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1章
7
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エークハルクの城門を出て速歩で歩くこと1時間。アスレイヤはすでに不機嫌になっていた。
「馬を借りればよかったのに」
「宿代、食費、回復薬、武器防具、その修繕費……予算の都合で無理だ」
「カネならある」
「雇い主は君だから俺が受け取るのは君が稼いだカネだけ、経費も同様だ。家には帰らないなんて強情を言っておきながら初っ端から家のカネをあてにする様じゃ立派な戦士になれないぞ」
「なんで俺が戦士志望だと思ってるんだ。それに……剣をなくしたんだぞ」
アスレイヤは剣をなくしたことがよほど堪えているようだ。
「そんなに落ち込むことじゃない。天気もいいしきっと楽しいよ」
「ピクニックに行くわけじゃないからな!」
迷宮が出現したことで普通に暮らしている人達まで治癒薬を手に入れにくくなっているのは気の毒なことだ。シルガは依頼書の束から効率よく採取できそうな薬草の組み合わせを選んで採集計画を立てていた。
細い木々の間を分け入って進むと二人は開けた場所に出た。様々な木々や岩が青く澄んだ水の周りを囲み 冷たい風が湖面にさざ波を立てる向う側には、ルーンシェッド大森林の山の峰が連なっているのが見える。暑い時期に過ごすには気持ちのいい場所だ。
「こんな寒い時期に薬草なんて生えてるのか?」
「不思議なもので薬草はそれぞれ季節ごとに似たような成分を持ったものが採れるんだ。学院で習うんじゃないか?」
「……そんなこと言ってた気がするが、そんなどうでもいいこといちいち覚えてるものか」
「薬草の知識が戦いに関係ないことはないさ。最初は退屈だろうけど探してみると楽しくなるよ」
二人はしばらく無言でひたすら草を集めていたが、明らかに慣れない様子でちまちま薬草を集めるアスレイヤに見かねたシルガは、薬草の種類や採取のコツ、鑑定魔法などを自分の知ってる範囲で実践を交えてぼちぼち教えながら採集することにした。意外にもアスレイヤはシルガの話をよく聞き、魔法に関することは特に食いつきが良かったということもあって、シルガは学院ではどんな風に魔法を習うのか教えてもらったりとつい話し込んでしまった。
せっせと熱心に薬草を集める様子を見ると、きっと楽しくなってきたのだろう。日が真上に来る頃には十分な量を採ることが出来たのだった。
「のみこみが早いな。さすが学院の生徒なだけある」
「ふん、当然だ!そうだ、宿に戻ったら俺の教科書と図鑑を見せてやってもいいぞ」
「いいのか!?それは楽しみだ」
この世界で本は貴重なものだ。特に貴族が持つような図鑑なら高価だし滅多に目にする機会がない。
「き、貴様を喜ばせる為じゃないからな。俺が更に知識を得るために必要だから、ついでに見せるだけだからな!」
「ああ、鑑定魔法の精度を上げるためにも知識を増やすことは重要だ。戻ったら一緒に図鑑を見よう」
思わぬ楽しみが出来たことでシルガは、貴族の臣下になるとこういうとこ恩恵があるな……なんて現金なことを考えていた。大きく伸びをするとふと真上にある太陽に気付いた。そろそろ昼飯の時間だ。
そういうことなので、シルガは適当に木の枝を拾って魔力を注ぎ、地面に雑に魔法展開式を描き始めた。
「何をする気だ?」
「ん、……召喚」
「召喚!?すごい!……ゴホン。べつに、そんなの珍しくもないし、はしゃいでないからな。それで、何を召喚するんだ?」
「パンとシチューを召喚する」
「なんだと?」
