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1章
13
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シルガは比較的危険の少ない毒壺の浅部でアスレイヤが慣れたのを見計らい、休日を挟んだ次の日から本格的な毒採取の依頼を午前中の予定に組み込んだ。毒壺の深部に入って 徐々に毒耐性を付けさせるのも目的の一つである。今日は運良く――実際は不運なのだが、毒の一斉放出が始まったのでのんびり見物しながら昼食を済ませたばかりだ。本来なら避けるべき事象なので、シルガは一斉放出の兆候や対策、なるべく遭遇を避けるよう忘れずに説明した。
『魔女の毒壺』と言われるだけあって生息する獣も皆それぞれ毒を持っている。この森の獣を狩るのは14歳の少年には少しばかり荷が重いので見るだけに留めておく。図鑑を見ることができるアスレイヤの方がシルガよりも詳しいかもしれないが、実物を見ながら説明されれば復習にもなるし無駄にはならないだろう、という思惑だ。もっと毒耐性がつけば、獣由来の毒をいくつか味わってもらう予定ではある。
午前は毒採取を頑張ったので、あとはウィッツィの湖で薬草を採ったりちょっとした獣を狩ったりしてのんびり過ごすだけだ。
「おい、このキラビットはギルドに持って行くのか?」
「君の滅多切りのおかげで大した値は付かないな……パイにしよう」
「確かに……パイの方が高値で売れそうだ」
「ついでに臭み消しのハーブを探してくれないか」
「そんなことに主を使うな。主使いの荒い下僕なんて聞いたことがないぞ」
と言いつつも探し始めたアスレイヤを見ながらシルガは考えた。
アスレイヤは単独での活動を前提にしているが、パーティーを組むなら前衛を担うわけで、彼が戦闘狂の狂戦士でも二手目三手目で仕留めることができれば後衛担当にも敬遠されずに済むかもしれない……
しかしシルガは魔法なら教えてやれるが剣の方はさっぱりだった。グイーズという名のAランク冒険者が頭を過ったが、依頼料が高そうだ。
(そういえば護衛はどうなってるんだ?)
頼めばしれっと出てきて剣の稽古をつけてくれるだろうか。だがそうすると護衛の仕事を放り出したってことにされる可能性もある。というかこの護衛は気配を全く感じさせない。毒壺の中まで付いて来ているのだとしたら頼もしい腕前だが。
(戦闘については当面、できることをするしかないか)
キラビットは鋭い爪を持つ体長80㎝程度の草食獣で、食事の邪魔をされると攻撃的になる。きれいに仕留められれば毛皮と爪、肉も買い取ってもらえる。そういうことを意識して数こなせばコツを掴んでくれるだろう。
「アスレイヤ、この草……レッドキャローとグリーンビーツとフェアリーセージも探してくれ。たくさん欲しい」
「注文の多い下僕め!保存袋を用意しておくがいい!」
この材料で作る獣寄せは、危険が少ないかつおいしく食べられる小型~中型の草食獣を集めてくれる。明日の朝撒いておけば午後は狩るのに困らない。
せっせと楽し気に素材を集めるアスレイヤをのんびり見ながらシルガは思った。
(明日はぜひ今日より頑張ってもらって、食料を確保したいな)
エークハルクに戻った二人が依頼の進捗と成果報告に行くとすぐに気付いたジェネットがカウンターで手を振った。
「おかえりなさい!今日は毒壺の深いとこまで行ったんですよね、体調不良はないですか?あとこれ、明日からの依頼書見繕ってみたんですよぉ、ぜひお願いします!ね!」
「ふん、特に不調はない。成果物がこれで、鑑定と……受けた依頼との照合を頼む」
「おまかせくだ……あああすごいこれ毒、どれも高品質あああきれいぜんぶきれい」
カウンターに採取瓶が入った箱と袋をアスレイヤが置くと、わっと歓声が上がり 思わずと言ったていで奥から職員が数人集まってきた。
「時間かかりそうだな。俺は向こうで依頼書見ながら待っとくよ」
困惑顔のアスレイヤにその場を任せ、シルガは一気に賑わったカウンターから離脱した。適当に腰かけて、依頼書の内容を確認するべく話し声を遠くに追いやった。
