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26:信用
しおりを挟む「なに、言ってるの? お兄ちゃん……」
兄の放った言葉の意味がわからず、私は困惑の目を兄に向ける。
しかしそれ以上に、兄の私を見る瞳は、動揺を隠せていなかった。
「お前は、何だ? 妹のフリをして……俺を惑わそうとしているのか?」
その発言からすると、どうやら私のことを本物かどうか疑っているらしい。
何か、物の怪の類だとでも思っているのだろうか。
「お兄ちゃん。私、ましろだよ」
「違う……ましろはいま病院で眠っているんだ。黒地蔵の呪いのせいで、ずっと目を覚まさないんだ」
やはり、兄はまだ目の前の光景に納得がいっていないらしい。
「違うよ、お兄ちゃん。私、ちゃんと目を覚ましたんだよ。それに、黒地蔵の呪いなんてない。私があんな状態になったのは、ただの私の不注意のせいだよ。軽い気持ちで肝試しなんかして、油断して足をすべらせたから……」
「だとしても、ましろがこんな場所に来るはずがない。それに、こんな嵐の中、ましろが一体どうやってここまで来るって言うんだ」
「自転車に乗って来たんだよ。途中でお兄ちゃんの車が走っていくのも見た……」
そこまで言ったところで、暗闇の中、金属バットがかすかに動く音がした。
「ましろにそんなことが出来るはずがない。あいつはまだ子どもで、一人じゃ何もできないんだ!」
再び空が光った。
一瞬だけ明るくなった視界で、兄は金属バットを頭上に振り上げ、こちらを目がけて振り下ろしていた。
「ひゃっ……!」
雷鳴と同時に私は短い悲鳴を上げ、間一髪のところでバットをかわす。
そのまま勢いよく足元へ叩きつけられたバットは、泥でぬかるんだ地面をえぐった。
あきらかな殺意を感じた。
おそらくは兄自身もパニックになっている。
それほどまでに、黒地蔵への憎悪が強いのか。
いや。
こうなったのも、すべては私への信用が低すぎるせいだ。
「……お兄ちゃんの、わからず屋!!」
私は声の限りに叫んだ。
「私、もう中学生なんだよ!? いい加減、子ども扱いするのはやめてよ!!」
兄は私を信用していない。
いつまでも独り立ちできない、幼い子どもだと思っている。
「ましろは一人じゃまだ何も出来ない。少しでも目を離すと、今回みたいなことになる……。だから、俺が守ってやらなきゃならないんだ」
今回のこと。
山の中で転倒して、意識が戻らなくなって、周りに迷惑をかけて。
確かにそれは、まぎれもなく私自身が招いた結果だった。
「もちろん、今回のことは……私が悪いと思ってるよ。お兄ちゃんとの約束を破って、勝手に山に入って……。でも、そのおかげで気づけたこともあるの。黒地蔵は、呪いの地蔵なんかじゃない。ありもしない噂を流して、心霊スポットなんかに仕立て上げたのは、私たち人間なの。黒地蔵の悪い噂はみんな、私たちが作り出した嘘なんだよ!」
「……黒地蔵を擁護するってことは、やっぱりお前はましろじゃない」
再び、バットが持ち上げられる音が聞こえた。
「お前は黒地蔵の仲間か、あるいは黒地蔵そのものか……どっちだっていい。黒地蔵もろとも、俺が今この場で退治してやる!」
視界が悪い。
空は光らない。
今度こそ、私は逃げる術を失った。
(やられる……!)
いずれ来る衝撃に備えて、私は全身を硬直させた。
「…………あれ?」
しかし、いくら待ってもバットは降ってこなかった。
ザアザアと降りしきる雨の中、兄が何やら呻くような声を出す。
「くそっ……またか!」
空が光った。
再び明るくなった景色の中で、私の目に飛び込んできたのは、後ろから誰かに腕を引っ張られている兄の姿だった。
けれど、兄の背後には誰もいない。
少なくとも、今の私の目にはその姿は映らない。
「……もしかして、クロ?」
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