「昨日すぐ家に帰る予定だったから鍋ごと外に出しててさ……このまま放置してたら大惨事になるだろ。喚び出して二人で食べよう」
「………………」
程なくしてふっくら焼きあがったパンと具沢山のシチューが光の中から現れた。
「何で貴様はそうなんだ!召喚なんて出来るやつ滅多に…… それをパンとシチューだと!?」
アスレイヤはさもガッカリした風情で顔を紅潮させて怒っているが、何故そんなに怒っているのかシルガには理解できなかった。というかアスレイヤは怒りの沸点が低すぎじゃないだろうか。だからあんなバーサーカーみたいな戦い方になるんだろう。忍耐力を伸ばす実地訓練の計画を立てておこう、とシルガは密かに心に留めた。
「と、言われても今日はお椀しか……弁当持ってきてないぞ。君だって用意してないだろ、現地調達する気だったのか?……たしかに食えそうな草は多いな」
だが育ち盛りの少年が昼飯に草だけってのはどうなんだろう。粗食の修行でもしてるのだろうか。
シルガは収納鞄から簡易コンロを取り出してシチューの鍋を火にかけた。さらに携帯椅子を取り出し並べて二人で火を囲む。底が焦げ付かないように時折おたまで静かに混ぜながら、不満げにぶすくれているアスレイヤのご機嫌をとるべくのんびりと話しかけた。誰しも腹が減っていたら不機嫌にもなるというものだ。
「この召喚はそんなに特別なものじゃない。同世界線・同時間軸に実在する物質を喚ぶのは割と誰でもできる。ただし、眷属に限るが」
「パンとシチューが眷属とは結構なことだ」
まだまだご機嫌斜めらしい。
「ざっくり説明すると このパンとシチューは俺が作ったものだから簡単に召喚できる。これが他人の作った物なら難易度はぐんと上がるぞ。だいたい9割9分失敗する」
「……だが、鍋はどうなるんだ。まさか貴様が作ったのか?」
「いいところに気が付いたな。この鍋はシチューを構成する要素とされる。鍋がない状態、シチューだけがその辺にぶちまけられていたらシチューとしての存在意義がほぼ無くなるから、だと思われる」
鍋はクツクツと音をたて、いい匂いが漂い始めた。
「さっき誰でも簡単に召喚できると言ったな……俺にもできるのか?」
「ああ勿論。例えばそうだな……今の俺は君と主従契約をしてるから君の眷属扱いになるはずだ。もしかしたら君は俺を召喚できるかもしれない。この方法で生き物を喚んだことないからわかんないけど、ちょっと興味あるな。ぼちぼち教えるからそのうち試してみてくれ」
シルガはパンを厚めに切って火であぶり、温まったシチューをお椀に注いで匙を添えてアスレイヤに渡した。こんがりと香ばしい小麦の匂いと、塩気のあるミルクとバターの香りがふっくらと漂い食欲を誘った。
「いただきます」
アスレイヤは文句を言っていた割には素直に受け取って黙々と食べた。
最近は他人に食事を振舞うことが多い。今までの人生で未だかつてここまで頻繁に他人と食事をしたことはない。
(今回は自然に食事に誘えたな。簡単じゃないか……この間はなんであんなに緊張したんだっけ)
あ、騎士殿が騎士だったからか。俺は国家権力を恐れているんだ。そういえば貴族も権力持ってるな……
「……うまい」
さわさわと揺れる木の葉、鳥の羽音、湖面のさざ波、クツクツと音を立てる鍋……開けた湖畔の冷たい空気の中で、アスレイヤがポツリと漏らした言葉がやけに大きく聞こえた。
「それは良かった。おかわりあるよ」
「俺は美味しいって言ったんだぞ」
「うん……? 美味しくていいじゃないか。まずいよりは おいしい方がいい。中途半端に残っても始末が面倒だから全部食べてしまおう。すまないがもう少し食べられるかな」