(レイブラッサムの花粉……これ自体は大したことないけど場所が問題だ。獣が多い深部に行かないとないんだよな)
レイブラッサムはおいしい植物なのだ。春先に実を付け、それを獣が好んで食べる。寒い時期の数少ないごちそうである。もうすぐ花が散る頃だから長い間受け手がなかったのだろう。実も採取対象だが競争が激しく、大抵は獣の方が勝利するので、人の方が花粉で我慢している。レイブラッサムの花粉と実が持つ毒は、生物の身体に流れる魔力に入り込み作用するのが特徴だ。毒というにはちょっと微妙なとこかもしれない。むしろレイブラッサムに集まる獣の方が強い毒を持っている。
魔力に影響をもたらす毒は魔力回復の魔法薬づくりに必須だ。特に魔力回復薬に関しては毒性の強さが薬の効能を左右する。もちろん強毒のものほど採取が困難になるし効果も高い。Eランク冒険者には手に余る案件ばかりだ。
一旦これは保留にして、普通の薬草採取も数件選んで難しい依頼は弾く。討伐依頼を受けるための準備――撒き餌を狩ることも考えなくては。明日の献立何にしよ……
シルガはすることが多かった。
「マッドマッシュの胞子、ビットバイトの毒蜜、モスボッグの毒針も!いや壮観だなあ!これ、毒壺の深部で採ったんでしょ、深部でこれだけ採取できるのは凄い」
「すごいですよアスレイヤ様、こんなにきれいに採取できるの そういないです」
「やだ採取瓶が色とりどりに光ってキレイだわ。質が良い証拠ね」
「なんだ貴様らワラワラと……受付ならこんなの珍しくもないだろ」
アスレイヤはギルドの鑑定士と受付職員達に囲まれていた。
「深部の毒は浅部とはまた違うからな……。アスレイヤ様、同じ毒でも深部のものはとても質が良いんですよ。魔力を多く含んでいてですね、調合時に加工の幅が広がり魔法薬の品質も上昇します。これは一級品の毒ですよ、依頼主は追加金を支払うべきですね」
「毒壺の深部に入って無事に戻って来るのなんて稀よ。あたし長いけど、生徒さんがこのレベルで毒採取してたことなんてないわ」
「……べつに。それは俺の力じゃない。そこのローブの奴が優秀なだけだ」
「でもこれとか、採取したのはアスレイヤ様ですよね。丁寧だしきれいに採取できてます!これだったら私達も依頼主さんに胸を張ってお渡しできますよ」
「うっ、うるさい奴らだ!そんなこと喋ってないで、さっさと鑑定して見積もりを終わらせろ」
仕事に戻る職員達を見ながらアスレイヤはジェネットに尋ねた。
「魔法薬は足りてるのか?」
「買い占めが落ち着いたから今は何とかなってます。採取依頼の受け手は相変わらず少ないんですけどね」
「普段はどんな奴が採取依頼を受けてるんだ?こんな極端に受け手が減るのは問題だぞ」
「登録したての冒険者やお小遣い稼ぎのお年寄りが主なんですけどぉ、新人さんは迷宮に入った方がランクを上げやすいから、知り合いのパーティーに入れてもらってみんな迷宮に行っちゃうんです。迷宮目的で他所から集まってくる冒険者は素行の悪いのもいますからね、お年寄りはそれが怖くて受けてくれないんですよ。今はCランク以上の伝手がないEランク冒険者さんが受けてくれてますよ!」
受け手がなくて支障をきたしている依頼はギルドマスターによる強制任務で一気に片付けるのだが、中でも採取、特に毒採取の強制任務は筆記試験並みに嫌がられている。ギルド内は不合格の謎の草で数日間溢れかえることになるのだ。
「……学院の生徒はこっちには来てないのか?」
「結構来ますけど、魔法薬の在庫を聞かれるくらいかなぁ……採取依頼を勧めてるんですけどスルーされちゃいますよ。みなさんCランクの上級生と組んだりして、迷宮で相当頑張ってるみたいです!Dランクに上がった子もちらほらいますよ」
「俺が登録した時、受付してたやつは……」
「ミクロッド先輩ですか? せんぱーい!ちょっと来てくださ――い!」
「! べつに呼べとは……!」
程なくして出てきたのは恰幅のいい、人のよさそうな青年だ。アスレイヤを目に留めると細い目を見開いて明らかに動揺した。
「な、なんでしょう、はい、いえ、私はあのー」
「御用があるそうです!」
ジェネットは奥に引っ込もうとしたミクロッドを掴んで離さずアスレイヤの正面に引っ立てた。
