悪魔を惑わす喪女の甘言

南野うり

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「………………」

 こめかみから、頭を撃ち抜かれたような気がした。

「……どうした? 何か問題があったか?」

 反応の無いつむぎを不審に思ったルイが、身体を離して顔を覗き込んで来る。

「っ! や、だめっ……」

 顔を背けようと身体を捻った紬だが、腕を掴まれアッサリと捕まってしまう。
 彼女の顔を見たルイは、ぽかんと口を開けて停止した。

「…………何故、そんなに赤いんだ?」
「……うるさいな……何でもいいでしょ……っ」

 紬は掴まれた腕を振り払い、俯いて髪で顔を隠す。

「なっ、なんだと?! このっ――」

 紬の物言いにカチンと来たルイが手を伸ばすと、驚いた彼女は後ろに倒れてしまった。

「あっ……」

 ベッドに倒れた紬は、頬を赤くしたまま瞳を潤ませ、頼りなげに眉を下げている。心臓が騒がしい。
 振り回されている。彼の一挙手一投足に、落ち込んだり、喜んだり、恥ずかしくなったり。

「……何だ……この間とは別人のようだな……」
「あれはっ……」

 酒と、真夜中にホラーゲームなどしていた高揚感からの勢いで、現実感も薄かったから出来た事で、あの時はどうかしていた……と正直に言うのも癪で、紬は黙り込んだ。
 倒れたまま動けずに居る紬を見下ろしていたルイは、何を思ったのか、その身を乗り出した。紬の身体の横が、彼の重みでミシ……と沈む。
 ルイはシーツに広がる紬の髪を一房掬い取り、サラサラと落とした。

「……なあ、あの生殖行為は愛し合う夫婦間でするものなのだろう?」
「え? あぁ……まあそう、かな? ……どこで知ったの、そんな事」

 ルイの謎の行動に、紬はどぎまぎしながら、なるべく平静を装いながら答えるが、素面の今はあまり上手く行かない。
 紬はルイの顔を直視する事が出来ず、視線をうろうろと彷徨わせた。

「我は二千年以上前から存在しているのだ。それくらいは知っているぞ。あれをすれば愛し合う夫婦になるのではないか?」

 何を言い出すのかと思った。

「……け、汚らわしい行為じゃなかったの?」
「契約の内に入るなら致し方無い。それに、我の食事にもなるしな。夫婦というのは、一緒に食事を摂るものなのだろう?」
「っ……」

 契約と言う言葉に、つきんと胸が痛む。感じるのは罪悪感と、少しの寂しさ。
 紬が俯くと、頭上から小さく呟く声が聞こえた。

「……そう、悪いものでも無かったしな……」

 パッと顔を上げて、紬はルイを見詰めた。特に表情は変わっていないように思え、今聞こえた言葉が気のせいのような気がして来る。


「あの時は我からはお前に触れもしなかった。あれが正しいやり方では無い事くらい知っているぞ?」

 紬をじっと見詰める彼に、服の上から鎖骨の溝を指でそっとなぞられ、無意識に緊張で身体に力が入る。

「……包み紙が変わると、より美味しそうに見えるものだな……」
「は?」

 何を言われたか分からず、紬は反射的に聞き返した。

「何でも無い。……さて、どうするか。手順が分からない……」

 包み紙、包装紙……つまり衣装の事か。もしかすると、紬の着飾った姿を、綺麗だと褒めたのだろうか。
 何ともむず痒い気持ちになった彼女は、どうして良いか分からず、ルイの服の袖をキュッとつまんだ。

「……そう言えば、誓いの口付けと言うものがあったな。まずは、口付けからだろうか……」

 人間を下賤だ何だと言う割に、彼は人間の生態に意外と詳しい。本当は人間に対して、食料として以上の興味を抱いているのではないだろうか。で無ければ、流石にこんな口約束で結婚など、しようとは思わないだろう。
 ゆっくりと近付いてくる琥珀の瞳を見詰めながら、紬はそんな事を考えていた。

 互いに目を開け、見詰め合ったまま唇が重なる。悪魔の唇はひんやりしているかと思っていた紬の予想に反し、意外にも温かく、柔らかな感触だった。
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