「……全部食べる」
シルガはまた不機嫌になってしまったアスレイヤを不思議に思いながらおかわりをよそって火を落とした。
昼食を片付けたあと、午後は薬草採取の続きを復習がてらこなして本日の冒険者活動を終了した。
採集した薬草類をシルガが最終チェックとしてまとめて鑑定するのをアスレイヤは黙って見ていた。アスレイヤはたまに、普段の横柄な子供っぽい言動からは想像できない大人びた目を向けてくることがある。最初にウォーハウンドを解体している時に向けられた目も、なにか探るような見極めるようなひどく冷たいものだったが、シルガはあえて無視した。そして今も無視している。
依頼をこなして大量の薬草をギルドに持ち帰ると大げさなくらい喜ばれた。
アスレイヤがカウンターでギルド職員とのやり取りをする間、シルガは椅子に座ってぼんやりとギルドの様子を眺めていた。この時間帯なら依頼を受けた学院の生徒達が報告のためにたくさんいてもいいはずだが全く見かけない。
「よっ、兄ちゃん。今日の子守はもうおしまい?」
しばらくの間シルガは自分に話しかけられたのだとわからなかった。
顔をあげると声の主らしき人物はこちらを見てるし目も合ったのだが、シルガの知らない男だ。もしかしたらこの男にだけ見える精霊的な何かがちょうどシルガの前にいて、それに話しかけてる可能性もある。無言で顔を逸らしかけたところで再度声を掛けられた。
「俺、見えてる?」
「あ、すまない。何か用か?」
「朝のやり取りは笑えたぜ」
そう言って男はテーブルの向かいに座って慣れた様子で酒をオーダーした。大抵のギルドは夕方から簡単な料理と酒類を提供するのだ。
「俺はグイーズ。Aランク冒険者だ」
「ピホポグラッチウォーリア2世だ。魔術師やってる」
「明らかに偽名を堂々と名乗るとは……えーと、ピポポグリッチウォーリア2世ね」
偽名ってわけでもないけど、とは言わずにいちおう訂正しておく。
「ピホポグラッチウォーリア2世、な」
「それどういう気持ちで訂正したの?」
ちらとカウンターを見ればまだ時間がかかるようだ。シルガの視線につられて男もカウンターに目を向けた。
「正直あの坊ちゃんがあれだけ採集こなせるとは意外だったぜ」
「彼は学院の生徒だし優秀なんだろ……」
「そうその学院の生徒だよ、なんか速攻でランクを上げたすげぇのがいるって話。ウォーハウンドを倒したってガキが仲間ぞろぞろ連れて迷宮うろついてんの、気が散ってどうもね」
「へぇ……迷宮を探索してるのか」
そういえば昨日ウォーハウンドの最初に倒した3頭そのまま捨ててきた……。獣を呼び寄せてなければいいが。
「迷宮さぁ、ケヘランとここの間にあるだろ、あっちのギルドがガキの拠点になっちまっておじさん居づらくてこっち来ちゃった」
「おじさんって歳でもないだろうに」
ウォーハウンドで思い出したが、生徒をギルドに丸投げするのは学院としてどうなんだ。実際アスレイヤ達は職員の言うことを全く聞き入れなかったし、貴族に何かあったら問題になるんじゃないだろうか。
「学院の生徒なら貴族の子弟だろ、ギルドで依頼をこなして実践的な経験を積むにしても普通は護衛をつけるものじゃないのか?迷宮に入るんなら尚更」
「だからガキと、護衛が交互に入るわけよ、迷宮に。基本的に貴族のガキには必ず護衛がいるもんだ。気付かれないように潜んでるってわけ」
つまりアスレイヤにもそういう護衛がいるということになる。全く気配がしないからきっとかなりの手練れだろう。
(ウォーハウンドのとき俺が手を出したのは本当にいらん世話だったようだな)
シルガはテーブルに酒が来たのを見計らって立ち上がった。