なんだか酷く目つきも悪く鬼の形相で睨むアスレイヤと冷や汗をダラダラ流すミクロッド、その後ろでニコニコしているジェネットである。沈黙を破ったのはアスレイヤだった。
「…………悪かった」
「ええ、はい、そう、悪くて……え?……なんですか?」
「この俺に二度も謝罪しろと言うのか調子に乗るな! あの時は、すまなかった!」
ミクロッドの聞き違いでなく謝罪の言葉だ。
「そちらの対応に難癖をつけて無礼な態度をとったことを許してほしい。浅慮だった」
「あ……いえ、はい……いえ」
「どっちだ」
「はい!もちろんですはい、あの、意外で……」
「俺が謝ったら悪いのか」
「いいいえそんな、滅相もない!嬉しく思いますはい」
「先輩いつも冷や汗かいてますね!」
狐につままれたような顔でミクロッドが汗を拭っていると 依頼書の確認を終えたシルガが 弾いた分を返しにカウンターへ戻ってきた。
「レイブラッサムの花粉を採取できるのは今週が最後になると思う。今よりもっと奥に入ることになるからアスレイヤの毒耐性次第なんだ。この依頼を受けてくれそうな人がいたらすぐに回した方がいい」
「たぶんいないと思いますけど承知しました!これは採取してほしいものリストの上位なんですよぉ。魔力回復薬は冒険者の戦闘時……命に関わりますから。ギルドで買い取ることもできるので、採取できそうならお願いしますね!」
その日は見積もりだけ受け取って二人は宿に帰った。
本日の夕飯のメインはキラビットのオーブン焼きだ。処理した肉に塩と胡椒で味付けし、ハーブとスパイスをたくさん詰めて、中はふっくら外はこんがりときつね色に焼く。以上だ。残りは照り焼きとフライにして明日の昼はサンドイッチを持って行く。
「こ……これは、なんだ?」
「アイスクリーム」
「なんという衝撃……」
「頭キーンとするよな、たくさん食べると。大丈夫か?」
「…………」
「魔術師殿、このあいすくりーむはわしもぜひ、特別な日のデザートに加えたい」
「白狸亭の名物にしたらいいと思う。使用料は現物支払い希望だ」
他人に作ってもらう方が楽できるしな、と心の中で呟いた。
「かぁ――ッ!まったく腹が立つ、この……、 ……お二人は年中食べ放題さね」
店主が何にそんなに腹を立てているのか知らないが交渉は成立した。
「言質はとったぞ。アスレイヤ、暇だったら夏季休暇中に友達と食べに来たらいいよ」
「貴様は来ないのか?」
「俺は魔法薬を納品に行くから会うかもな」
「そうか」
そう言って微笑むアスレイヤを見ると、シルガはなんとなく心が和んだ。
なぜか店主も加わって3人で食べる夕食は楽しかった。
で、魔力制御である。
シルガは今日もバスタブにお湯を張って寝ながら考えた。
(俺も制御の訓練した方がいいんじゃないか?)
制御を完全に放棄したらあれだ。あれじゃぶった切りだ。制御しても精緻すぎるか雑すぎるかの二択……緩急激しすぎるのは良くない。
シルガは自分の雑な性格をいちおう自覚していた。きちんと意識すれば精緻な魔法を使えるが、普段の魔法の使い方が非常にぞんざいなのはもう癖になっている。これでは咄嗟に魔法を使ったときに雑すぎて致命的な失敗をしかねない。丁寧に速くを目指して矯正すべきだ。
「というわけで、俺も魔力制御を頑張ろうと思う」
「仕方ない。貴様の訓練に付き合ってやろう」
昨夜同様手を合わせて始めた訓練は5分で終ってしまった。
「ごめんアスレイヤ。おやすみ」
「…… … ……」
何か言っていたのは分かったがもはや音である。すうすうと規則正しい音がすぐに聞こえ始めた。
さて、シルガの採取活動夜の部の始まりである。
ルーンシェッド大森林に自生する果物と砂糖の原料になる甘大根が今夜の獲物だ。
今から3時間ほど出ても6時間は睡眠時間が確保できる。アスレイヤの魔力を奪ったおかげか、昨夜は何の夢も見ないくらいによく眠れた。
(これは結構すごいよな。奪いとった魔力が作用して俺の自爆魔法をねじ伏せてるわけだから)
寝てる間に自分の魂を この世界と異世界を夢を介してふらふらさせる、魂消失のリスクを負った 召喚とも何とも分類できない変な魔法をやめたわけではない。なのに昨夜はずっとこの世界にいた感覚があった。
