伐に行くからな」
「……わかった」
もう決定事項のようである。仕方ないので不承々々頷いた。
「決まりだな」
依頼書の束に目を通していたらしいジスは早速 明日から依頼をこなすことにしたようだ。立場ゆえの問題が出てきそうなので、基本的にジスはギルドには顔を出さない。
そんなわけで、3人で依頼書を見ながら討伐計画を立てている。
請ける依頼はジスに任せて 間に合わなさそうなものは明日シルガがギルドに返しに行く。
「これでランクを上げたら 俺も迷宮に入るつもりだ。異論無いな?」
アスレイヤがじっとシルガを見て言った。
「無いよ。そういえば迷宮は今どうなってるんだろうな。学院の生徒には全く会わないし……エークハルクを拠点にしてる迷宮狙いの冒険者はこれといって大きな成果もなさそうだし」
「迷宮ねぇ……俺も少し様子見に行かなきゃならねえからよろしく頼むぜ」
「そうだ、君はギルドに登録してないのか?ギルドの規格は共通だろう」
「俺は学院行ってた間にBランクまで上げてやめた。特定危険区域に入る許可証が欲しかったんでな」
「Bランクだと? それだと定期的に成果報告しないと降格されるんじゃないのか?」
「ああ、多分Dまで落ちてるんじゃねーか?Cランクもそれなりに活動実績が要るからな」
「なんだ、じゃあ君は迷宮に入ろうと思えばいつでも入れるのか」
「あんたは何で登録しないんだ?」
「いろいろと足が付くとマズ……あっ」
「「……」」
今朝の爆睡といい どうも気が緩んでいる。
「えーと…… ま、迷宮もいいけど俺としては、あと少し頑張って毒耐性を強化してもらいたいとは思ってる」
「じゃ、それも考えながらやるか……」
「きつくても魔力制御の練習は続けるからな」
魔力制御、という言葉で思い出した。
「そうだ、あれなんだが…… あんまり役に立ってない気がするから別のものを用意したんだった」
「……別のもの?」
「魔力制御の練習に良さそうな魔道具が完成したんだ。後で渡すから、しばらくはそれで練習してくれ」
「俺と練習しないってことか?」
何故だかものすごく不服そうな顔をしたアスレイヤが食い気味に尋ねるのをシルガは不思議に思った。
「いや、ちょっと俺ばっかり食いすぎてるだろ。討伐で夜間に動くこともあるだろうし、今まで以上に体力が必要になるわけだから」
「問題ない。そのうち奪い返すと言ったはずだ!それに、飢えた下僕に餌をやるのも主人の義務というものだぞ」
「俺は餌付けされてたのか……」
ジスは よくわからない二人のやり取りを聞いて、なんとなく思い当たったが 黙っておくことにした。
「とにかく、夕食後に部屋へ行くからその時説明する」
「ふん!俺は納得してないからな!」
完全に機嫌を損ねてしまったアスレイヤを見送りながら、シルガは思わず呟いた。
「何故そこまでして俺を餌付けしたいんだ……?」
「……よくは知らないが、餌付けってわけじゃないと思うぜ」
ただの呟きに返事が返ってきたので思わずジスの方を見る。苦笑している目は優し気だ。
「あんたが大事なんだよ、たぶん」
「大事……? おおごと、じゃなくて大事?俺が?」
自分が原因でおおごとになることはよくあるが大事になったことはないかもしれない。
(大事って、あれだよな。俺がアスレイヤを大事に思うようなあれで……)
もうすぐ日が暮れる。厨房から漂ってきた煮込み料理のいい匂いは夕暮れ時のギリヨンによく覚えがある香りだ。
あっという間に暗くなる帰り道、窓からこぼれた柔らかい明かりがうっすらと道を示してくれる。誰もがそれぞれに自分だけの特別な明かりを目指すなか、シルガはいつだって彼らの、特別な明かりを少しずつ借りるだけだった。魔力と呼ばれる他人の生命を少しずつ拝借しながら命をつないでいることが、ぼんやり明るく照らされた道を歩きながらとても惨めに感じたものだ。