「つれねぇな、今俺絶賛メンバー募集中だから!」
「俺は募集してない」
アスレイヤと合流した後は白狸亭に戻って夕食をとった。
ギルドで納品した薬草をえらく感謝されて気をよくしたのか、その日以来アスレイヤが採取依頼でぶつくさ文句を言うことがなくなった。少しつまらなかったが、シルガは小さな雇い主が少し成長したのだろうと思うと微笑ましく感じた。アスレイヤの要望で昼食はシルガが何かしら作るのが仕事の一つになっている。終日大自然の中で薬草を集め、帰って二人で図鑑を見たり魔法展開式について話したりと、シルガはなぜか充実した時間を過ごしていた。
そんな感じで数日、いつのまにか6日も過ぎようとしている。
(しまった、少しずつ討伐依頼を受ける準備をしなくては)
グイーズという男の話によると生徒達は迷宮探索をしているわけだから、このまま草ばっか摘んでいてはアスレイヤも納得しないだろう。そうなったらいつ戦闘欲を爆発させて無茶なことをするかわからない。
「まずは剣を用意するか……なんか良さそうなのあったかな」
あまり良すぎるものでなく悪くもない、子供が調子に乗って無茶しても危なくないやつ……
シルガは自分の家に置いてある自作の武器をひとつひとつ吟味した。
「そうだ」
成長期の少年にぴったりの剣に思い当った。貴族が持つには貧相な、確実に文句を言われそうなものだが、高価すぎないしすぐ折れるほどもろくない、気軽にあげるにはちょうどいい剣だ。
今まで受けていた採取依頼は薬草、少し危険なところに生えているとはいえ安全な植物だ。だが今日から受ける採取依頼は生物に危険を及ぼす植物から採取するものに切り替える。ついでだから冒険者――に限らず素材を集める上で必須の、敵を出来るだけキレイに仕留める戦い方も覚えてもらおう。そうすればきっとあんな無茶苦茶な戦いをしなくなるはずだ。
血に飢えた戦闘狂の狂戦士から冷静な戦闘狂の狂戦士に軌道修正させるのが今のところの課題である。
「馬を借りればよかったのに」
「宿代、食費、回復薬、武器防具、その修繕費……予算の都合で無理だ」
「カネならある」
「雇い主は君だから俺が受け取るのは君が稼いだカネだけ、経費も同様だ。家には帰らないなんて強情を言っておきながら初っ端から家のカネをあてにする様じゃ立派な戦士になれないぞ」
「なんで俺が戦士志望だと思ってるんだ。それに……剣をなくしたんだぞ」
アスレイヤは剣をなくしたことがよほど堪えているようだ。
「そんなに落ち込むことじゃない。天気もいいしきっと楽しいよ」
「ピクニックに行くわけじゃないからな!」
迷宮が出現したことで普通に暮らしている人達まで治癒薬を手に入れにくくなっているのは気の毒なことだ。シルガは依頼書の束から効率よく採取できそうな薬草の組み合わせを選んで採集計画を立てていた。
細い木々の間を分け入って進むと二人は開けた場所に出た。様々な木々や岩が青く澄んだ水の周りを囲み 冷たい風が湖面にさざ波を立てる向う側には、ルーンシェッド大森林の山の峰が連なっているのが見える。暑い時期に過ごすには気持ちのいい場所だ。
「こんな寒い時期に薬草なんて生えてるのか?」
「不思議なもので薬草はそれぞれ季節ごとに似たような成分を持ったものが採れるんだ。学院で習うんじゃないか?」
「……そんなこと言ってた気がするが、そんなどうでもいいこといちいち覚えてるものか」
「薬草の知識が戦いに関係ないことはないさ。最初は退屈だろうけど探してみると楽しくなるよ」