魔道具も十分に作れて自活できる今となってはもう必要のない魔法といえばそうなのだ。だがシルガは離れがたい愛着をあの世界にも持っている。異世界の自分の生死も気になるところだ。
「ま、とにかく砂糖だ」
丁寧に速く、を意識して、シルガはルーンシェッド大森林への転移魔法を展開した。
********
『魔女の毒壺』と言われるだけあって生息する獣も皆それぞれ毒を持っている。この森の獣を狩るのは14歳の少年には少しばかり荷が重いので見るだけに留めておく。図鑑を見ることができるアスレイヤの方がシルガよりも詳しいかもしれないが、実物を見ながら説明されれば復習にもなるし無駄にはならないだろう、という思惑だ。もっと毒耐性がつけば、獣由来の毒をいくつか味わってもらう予定ではある。
午前は毒採取を頑張ったので、あとはウィッツィの湖で薬草を採ったりちょっとした獣を狩ったりしてのんびり過ごすだけだ。
「おい、このキラビットはギルドに持って行くのか?」
「君の滅多切りのおかげで大した値は付かないな……パイにしよう」
「確かに……パイの方が高値で売れそうだ」
「ついでに臭み消しのハーブを探してくれないか」
「そんなことに主を使うな。主使いの荒い下僕なんて聞いたことがないぞ」
と言いつつも探し始めたアスレイヤを見ながらシルガは考えた。
アスレイヤは単独での活動を前提にしているが、パーティーを組むなら前衛を担うわけで、彼が戦闘狂の狂戦士でも二手目三手目で仕留めることができれば後衛担当にも敬遠されずに済むかもしれない……
しかしシルガは魔法なら教えてやれるが剣の方はさっぱりだった。グイーズという名のAランク冒険者が頭を過ったが、依頼料が高そうだ。
(そういえば護衛はどうなってるんだ?)
頼めばしれっと出てきて剣の稽古をつけてくれるだろうか。だがそうすると護衛の仕事を放り出したってことにされる可能性もある。というかこの護衛は気配を全く感じさせない。毒壺の中まで付いて来ているのだとしたら頼もしい腕前だが。
(戦闘については当面、できることをするしかないか)
キラビットは鋭い爪を持つ体長80㎝程度の草食獣で、食事の邪魔をされると攻撃的になる。きれいに仕留められれば毛皮と爪、肉も買い取ってもらえる。そういうことを意識して数こなせばコツを掴んでくれるだろう。
「アスレイヤ、この草……レッドキャローとグリーンビーツとフェアリーセージも探してくれ。たくさん欲しい」
「注文の多い下僕め!保存袋を用意しておくがいい!」
この材料で作る獣寄せは、危険が少ないかつおいしく食べられる小型~中型の草食獣を集めてくれる。明日の朝撒いておけば午後は狩るのに困らない。
せっせと楽し気に素材を集めるアスレイヤをのんびり見ながらシルガは思った。
(明日はぜひ今日より頑張ってもらって、食料を確保したいな)
エークハルクに戻った二人が依頼の進捗と成果報告に行くとすぐに気付いたジェネットがカウンターで手を振った。
「おかえりなさい!今日は毒壺の深いとこまで行ったんですよね、体調不良はないですか?あとこれ、明日からの依頼書見繕ってみたんですよぉ、ぜひお願いします!ね!」
「ふん、特に不調はない。成果物がこれで、鑑定と……受けた依頼との照合を頼む」
「おまかせくだ……あああすごいこれ毒、どれも高品質あああきれいぜんぶきれい」
カウンターに採取瓶が入った箱と袋をアスレイヤが置くと、わっと歓声が上がり 思わずと言ったていで奥から職員が数人集まってきた。
「時間かかりそうだな。俺は向こうで依頼書見ながら待っとくよ」
困惑顔のアスレイヤにその場を任せ、シルガは一気に賑わったカウンターから離脱した。適当に腰かけて、依頼書の内容を確認するべく話し声を遠くに追いやった。
(レイブラッサムの花粉……これ自体は大したことないけど場所が問題だ。獣が多い深部に行かないとないんだよな)
レイブラッサムはおいしい植物なのだ。春先に実を付け、それを獣が好んで食べる。寒い時期の数少ないごちそうである。もうすぐ花が散る頃だから長い間受け手がなかったのだろう。実も採取対象だが競争が激しく、大抵は獣の方が勝利するので、人の方が花粉で我慢している。レイブラッサムの花粉と実が持つ毒は、生物の身体に流れる魔力に入り込み作用するのが特徴だ。毒というにはちょっと微妙なとこかもしれない。むしろレイブラッサムに集まる獣の方が強い毒を持っている。
