黒地蔵

紫音

文字の大きさ
上 下
27 / 30

26:信用

しおりを挟む
 
「なに、言ってるの? お兄ちゃん……」

 兄の放った言葉の意味がわからず、私は困惑の目を兄に向ける。
 しかしそれ以上に、兄の私を見る瞳は、動揺を隠せていなかった。

「お前は、何だ? 妹のフリをして……俺を惑わそうとしているのか?」

 その発言からすると、どうやら私のことを本物かどうか疑っているらしい。
 何か、ものたぐいだとでも思っているのだろうか。

「お兄ちゃん。私、ましろだよ」

「違う……ましろはいま病院で眠っているんだ。黒地蔵の呪いのせいで、ずっと目を覚まさないんだ」

 やはり、兄はまだ目の前の光景に納得がいっていないらしい。

「違うよ、お兄ちゃん。私、ちゃんと目を覚ましたんだよ。それに、黒地蔵の呪いなんてない。私があんな状態になったのは、ただの私の不注意のせいだよ。軽い気持ちで肝試しなんかして、油断して足をすべらせたから……」

「だとしても、ましろがこんな場所に来るはずがない。それに、こんな嵐の中、ましろが一体どうやってここまで来るって言うんだ」

「自転車に乗って来たんだよ。途中でお兄ちゃんの車が走っていくのも見た……」

 そこまで言ったところで、暗闇の中、金属バットがかすかに動く音がした。

「ましろにそんなことが出来るはずがない。あいつはまだ子どもで、一人じゃ何もできないんだ!」

 再び空が光った。

 一瞬だけ明るくなった視界で、兄は金属バットを頭上に振り上げ、こちらを目がけて振り下ろしていた。

「ひゃっ……!」

 雷鳴と同時に私は短い悲鳴を上げ、間一髪のところでバットをかわす。
 そのまま勢いよく足元へ叩きつけられたバットは、泥でぬかるんだ地面をえぐった。

 あきらかな殺意を感じた。
 おそらくは兄自身もパニックになっている。
 それほどまでに、黒地蔵への憎悪ぞうおが強いのか。

 いや。

 こうなったのも、すべては私への信用が低すぎるせいだ。

「……お兄ちゃんの、わからず屋!!」

 私は声の限りに叫んだ。

「私、もう中学生なんだよ!? いい加減、子ども扱いするのはやめてよ!!」

 兄は私を信用していない。
 いつまでもひとり立ちできない、幼い子どもだと思っている。

「ましろは一人じゃまだ何も出来ない。少しでも目を離すと、今回みたいなことになる……。だから、俺が守ってやらなきゃならないんだ」

 今回のこと。

 山の中で転倒して、意識が戻らなくなって、周りに迷惑をかけて。

 確かにそれは、まぎれもなく私自身が招いた結果だった。

「もちろん、今回のことは……私が悪いと思ってるよ。お兄ちゃんとの約束を破って、勝手に山に入って……。でも、そのおかげで気づけたこともあるの。黒地蔵は、呪いの地蔵なんかじゃない。ありもしない噂を流して、心霊スポットなんかに仕立て上げたのは、私たち人間なの。黒地蔵の悪い噂はみんな、私たちが作り出した嘘なんだよ!」

「……黒地蔵を擁護ようごするってことは、やっぱりお前はましろじゃない」

 再び、バットが持ち上げられる音が聞こえた。

「お前は黒地蔵の仲間か、あるいは黒地蔵そのものか……どっちだっていい。黒地蔵もろとも、俺が今この場で退治してやる!」

 視界が悪い。

 空は光らない。

 今度こそ、私は逃げる術を失った。

(やられる……!)

 いずれ来る衝撃に備えて、私は全身を硬直させた。

「…………あれ?」

 しかし、いくら待ってもバットは降ってこなかった。

 ザアザアと降りしきる雨の中、兄が何やら呻くような声を出す。

「くそっ……またか!」

 空が光った。

 再び明るくなった景色の中で、私の目に飛び込んできたのは、後ろから誰かに腕を引っ張られている兄の姿だった。

 けれど、兄の背後には誰もいない。
 少なくとも、今の私の目にはその姿は映らない。

「……もしかして、クロ?」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あばらやカフェの魔法使い

紫音
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。

催眠教室

紫音
青春
「では皆さん、私の目をよく見てください。あなたたちはこれから一年間、私の思い通りに動いてもらいます」  高校の入学式の日、教壇に立った女教師はそう言い放った。彼女の催眠術にかからなかったのは、どうやらクラスの中で俺一人だけらしい。  催眠術が使える怪しい担任と、情緒不安定なクラスメイトたち。そして、人間不信からくる幻覚症状を持つ俺。問題児だらけのこの教室には、ある重大な秘密が隠されていた。  心に傷を抱えた高校生たちの、再起の物語。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~

紫音
恋愛
 幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...