(大事、なのか)
苦しいような、そうでもないような、よくわからない痛みが胸の奥を締め上げた。
午後、ギルドへ確認に行ったシルガとアスレイヤは再び顔を見合わせた。
「はいあの、いえ、申し訳ございません」
「エークハルク支部は準国家機関だ。優秀な鑑定士が王都から派遣されているはずだぞ」
「はい、当支部の総鑑定所長は王都でも有数の腕前であることは確かです、はいでもそのー……あまりこちらにいなくていえ、はい……その、各種鑑定所長にも確認させたのですが……やはりですね」
ミクロッドの恐縮しきった様子が気の毒である。国家資格の等級はシルガにはよくわからなかったが複雑そうな仕組みで面倒そうだ。あまり興味なかった。
「へぇ……俺は別にいいよ。それは置いておくとして、Eランクの討伐依頼、何かあるかな」
「はいでは少々お待ちを……」
「討伐……ようやく請けるのか!?」
「いいのがあれば。それと、ランク外の雑務依頼も見せてほしい」
「かしこまりました」
しばらくして戻ってきたミクロッドが依頼書を渡すとシルガはざっと目を通し始めた。その間手持無沙汰なので、アスレイヤは気になったことを尋ねてみた。
「鑑定できてないとは具体的にどういうことだ?あれが変異種のレイブラッサムの花粉だということもわからないわけではないだろ」
「はい、それは確認できております。いえただ、結果に魔力循環の麻痺作用について一切触れてなかったので、それを再度確認してほしいとお願いしたところはい、少しその、ご機嫌を損ねてしまわれて……えーとですね、はい」
言い淀むミクロッドにアスレイヤは不穏な空気を感じたが、依頼書を見ていたシルガが呑気に言った。
「魔力循環の麻痺作用は確かにあるよ。実際昨日……」
「貴様は黙ってろ」
「知らずに雑に扱って吸い込んじゃったら可哀想じゃないか。これからは採取依頼も出されるだろうし、危険度が低く見積もられるのは良くない」
それはそうだが。
シルガが真っ当な意見で口を挟むのを、アスレイヤはじろりと睨んで黙らせた。
俺の魔力循環が麻痺したのは確かだが、その治癒方法なんて聞かれたらどう説明するつもりだ。ただでさえ、ギルドの鑑定部署責任者達が鑑定できなかったものを鑑定出来てる貴様は不審者なんだぞ。
アスレイヤはよっぽど言ってやりたかったが喉の奥でぐっと抑えて、シルガにだけ伝える方法があればいいのにと切実に思った。
「それで、今どうなってるんだ?」
「総鑑定所長預かりになりましてはい、今は王都におりますので数日かかるかと……」
「エークハルク支部 総鑑定所長……ヴァンカム家のやつだな」
「ええ、よくご存じで……」
「ふん、どうせ…… まあいい。それでも鑑定結果が変わらなければ、変異種の花粉採取依頼は慎重に扱うことだ。今日はもう帰る」
「あ、もう帰られるんですか?あの……」
「うん、今日はゆっくりするんだ。こっちの依頼書は返しておくよ」
踵を返したアスレイヤに声を掛けるミクロッドに、シルガは時間的に厳しそうな依頼を返して話を引き継いだ。渡された討伐依頼は今のアスレイヤには問題なくこなせそうなものばかりだ。数日掛けて行うものもあるので野営の仕方なんかも計画しなければならない。
そんなことを考えながら離れようとしたところで、ミクロッドが不意に声をかけた。
「ああああの!」
「……? 俺?」
先に離れていたアスレイヤもゆっくり振り返った。
「はい、いえあの、ギルドにはまだご登録頂いてないようですがはい、魔法薬の認定を毎月一度は受けに来られてますよね、ええと。ひょっとして、何かその……資格をお持ちで?」
「いや、持ってない」