魔力に影響をもたらす毒は魔力回復の魔法薬づくりに必須だ。特に魔力回復薬に関しては毒性の強さが薬の効能を左右する。もちろん強毒のものほど採取が困難になるし効果も高い。Eランク冒険者には手に余る案件ばかりだ。
一旦これは保留にして、普通の薬草採取も数件選んで難しい依頼は弾く。討伐依頼を受けるための準備――撒き餌を狩ることも考えなくては。明日の献立何にしよ……
シルガはすることが多かった。
「マッドマッシュの胞子、ビットバイトの毒蜜、モスボッグの毒針も!いや壮観だなあ!これ、毒壺の深部で採ったんでしょ、深部でこれだけ採取できるのは凄い」
「すごいですよアスレイヤ様、こんなにきれいに採取できるの そういないです」
「やだ採取瓶が色とりどりに光ってキレイだわ。質が良い証拠ね」
「なんだ貴様らワラワラと……受付ならこんなの珍しくもないだろ」
アスレイヤはギルドの鑑定士と受付職員達に囲まれていた。
「深部の毒は浅部とはまた違うからな……。アスレイヤ様、同じ毒でも深部のものはとても質が良いんですよ。魔力を多く含んでいてですね、調合時に加工の幅が広がり魔法薬の品質も上昇します。これは一級品の毒ですよ、依頼主は追加金を支払うべきですね」
「毒壺の深部に入って無事に戻って来るのなんて稀よ。あたし長いけど、生徒さんがこのレベルで毒採取してたことなんてないわ」
「……べつに。それは俺の力じゃない。そこのローブの奴が優秀なだけだ」
「でもこれとか、採取したのはアスレイヤ様ですよね。丁寧だしきれいに採取できてます!これだったら私達も依頼主さんに胸を張ってお渡しできますよ」
「うっ、うるさい奴らだ!そんなこと喋ってないで、さっさと鑑定して見積もりを終わらせろ」
仕事に戻る職員達を見ながらアスレイヤはジェネットに尋ねた。
「魔法薬は足りてるのか?」
「買い占めが落ち着いたから今は何とかなってます。採取依頼の受け手は相変わらず少ないんですけどね」
「普段はどんな奴が採取依頼を受けてるんだ?こんな極端に受け手が減るのは問題だぞ」
「登録したての冒険者やお小遣い稼ぎのお年寄りが主なんですけどぉ、新人さんは迷宮に入った方がランクを上げやすいから、知り合いのパーティーに入れてもらってみんな迷宮に行っちゃうんです。迷宮目的で他所から集まってくる冒険者は素行の悪いのもいますからね、お年寄りはそれが怖くて受けてくれないんですよ。今はCランク以上の伝手がないEランク冒険者さんが受けてくれてますよ!」
受け手がなくて支障をきたしている依頼はギルドマスターによる強制任務で一気に片付けるのだが、中でも採取、特に毒採取の強制任務は筆記試験並みに嫌がられている。ギルド内は不合格の謎の草で数日間溢れかえることになるのだ。
「……学院の生徒はこっちには来てないのか?」
「結構来ますけど、魔法薬の在庫を聞かれるくらいかなぁ……採取依頼を勧めてるんですけどスルーされちゃいますよ。みなさんCランクの上級生と組んだりして、迷宮で相当頑張ってるみたいです!Dランクに上がった子もちらほらいますよ」
「俺が登録した時、受付してたやつは……」
「ミクロッド先輩ですか? せんぱーい!ちょっと来てくださ――い!」
「! べつに呼べとは……!」
程なくして出てきたのは恰幅のいい、人のよさそうな青年だ。アスレイヤを目に留めると細い目を見開いて明らかに動揺した。
「な、なんでしょう、はい、いえ、私はあのー」
「御用があるそうです!」
ジェネットは奥に引っ込もうとしたミクロッドを掴んで離さずアスレイヤの正面に引っ立てた。
なんだか酷く目つきも悪く鬼の形相で睨むアスレイヤと冷や汗をダラダラ流すミクロッド、その後ろでニコニコしているジェネットである。沈黙を破ったのはアスレイヤだった。
「…………悪かった」
「ええ、はい、そう、悪くて……え?……なんですか?」
「この俺に二度も謝罪しろと言うのか調子に乗るな! あの時は、すまなかった!」
ミクロッドの聞き違いでなく謝罪の言葉だ。
