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2:会えない夜

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ある日の午後ーーー


「悠~!」

大学内のカフェテリアへ行く途中、綾香の声に俺たちは足を止めて振り返った。
パタパタと走ってくる小柄な『彼女』に周りがデレデレと笑う

「相変わらず可愛いな~綾香ちゃん」
「マジでうらやましい!」

く~っと身悶える友人たちを見回して

「あげよっか?」
「そういうこと言うなよ」

自分でも冗談か本気か分からないことを言えば、後ろから思い切り頭をはたかれた。

「痛ぁ!省吾しょうご力入れすぎっ!」
「おまえがくだらないこと言うからだろ」

頭を押さえ言い合っている間に綾香が目の前まで来て立ち止まる
背が低いからかきゅるんと効果音がつきそうなほどの上目遣いだーーーぱっちりふたえの大きな目

可愛い、かなぁ

そういえば湊人の目はくりくりしてるわけじゃないけど、なんであんなに綺麗なんだろう
それこそきゅるんって効果音が似合いそうな……
唇もぽわんっみたいな……

「悠」
「…………」
「ねぇ悠ってば!今日の夜、会える?」
「あ?え、あー無理……ごめん、バイト」

なんて、本当はただめんどくさいだけ

「そっか……わかった。じゃあね」

手を振って去っていく後ろ姿を眺めていたら、横で省吾が嘆息した。

「バイトなんかねぇんだろ?」
「あら、バレた?」
「なに、じゃあ今日もクラブ行く?」
「いいね」
「お~決まりっ!」
「悠がいると女が寄ってくんだよなぁ!今日も楽しむぞ~!」

騒ぐ仲間達の中で省吾だけが声を上げなかったこと
この時俺はまったく気付かなかった。


ーーーーーーーー
ーーーー
ーー



その日の夜

大音量で鳴り響く洋楽に、露出が激しい男女の波
酒と煙草の匂いが充満するそこは、まるで違う国のようだ
華やかで騒がしい雰囲気は嫌いじゃないけど………

「なんか上がんないな」

いつものソファに座り込むと、俺は煙草を片手に周りを見渡した。
いつものツレと顔馴染みのやつらと……あれ?

「省吾は?」
「あ~なんか今日は用事あるから来ねぇって」
「女?」
「だろーな」

ふーんなんて喋ってる間にも群がってくる女達
どいつもこいつも濃い化粧とキツい香水、んで襲われたいのかっていう派手な露出

「悠、どの子にする?」
「あ~」
「なんだよ、乗り気じゃねぇな」

どうしようかな
なんかどれでもいいけどどれもイヤ……みたいな。

「ってか悠最近持ち帰らなくなったよな」
「あれだろ?決まったセフレばっか呼び出してるんだよな?」
「えーあの取っ替え引っ替えがウリの悠が?」
「なにそれ」

思わず笑いながらも、少し考えてみる
いつからだっけ
クラブに来ても持ち帰らなくなったのはーーー
最初は選ぶつもりで来るんだけど、結局いつも湊人でいいかーってなっちゃって。
そういや湊人今夜なにしてんのかな
前会ってから何日経ったっけ……ってまだ3日くらいか

「おい悠、どうすんだよ」
「あー待って」

手早くショートカットキーを押して湊人へ電話をかける
『佐倉湊人』は一応セフレフォルダに入ってるんだけど、呼び出す回数が増え始めてからショートカットを登録しといたのはほんと正解だった。超便利。
この時間ならいつも3コール目くらいで出る
いつ俺に呼び出されても良いようにかな、なんて思うくらい

ピッ…プルル……プルル……プルル……プルル…

あれ?

…プルル……プルル……

出ない

プルル……プルル……

そんなこともあるんだ?