二人はしばらく無言でひたすら草を集めていたが、明らかに慣れない様子でちまちま薬草を集めるアスレイヤに見かねたシルガは、薬草の種類や採取のコツ、鑑定魔法などを自分の知ってる範囲で実践を交えてぼちぼち教えながら採集することにした。意外にもアスレイヤはシルガの話をよく聞き、魔法に関することは特に食いつきが良かったということもあって、シルガは学院ではどんな風に魔法を習うのか教えてもらったりとつい話し込んでしまった。
せっせと熱心に薬草を集める様子を見ると、きっと楽しくなってきたのだろう。日が真上に来る頃には十分な量を採ることが出来たのだった。
「のみこみが早いな。さすが学院の生徒なだけある」
「ふん、当然だ!そうだ、宿に戻ったら俺の教科書と図鑑を見せてやってもいいぞ」
「いいのか!?それは楽しみだ」
この世界で本は貴重なものだ。特に貴族が持つような図鑑なら高価だし滅多に目にする機会がない。
「き、貴様を喜ばせる為じゃないからな。俺が更に知識を得るために必要だから、ついでに見せるだけだからな!」
「ああ、鑑定魔法の精度を上げるためにも知識を増やすことは重要だ。戻ったら一緒に図鑑を見よう」
思わぬ楽しみが出来たことでシルガは、貴族の臣下になるとこういうとこ恩恵があるな……なんて現金なことを考えていた。大きく伸びをするとふと真上にある太陽に気付いた。そろそろ昼飯の時間だ。
そういうことなので、シルガは適当に木の枝を拾って魔力を注ぎ、地面に雑に魔法展開式を描き始めた。
「何をする気だ?」
「ん、……召喚」
「召喚!?すごい!……ゴホン。べつに、そんなの珍しくもないし、はしゃいでないからな。それで、何を召喚するんだ?」
「パンとシチューを召喚する」
「なんだと?」
「昨日すぐ家に帰る予定だったから鍋ごと外に出しててさ……このまま放置してたら大惨事になるだろ。喚び出して二人で食べよう」
「………………」
程なくしてふっくら焼きあがったパンと具沢山のシチューが光の中から現れた。
「何で貴様はそうなんだ!召喚なんて出来るやつ滅多に…… それをパンとシチューだと!?」
アスレイヤはさもガッカリした風情で顔を紅潮させて怒っているが、何故そんなに怒っているのかシルガには理解できなかった。というかアスレイヤは怒りの沸点が低すぎじゃないだろうか。だからあんなバーサーカーみたいな戦い方になるんだろう。忍耐力を伸ばす実地訓練の計画を立てておこう、とシルガは密かに心に留めた。
「と、言われても今日はお椀しか……弁当持ってきてないぞ。君だって用意してないだろ、現地調達する気だったのか?……たしかに食えそうな草は多いな」
だが育ち盛りの少年が昼飯に草だけってのはどうなんだろう。粗食の修行でもしてるのだろうか。
シルガは収納鞄から簡易コンロを取り出してシチューの鍋を火にかけた。さらに携帯椅子を取り出し並べて二人で火を囲む。底が焦げ付かないように時折おたまで静かに混ぜながら、不満げにぶすくれているアスレイヤのご機嫌をとるべくのんびりと話しかけた。誰しも腹が減っていたら不機嫌にもなるというものだ。
「この召喚はそんなに特別なものじゃない。同世界線・同時間軸に実在する物質を喚ぶのは割と誰でもできる。ただし、眷属に限るが」
「パンとシチューが眷属とは結構なことだ」
まだまだご機嫌斜めらしい。
「ざっくり説明すると このパンとシチューは俺が作ったものだから簡単に召喚できる。これが他人の作った物なら難易度はぐんと上がるぞ。だいたい9割9分失敗する」
「……だが、鍋はどうなるんだ。まさか貴様が作ったのか?」
「いいところに気が付いたな。この鍋はシチューを構成する要素とされる。鍋がない状態、シチューだけがその辺にぶちまけられていたらシチューとしての存在意義がほぼ無くなるから、だと思われる」
鍋はクツクツと音をたて、いい匂いが漂い始めた。