月に一度の認定に言及され、シルガは少しヒヤリとした。
大多数のギルド職員の仕事ぶりはお役所仕事で 特に気に留められていなかった。部署の違うミクロッドが知っているはずもないのだが、知るところとなったのは 本人の仕事熱心によるものと思われる。
「あの、いえ、魔力循環の麻痺効果があることを疑ってるわけではないんです。はいただ、当ギルドは登録された冒険者様の各種資格取得援助プログラムがございます。魔法薬の調合資格ももちろんその対象となっております。のではい、ぜひ登録頂いて、活用してもらえればとはい」
「登録は考えてないな」
微塵も考える様子のないシルガの返事に そうですか……と残念そうに呟くと、人好きのする笑顔を向けた。
「もし気が変わられたら ぜひエークハルク支部で」
「そうだな、世話になってるし……登録するかもしれない時は、よろしく」
シルガは当たり障りのない返事をしながら、お役所仕事のユルいギルドだという認識を改めようと思った。
*****
本日は冒険者活動15日目、休日である。
夕食は店主がこの村の家庭料理を振舞ってくれることになったので、シルガは今後の討伐依頼の計画を立てるために食堂で依頼書を見ているところだ。
渡された討伐依頼のメインは害獣駆除である。ぽつりぽつりと点在する小さな集落が依頼を出しているのだ。大きな町村であれば、農業部門を担当する国家機関や領主の私兵の派遣などを要請できる。しかし 小さな集落までは手が回らないため、各々の集落がギルドに依頼し、かかった費用の何割かを税で負担する形で支援している。集落のまとめ役が地方行政官に書類を上げる感じだ。
害獣といっても様々だ。イタチや狼のような動物もいれば、体格が良く強靭で魔法も使うヒューイクティスやウォーハウンドのような獣もいる。どちらも貴重な素材が採れるが、後者から採れた素材で作る武器防具は性能が良く、魔法の付与媒体にすればより高度な付与が可能になる。魔法薬の材料になることもある。
害獣駆除のほかは獣の素材採取だ。なるべく傷を付けずに倒さなくてはならないので結構難易度が高い。
(できれば何種類か討伐させたい。飛行系と地中系と水中系と普通のやつと、植物型もいるし昆虫型も……群れるタイプとか単独で強いやつとか巣に入る系も……って、絞るの大変だな)
シルガが考えていると、ひょいと伸びてきた手が依頼書を取り上げた。
「討伐依頼なら俺が面倒みるぜ。魔術師殿はその間は休みってことで」
「え?」
顔を上げると黒い瞳とバチリと視線が合ってしまった。
シルガは少し気まずくなって自然を装いながら目を逸らした。今朝、ジスの前で爆睡していたのがどうも気まずい。
「いや、君は他に用事があるんじゃないか?そこまでしてもらうのは……」
「魔術師殿の魔法は便利すぎる。あんたにとっては普通のことなんだろうけどな…… あいつ この間、火すらまともに起こせなかったぞ。便利な魔法や魔道具がいつもあるわけでもないのに基本ができてないんじゃ、まずいだろ」
そう言われてみれば、シルガは最近は魔法と魔道具を使わない生活をしたことが無い。幼い頃 養い親に連れられて行った採集の野営は、魔力温存のため なるべく普通に火を起こしたり見張りをしたりしていたが、二人とも最低限の死なない程度でしか気を回さなかったので酷いものだった。それで野営用の魔道具を作るようになったのだ。やってみればそのうち慣れるはず、とは思うが、あんな野営をアスレイヤにさせるのは気が咎める。
「……」
そもそも まともな野営とはどんなものだろう。ジスなら慣れているだろうしアスレイヤにとっても良いことのはずだ。しかし護衛の件も気になる。任せるのなら二人きりになるわけで…… ジスは本当に信用できる人物なのか?