プルル……プルル……

当たり前か。逆に普段がおかしいんだよね

プルル……プルル……

って俺、超しつこい。いつまでかけてんだよ

ピッ――
切ってからしばらく携帯を眺めていたら、肩を思い切り引っ張られた。
どうやら名前を呼ばれていたらしいーーー全然聞こえなかった

「悠?どした?」
「……いや、別に」

どうしようかな
湊人が無理なら誰でもいい
誰でもいい…………んだけど、なんか、ちょっと

「今日はやめとこうかな」

えーと不服そうなツレに笑って、立ち上がった。
まぁ乗り気じゃないのにヤったってどうせたいして気持ち良くないし
だいたい湊人……っていうか男を抱いてから、女じゃ満足できなくなったというかなんというか
とはいっても他の男を抱こうなんて、死んでも思わないんだけど

「あ、悠~」

クラブ内のバーカウンターへ行けば、専属バーテンのイツキが笑顔で迎えてくれた。
何も言わなくても俺好みの酒を出してくれる有能なイツキ
アルコールがあまり身体に合わない俺でも、イツキが作ってくれるものなら気持ちよく酔えるからすごい

「どうしたの?なんか元気ないね?」
「え、そう?」
「うん。なんかつまらなそう」

向けられる優しい笑顔を見ながら、思い出す
そういえば湊人とイツキは知り合いだーーー半年前イツキが怪我をして少しの間仕事ができなくなった時に、イツキ自らヘルプとして湊人を連れてきたらしい

「……あのさ、湊人と連絡とってる?」
「湊人さん?うん、とってるけど……え、悠まだ湊人さんと関係あるの?」

半年前に湊人に手を出したことは当時イツキに話した。
でもそのあとも続いていることは特に言っていなかったし、どうやら湊人からも聞いていないようだ

「……まぁ、なんだかんだ」
「えーびっくり。一夜の過ちかと思ってた」
「過ちって」
「だって湊人さんは彼氏いるし」

ピクッと跳ねた指先を誤魔化すようにグラスを取る
ひとくち含んだ酒が少し苦い

「悠も彼女できたんじゃなかったっけ?」
「まぁね」
「湊人さんにハマるのもわからなくはないけど、あんまり困らせないでよね」
「困らせるってなに」
「僕たちの世界はさ、やっぱりちょっと緩い部分もあって曖昧な関係が多いのは確かだけど」

イツキも湊人と“同じ”だというのは、湊人と関係を持ったと伝えた時にカミングアウトされている
偏見も特にないしイツキは独特な色気があるからたいして驚かなかったけど

「でもね、湊人さんはそーゆーのあんまり好きじゃないって前に言ってた」
「そーゆーのって?」
「だから浮気とか、身体だけの遊びとか」
「でもバリバリしてるけど」

もう週3ペースだけど、とつい言ってしまったらイツキの目が丸くなった。
いやでも本当だし。隠す必要もないし。

「ほんと意外……もしかして、彼氏と別れたのかな」
「え」
「あ、それはないか。今夜予定あるって言ってたし」
「今夜?」

思わず聞き返すと、イツキは小さく頷いて唇を尖らせた。

「そう。湊人さんに会いたいなって誘ったら、今夜は大事な用があるって。ごめんねって」
「大事な用……」
「悠さ、湊人さんのこと強引に誘ってるんじゃないのー」
「別に普通だよ」
「湊人さん優しいから断れないのかも。悠はさ、僕たちとは違うんだからあんまりズルズルしないでよ」

違うってなに
なにがそんなに違うの
別に、恋愛対象が異性か同性かってだけだし、そもそも俺は湊人を抱けるんだからそこまで違うってこともなくない?
って思ったことが全部わかっているのか、イツキはなんともいえない顔で笑った。

「違うんだよ。悠が思っている以上に」

その笑顔がなんだかすごく切なくて、寂しそうでーーー俺はなにも言えず俯いて手の中の携帯を弄んだ。
本当は少し待っていたんだけれど、湊人からの着信はない
元々この半年で湊人からかかってきたことなんて……一度もないんだけど。
でも着歴見たらすぐかけ直してくると思ってたからーーーちょっと、意外だったんだ。
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