「そちらの対応に難癖をつけて無礼な態度をとったことを許してほしい。浅慮だった」
「あ……いえ、はい……いえ」
「どっちだ」
「はい!もちろんですはい、あの、意外で……」
「俺が謝ったら悪いのか」
「いいいえそんな、滅相もない!嬉しく思いますはい」
「先輩いつも冷や汗かいてますね!」
狐につままれたような顔でミクロッドが汗を拭っていると 依頼書の確認を終えたシルガが 弾いた分を返しにカウンターへ戻ってきた。
「レイブラッサムの花粉を採取できるのは今週が最後になると思う。今よりもっと奥に入ることになるからアスレイヤの毒耐性次第なんだ。この依頼を受けてくれそうな人がいたらすぐに回した方がいい」
「たぶんいないと思いますけど承知しました!これは採取してほしいものリストの上位なんですよぉ。魔力回復薬は冒険者の戦闘時……命に関わりますから。ギルドで買い取ることもできるので、採取できそうならお願いしますね!」
その日は見積もりだけ受け取って二人は宿に帰った。
本日の夕飯のメインはキラビットのオーブン焼きだ。処理した肉に塩と胡椒で味付けし、ハーブとスパイスをたくさん詰めて、中はふっくら外はこんがりときつね色に焼く。以上だ。残りは照り焼きとフライにして明日の昼はサンドイッチを持って行く。
「こ……これは、なんだ?」
「アイスクリーム」
「なんという衝撃……」
「頭キーンとするよな、たくさん食べると。大丈夫か?」
「…………」
「魔術師殿、このあいすくりーむはわしもぜひ、特別な日のデザートに加えたい」
「白狸亭の名物にしたらいいと思う。使用料は現物支払い希望だ」
他人に作ってもらう方が楽できるしな、と心の中で呟いた。
「かぁ――ッ!まったく腹が立つ、この……、 ……お二人は年中食べ放題さね」
店主が何にそんなに腹を立てているのか知らないが交渉は成立した。
「言質はとったぞ。アスレイヤ、暇だったら夏季休暇中に友達と食べに来たらいいよ」
「貴様は来ないのか?」
「俺は魔法薬を納品に行くから会うかもな」
「そうか」
そう言って微笑むアスレイヤを見ると、シルガはなんとなく心が和んだ。
なぜか店主も加わって3人で食べる夕食は楽しかった。
で、魔力制御である。
シルガは今日もバスタブにお湯を張って寝ながら考えた。
(俺も制御の訓練した方がいいんじゃないか?)
制御を完全に放棄したらあれだ。あれじゃぶった切りだ。制御しても精緻すぎるか雑すぎるかの二択……緩急激しすぎるのは良くない。
シルガは自分の雑な性格をいちおう自覚していた。きちんと意識すれば精緻な魔法を使えるが、普段の魔法の使い方が非常にぞんざいなのはもう癖になっている。これでは咄嗟に魔法を使ったときに雑すぎて致命的な失敗をしかねない。丁寧に速くを目指して矯正すべきだ。
「というわけで、俺も魔力制御を頑張ろうと思う」
「仕方ない。貴様の訓練に付き合ってやろう」
昨夜同様手を合わせて始めた訓練は5分で終ってしまった。
「ごめんアスレイヤ。おやすみ」
「…… … ……」
何か言っていたのは分かったがもはや音である。すうすうと規則正しい音がすぐに聞こえ始めた。
さて、シルガの採取活動夜の部の始まりである。
ルーンシェッド大森林に自生する果物と砂糖の原料になる甘大根が今夜の獲物だ。
今から3時間ほど出ても6時間は睡眠時間が確保できる。アスレイヤの魔力を奪ったおかげか、昨夜は何の夢も見ないくらいによく眠れた。
(これは結構すごいよな。奪いとった魔力が作用して俺の自爆魔法をねじ伏せてるわけだから)
寝てる間に自分の魂を この世界と異世界を夢を介してふらふらさせる、魂消失のリスクを負った 召喚とも何とも分類できない変な魔法をやめたわけではない。なのに昨夜はずっとこの世界にいた感覚があった。
魔道具も十分に作れて自活できる今となってはもう必要のない魔法といえばそうなのだ。だがシルガは離れがたい愛着をあの世界にも持っている。異世界の自分の生死も気になるところだ。
「ま、とにかく砂糖だ」
丁寧に速く、を意識して、シルガはルーンシェッド大森林への転移魔法を展開した。
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