(いっそブザー付きGPSみたいな魔道具作って持たせる…… … いや俺は何なんだよそれストーカーかよ。今からじゃ時間足りないし魔法が万能とは限らない)
黙って考え込んだシルガにたまりかねたのか、ジスが言った。
「……俺が信用できないなら、誓約で縛ってもいい」
「そうか、それなら……」
「その必要はない」
願ってもない提案だったのだが、絶妙なタイミングで現れたアスレイヤ本人がそれを払いのけてしまった。シルガはアスレイヤの方へ行くと声を抑えて言った。
「ずいぶん信用してるようだけど……誓約で縛った方が手っ取り早いし確実だからそうしたいんだが」
「ガルファフス家はノランデーヴァのべオペントを守る要で、爵位は男爵だが勅許状での叙爵ではない、かなり古くから続いている由緒正しい家だぞ。血統だけは生粋の貴族といってもいい。それを一時的でも誓約で縛るのは後の面倒につながる」
「詳しいな……」
なんだか知ってて当然みたいな感じで言っているが、シルガは当然知らない。
「しかも竜騎士の立場がある。それで他国の貴族に危害を加えるやつがいるなら、よほどの馬鹿者だ」
「よほどの馬鹿者かもしれないだろ」
「誰がよほどの馬鹿者だって?」
聞こえてたのか。まあ聞こえるだろう。
「とにかく、俺はジスと討伐に行くからな」
「……わかった」
もう決定事項のようである。仕方ないので不承々々頷いた。
「決まりだな」
依頼書の束に目を通していたらしいジスは早速 明日から依頼をこなすことにしたようだ。立場ゆえの問題が出てきそうなので、基本的にジスはギルドには顔を出さない。
そんなわけで、3人で依頼書を見ながら討伐計画を立てている。
請ける依頼はジスに任せて 間に合わなさそうなものは明日シルガがギルドに返しに行く。
「これでランクを上げたら 俺も迷宮に入るつもりだ。異論無いな?」
アスレイヤがじっとシルガを見て言った。
「無いよ。そういえば迷宮は今どうなってるんだろうな。学院の生徒には全く会わないし……エークハルクを拠点にしてる迷宮狙いの冒険者はこれといって大きな成果もなさそうだし」
「迷宮ねぇ……俺も少し様子見に行かなきゃならねえからよろしく頼むぜ」
「そうだ、君はギルドに登録してないのか?ギルドの規格は共通だろう」
「俺は学院行ってた間にBランクまで上げてやめた。特定危険区域に入る許可証が欲しかったんでな」
「Bランクだと? それだと定期的に成果報告しないと降格されるんじゃないのか?」
「ああ、多分Dまで落ちてるんじゃねーか?Cランクもそれなりに活動実績が要るからな」
「なんだ、じゃあ君は迷宮に入ろうと思えばいつでも入れるのか」
「あんたは何で登録しないんだ?」
「いろいろと足が付くとマズ……あっ」
「「……」」
今朝の爆睡といい どうも気が緩んでいる。
「えーと…… ま、迷宮もいいけど俺としては、あと少し頑張って毒耐性を強化してもらいたいとは思ってる」
「じゃ、それも考えながらやるか……」
「きつくても魔力制御の練習は続けるからな」
魔力制御、という言葉で思い出した。
「そうだ、あれなんだが…… あんまり役に立ってない気がするから別のものを用意したんだった」
「……別のもの?」
「魔力制御の練習に良さそうな魔道具が完成したんだ。後で渡すから、しばらくはそれで練習してくれ」
「俺と練習しないってことか?」
何故だかものすごく不服そうな顔をしたアスレイヤが食い気味に尋ねるのをシルガは不思議に思った。
「いや、ちょっと俺ばっかり食いすぎてるだろ。討伐で夜間に動くこともあるだろうし、今まで以上に体力が必要になるわけだから」
「問題ない。そのうち奪い返すと言ったはずだ!それに、飢えた下僕に餌をやるのも主人の義務というものだぞ」
「俺は餌付けされてたのか……」
ジスは よくわからない二人のやり取りを聞いて、なんとなく思い当たったが 黙っておくことにした。
「とにかく、夕食後に部屋へ行くからその時説明する」
「ふん!俺は納得してないからな!」
完全に機嫌を損ねてしまったアスレイヤを見送りながら、シルガは思わず呟いた。
「何故そこまでして俺を餌付けしたいんだ……?」
「……よくは知らないが、餌付けってわけじゃないと思うぜ」
ただの呟きに返事が返ってきたので思わずジスの方を見る。苦笑している目は優し気だ。
「あんたが大事なんだよ、たぶん」
「大事……? おおごと、じゃなくて大事?俺が?」
自分が原因でおおごとになることはよくあるが大事になったことはないかもしれない。
(大事って、あれだよな。俺がアスレイヤを大事に思うようなあれで……)
もうすぐ日が暮れる。厨房から漂ってきた煮込み料理のいい匂いは夕暮れ時のギリヨンによく覚えがある香りだ。
あっという間に暗くなる帰り道、窓からこぼれた柔らかい明かりがうっすらと道を示してくれる。誰もがそれぞれに自分だけの特別な明かりを目指すなか、シルガはいつだって彼らの、特別な明かりを少しずつ借りるだけだった。魔力と呼ばれる他人の生命を少しずつ拝借しながら命をつないでいることが、ぼんやり明るく照らされた道を歩きながらとても惨めに感じたものだ。
(大事、なのか)
苦しいような、そうでもないような、よくわからない痛みが胸の奥を締め上げた。
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