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――どうしてこんな事になっちゃったの??
「ちょっと! 私じゃないって言ってるでしょ!! 私は早く病気の母のところへ行きたいのよ!!」
「無罪かどうかを判断するのは私ではない」
庶民的なワンピースにエプロンをつけた女が薄暗い牢屋の中からいくら叫んでも、看守の男はそちらを見る事も無く同じ言葉を繰り返す。
「あなたしか居ないんだから、あなたに言うしかないでしょー!!」
彼女に押し問答をしている暇はない。持病を抱える母親がまた倒れたと知らせを受けて、もうどれくらい経過したのか。
すぐに命を落とす事は無いだろうが、今この時も母親は苦しんでいるのだ。薬師である娘が駆けつけないでどうするのかと、彼女は唇を噛む。
何か役に立ちそうな物はないかと、大人しくなったフリをして床に座り込んだ彼女は、周囲に視線を巡らせる。
母親に飲ませる為に調合した薬や、依頼されて届ける予定だった薬など、いくつかは幸いにしてエプロンの内側に縫い付けたポケットの中だ。
だが診察用の器具や調合に使う道具、調合前の薬草などが入った鞄は取り上げられてしまった。牢の中にも何もなく、時折壁や床を虫が這うくらいである。
彼女が必死に考えていると、階段を歩く音がして、警官の制服を着た男がやってきた。男は木製の棚に大きめの肩掛け鞄を押し込むと、面倒臭そうに溜息をついて看守に声をかける。
「はー、証拠らしき物は何も無かった。一応これ、ここで保管しといて。午後一でまた尋問するってさ。あ、何ならお前からも女の身体に聞いといてくれてもいいぜ?」
「了解しました」
警官の最低な台詞に反応する事なく、看守は淡々と返す。
「……お前って、真面目すぎてつまんねーな」
看守の答えは、警官には期待外れだったようだ。警官は身を翻し、怠そうに階段を上がり出て行った。
彼女はふと、ある考えが頭に浮かぶ。この看守の真面目さを利用出来ないかと。
なりふり構っていられない。早速彼女は、その考えを実行に移すことにした。
「痛っ」
女の小さな悲鳴に、看守の男が視線を牢に向けた。
「っ……何でもないし! 見ないでよ!」
スカートを捲って内腿を確認していた女が、慌てた様子で裾を直す。
「……はぁ、はぁ……はぁ……」
暫くして、石の床に座り込み荒い呼吸を繰り返し始めた女を、看守の男がまたチラリと見る。彼女は額から汗を滴らせ、苦しげに腹部を抱き締めていた。その汗の量は、とても演技には見えない。
だが、これまでの流れからして明白ではあるだろうが、彼女のそれは演技である。汗は、発汗作用のある薬を飲んだのだ。
「……どうした。腹が痛いのか?」
今まで定型文しか口にしなかった看守が、初めて血の通った言葉を口にする。
彼女にも罪悪感がない訳ではないが、もう他に方法が思い付かなかった。
「うぅ……お腹が、苦しいの……さっき虫に噛まれて、それで……」
勿論、これも嘘だ。
「……さっきの足か。見せてみろ」
看守が鍵を開け、牢の中に入ってくる。抜け目なく鍵をかけてから、女の前にしゃがんだ。
「どこだ? 捲るぞ」
「い、いやっ、やめっ、ぁあん!」
「ちょっと! 私じゃないって言ってるでしょ!! 私は早く病気の母のところへ行きたいのよ!!」
「無罪かどうかを判断するのは私ではない」
庶民的なワンピースにエプロンをつけた女が薄暗い牢屋の中からいくら叫んでも、看守の男はそちらを見る事も無く同じ言葉を繰り返す。
「あなたしか居ないんだから、あなたに言うしかないでしょー!!」
彼女に押し問答をしている暇はない。持病を抱える母親がまた倒れたと知らせを受けて、もうどれくらい経過したのか。
すぐに命を落とす事は無いだろうが、今この時も母親は苦しんでいるのだ。薬師である娘が駆けつけないでどうするのかと、彼女は唇を噛む。
何か役に立ちそうな物はないかと、大人しくなったフリをして床に座り込んだ彼女は、周囲に視線を巡らせる。
母親に飲ませる為に調合した薬や、依頼されて届ける予定だった薬など、いくつかは幸いにしてエプロンの内側に縫い付けたポケットの中だ。
だが診察用の器具や調合に使う道具、調合前の薬草などが入った鞄は取り上げられてしまった。牢の中にも何もなく、時折壁や床を虫が這うくらいである。
彼女が必死に考えていると、階段を歩く音がして、警官の制服を着た男がやってきた。男は木製の棚に大きめの肩掛け鞄を押し込むと、面倒臭そうに溜息をついて看守に声をかける。
「はー、証拠らしき物は何も無かった。一応これ、ここで保管しといて。午後一でまた尋問するってさ。あ、何ならお前からも女の身体に聞いといてくれてもいいぜ?」
「了解しました」
警官の最低な台詞に反応する事なく、看守は淡々と返す。
「……お前って、真面目すぎてつまんねーな」
看守の答えは、警官には期待外れだったようだ。警官は身を翻し、怠そうに階段を上がり出て行った。
彼女はふと、ある考えが頭に浮かぶ。この看守の真面目さを利用出来ないかと。
なりふり構っていられない。早速彼女は、その考えを実行に移すことにした。
「痛っ」
女の小さな悲鳴に、看守の男が視線を牢に向けた。
「っ……何でもないし! 見ないでよ!」
スカートを捲って内腿を確認していた女が、慌てた様子で裾を直す。
「……はぁ、はぁ……はぁ……」
暫くして、石の床に座り込み荒い呼吸を繰り返し始めた女を、看守の男がまたチラリと見る。彼女は額から汗を滴らせ、苦しげに腹部を抱き締めていた。その汗の量は、とても演技には見えない。
だが、これまでの流れからして明白ではあるだろうが、彼女のそれは演技である。汗は、発汗作用のある薬を飲んだのだ。
「……どうした。腹が痛いのか?」
今まで定型文しか口にしなかった看守が、初めて血の通った言葉を口にする。
彼女にも罪悪感がない訳ではないが、もう他に方法が思い付かなかった。
「うぅ……お腹が、苦しいの……さっき虫に噛まれて、それで……」
勿論、これも嘘だ。
「……さっきの足か。見せてみろ」
看守が鍵を開け、牢の中に入ってくる。抜け目なく鍵をかけてから、女の前にしゃがんだ。
「どこだ? 捲るぞ」
「い、いやっ、やめっ、ぁあん!」
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