上 下
28 / 114
獲物にされた猟師ちゃん

28

しおりを挟む
 早苗がアルの経営する宿屋で同居(?)生活を始めてから、早いもので2ヶ月が経った。この世界に来て、もう4ヶ月だ。

「マスター! 今日は凄いよ! じゃーん! 牙狼シディウスでーす!!」
「……まぁ凄いけど…………フィート、潰れてない?」

 見ると、大柄な男が巨大な黒い狼に押し潰されている。
 フィートは190cmを超える身長の筋骨隆々な青年だが、体重200kg近い牙狼を森から一人で背負って来た彼は、宿に着くなり力尽きてしまったのだ。

「あれ?! だってフィートさん、これくらい任せとけ! って……」

 この一月の間に、アルの部下らしいフィートと早苗は随分親しくなっていた。今日は早苗の狩りに付き合ってくれたのだが……

「……馬鹿だから、女の子に良いとこ見せたかったんでしょ」
「お、女の子……」
「あ、フィートに君が女だって教えたの、俺だから。こいつも漏れなく間違ってたから」
「ぐっ……」

 何か変わったかに思えた早苗とアルとの関係は、特に変わりは無い。その後身体を結ぶ出来事が2回ほどあったが。
 そして元の世界に帰る手立てについての情報も、露ほども得る事は出来ていなかった。
 しかし、早苗はアルにイライラさせられたりドキドキさせられたり、たまにアンアンさせられたりしながらも、彼のお陰で得た定期的な収入と人間らしい衣食住により心身共に安定している。
 ずっと止まっていた月の物が先日久しぶりに訪れたのもその証拠だ。

「んー、大きさとしては中くらいだから、100ギラだね」
「やった! 十分だよっ、マスターありがとう!」

 早苗は意気揚々と部屋を出て行く。
 その小さな背中を見送るアルはと言えば、早苗の狩ってくる獲物のお陰で様々な事業の経営が今まで以上に上向きになり、順風満帆と言える日々を送っていた。
 にも順調に近付いている。

「ハァ……アル様……俺はあの子が不憫で、見てられませんよ……」

 早苗が出て行ったのを確認して、フィートは溜め息をつく。そして自分の主人に苦言を呈した。

「じゃあ見なければ良いでしょ」
「あんなに素直で可愛い子を騙して利用して……心が痛みませんか?」

 フィートは伝わらない事に頭を抱えて主人を諭す。

「何故? 前の取引相手と比べれば倍の金額で買い取ってるし、彼女も喜んでるじゃない」
「前の取引相手は極悪人だが、貴方も十分酷いですよ。さっきの牙狼だって、300ギラはするでしょう。よく獲ってくる角兎だって600ギラくらいするんじゃないですか? 知らないのを良い事に、あんまりです」

 眉間に皺を寄せる従者に、アルは冷笑を向ける。

「……そんなに可哀想だって言うなら、君が寝室で優しく慰めてあげたら? 俺のお下がりだけどさ」
「リファイアル様…………あの子はあの方とは違います。幼い義理の息子に手を出すような……」

 ヒュッ!と何か光る物がフィートの頬を掠めて扉に突き刺さる。刺さったのは金色の硬貨だ。
 金貨の掠めたフィートの頬には細く赤い線が走っている。

「黙れ、お前殺されたいか」

 静かだが凄味のある声で言われ、フィートは黙り込む。フィートに比べれば20cm近く小さな身体なのに、その気になれば容易く捻り殺されそうな殺気を感じ、額から汗を流した。

「……出過ぎた、発言、でした……」

 フィートは主人に跪く。

 こくっ、音を立てないよう唾液を飲み込んだのは、早苗だ。扉の外で息を潜めていたのである。
 彼女は身をひるがえし、足音に気を付けながらその場を立ち去った。

 聞いてしまったのはたまたまだった。部屋を出て数歩離れた時、ふと思い出したのだ。獲物とは違うが鉱石らしき物を拾ったので、アルに見てもらおうと持って来ていた事を。
 そして、引き返して扉をノックしようとした時聞こえてきた話し声に、つい足を止めてしまった。

 宿屋を出た早苗は、青ざめた顔でフラフラと街を歩いた。
 辿り着いたのは獲物なら何でも買い取ってくれた肉屋、以前の取り引き先だ。

「……こんにちは」

 声を掛けると、振り返った店の店主が目を見開く。

「……あ、あんた……」
「おじさん、以前は私の獲物を買い取ってくれてありがとう」
「……あの、いやその……」

 早苗の雰囲気から察したのだろう。店主はしどろもどろで目を泳がせている。

「通報しないであげるから、本当の一般買い取り価格教えてくれる?」

 表情を変えずに淡々と話す早苗の様子に恐怖を覚えた店主は、震え上がり素直に従う。

「あ、ああ、分かった、分かったよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

奥手なメイドは美貌の腹黒公爵様に狩られました

灰兎
恋愛
「レイチェルは僕のこと好き? 僕はレイチェルのこと大好きだよ。」 没落貴族出身のレイチェルは、13才でシーモア公爵のお屋敷に奉公に出される。 それ以来4年間、勤勉で平穏な毎日を送って来た。 けれどそんな日々は、優しかった公爵夫妻が隠居して、嫡男で7つ年上のオズワルドが即位してから、急激に変化していく。 なぜかエメラルドの瞳にのぞきこまれると、落ち着かない。 あのハスキーで甘い声を聞くと頭と心がしびれたように蕩けてしまう。 奥手なレイチェルが美しくも腹黒い公爵様にどろどろに溺愛されるお話です。

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました

Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。 そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて―― イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...