「さっき誰でも簡単に召喚できると言ったな……俺にもできるのか?」
「ああ勿論。例えばそうだな……今の俺は君と主従契約をしてるから君の眷属扱いになるはずだ。もしかしたら君は俺を召喚できるかもしれない。この方法で生き物を喚んだことないからわかんないけど、ちょっと興味あるな。ぼちぼち教えるからそのうち試してみてくれ」
シルガはパンを厚めに切って火であぶり、温まったシチューをお椀に注いで匙を添えてアスレイヤに渡した。こんがりと香ばしい小麦の匂いと、塩気のあるミルクとバターの香りがふっくらと漂い食欲を誘った。
「いただきます」
アスレイヤは文句を言っていた割には素直に受け取って黙々と食べた。
最近は他人に食事を振舞うことが多い。今までの人生で未だかつてここまで頻繁に他人と食事をしたことはない。
(今回は自然に食事に誘えたな。簡単じゃないか……この間はなんであんなに緊張したんだっけ)
あ、騎士殿が騎士だったからか。俺は国家権力を恐れているんだ。そういえば貴族も権力持ってるな……
「……うまい」
さわさわと揺れる木の葉、鳥の羽音、湖面のさざ波、クツクツと音を立てる鍋……開けた湖畔の冷たい空気の中で、アスレイヤがポツリと漏らした言葉がやけに大きく聞こえた。
「それは良かった。おかわりあるよ」
「俺は美味しいって言ったんだぞ」
「うん……? 美味しくていいじゃないか。まずいよりは おいしい方がいい。中途半端に残っても始末が面倒だから全部食べてしまおう。すまないがもう少し食べられるかな」
「……全部食べる」
シルガはまた不機嫌になってしまったアスレイヤを不思議に思いながらおかわりをよそって火を落とした。
昼食を片付けたあと、午後は薬草採取の続きを復習がてらこなして本日の冒険者活動を終了した。
採集した薬草類をシルガが最終チェックとしてまとめて鑑定するのをアスレイヤは黙って見ていた。アスレイヤはたまに、普段の横柄な子供っぽい言動からは想像できない大人びた目を向けてくることがある。最初にウォーハウンドを解体している時に向けられた目も、なにか探るような見極めるようなひどく冷たいものだったが、シルガはあえて無視した。そして今も無視している。
依頼をこなして大量の薬草をギルドに持ち帰ると大げさなくらい喜ばれた。
アスレイヤがカウンターでギルド職員とのやり取りをする間、シルガは椅子に座ってぼんやりとギルドの様子を眺めていた。この時間帯なら依頼を受けた学院の生徒達が報告のためにたくさんいてもいいはずだが全く見かけない。
「よっ、兄ちゃん。今日の子守はもうおしまい?」
しばらくの間シルガは自分に話しかけられたのだとわからなかった。
顔をあげると声の主らしき人物はこちらを見てるし目も合ったのだが、シルガの知らない男だ。もしかしたらこの男にだけ見える精霊的な何かがちょうどシルガの前にいて、それに話しかけてる可能性もある。無言で顔を逸らしかけたところで再度声を掛けられた。
「俺、見えてる?」
「あ、すまない。何か用か?」
「朝のやり取りは笑えたぜ」
そう言って男はテーブルの向かいに座って慣れた様子で酒をオーダーした。大抵のギルドは夕方から簡単な料理と酒類を提供するのだ。
「俺はグイーズ。Aランク冒険者だ」
「ピホポグラッチウォーリア2世だ。魔術師やってる」
「明らかに偽名を堂々と名乗るとは……えーと、ピポポグリッチウォーリア2世ね」
偽名ってわけでもないけど、とは言わずにいちおう訂正しておく。
「ピホポグラッチウォーリア2世、な」
「それどういう気持ちで訂正したの?」
ちらとカウンターを見ればまだ時間がかかるようだ。シルガの視線につられて男もカウンターに目を向けた。
「正直あの坊ちゃんがあれだけ採集こなせるとは意外だったぜ」
「彼は学院の生徒だし優秀なんだろ……」
「そうその学院の生徒だよ、なんか速攻でランクを上げたすげぇのがいるって話。ウォーハウンドを倒したってガキが仲間ぞろぞろ連れて迷宮うろついてんの、気が散ってどうもね」
「へぇ……迷宮を探索してるのか」
そういえば昨日ウォーハウンドの最初に倒した3頭そのまま捨ててきた……。獣を呼び寄せてなければいいが。
「迷宮さぁ、ケヘランとここの間にあるだろ、あっちのギルドがガキの拠点になっちまっておじさん居づらくてこっち来ちゃった」
「おじさんって歳でもないだろうに」
ウォーハウンドで思い出したが、生徒をギルドに丸投げするのは学院としてどうなんだ。実際アスレイヤ達は職員の言うことを全く聞き入れなかったし、貴族に何かあったら問題になるんじゃないだろうか。
「学院の生徒なら貴族の子弟だろ、ギルドで依頼をこなして実践的な経験を積むにしても普通は護衛をつけるものじゃないのか?迷宮に入るんなら尚更」
「だからガキと、護衛が交互に入るわけよ、迷宮に。基本的に貴族のガキには必ず護衛がいるもんだ。気付かれないように潜んでるってわけ」
つまりアスレイヤにもそういう護衛がいるということになる。全く気配がしないからきっとかなりの手練れだろう。
(ウォーハウンドのとき俺が手を出したのは本当にいらん世話だったようだな)
シルガはテーブルに酒が来たのを見計らって立ち上がった。
「つれねぇな、今俺絶賛メンバー募集中だから!」
「俺は募集してない」
アスレイヤと合流した後は白狸亭に戻って夕食をとった。
ギルドで納品した薬草をえらく感謝されて気をよくしたのか、その日以来アスレイヤが採取依頼でぶつくさ文句を言うことがなくなった。少しつまらなかったが、シルガは小さな雇い主が少し成長したのだろうと思うと微笑ましく感じた。アスレイヤの要望で昼食はシルガが何かしら作るのが仕事の一つになっている。終日大自然の中で薬草を集め、帰って二人で図鑑を見たり魔法展開式について話したりと、シルガはなぜか充実した時間を過ごしていた。
そんな感じで数日、いつのまにか6日も過ぎようとしている。
(しまった、少しずつ討伐依頼を受ける準備をしなくては)
グイーズという男の話によると生徒達は迷宮探索をしているわけだから、このまま草ばっか摘んでいてはアスレイヤも納得しないだろう。そうなったらいつ戦闘欲を爆発させて無茶なことをするかわからない。
「まずは剣を用意するか……なんか良さそうなのあったかな」
あまり良すぎるものでなく悪くもない、子供が調子に乗って無茶しても危なくないやつ……
シルガは自分の家に置いてある自作の武器をひとつひとつ吟味した。
「そうだ」
成長期の少年にぴったりの剣に思い当った。貴族が持つには貧相な、確実に文句を言われそうなものだが、高価すぎないしすぐ折れるほどもろくない、気軽にあげるにはちょうどいい剣だ。
今まで受けていた採取依頼は薬草、少し危険なところに生えているとはいえ安全な植物だ。だが今日から受ける採取依頼は生物に危険を及ぼす植物から採取するものに切り替える。ついでだから冒険者――に限らず素材を集める上で必須の、敵を出来るだけキレイに仕留める戦い方も覚えてもらおう。そうすればきっとあんな無茶苦茶な戦いをしなくなるはずだ。
血に飢えた戦闘狂の狂戦士から冷静な戦闘狂の狂戦士に軌道修正させるのが今のところの課題である。
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