黒地蔵

紫音

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23:罪

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「……すまない、ミドリ。全部オレのせいだ」

 クロはそう言うと、すぐにきびすを返して、自分の体がある方角へと足を向けた。

「シロはここにいろ。ミドリのそばにいてやってくれ」

 私が返事をするよりも早く、彼は再び前を向いて駆け出した。

「クロ、大丈夫かな……」

 遠くなる背中を見送りながら、私が不安の声を漏らすと、ミドリさんは呆れたように鼻で笑った。

「大丈夫ちゃうやろ。『呪いの地蔵』とか言うて勝手に恨まれて、挙げ句の果てには物理的に壊されようとしてんねんで。そんなことされたら普通は怒り狂うわ。クロはああいう性格やから人間を攻撃したりはせんけど、他の地蔵なら、あんたの兄ちゃんもただじゃ済まんで」

「ごめんなさい……。もともとは私が、軽い気持ちで肝試しなんかに来たから……」

 私がうなだれていると、「それや」と、ミドリさんは私の鼻先に人差し指を突きつけて言う。

「ほんまにクロに悪いと思ってるんならな、何が何でもクロを守れ。あいつは、このまま死ぬ気かもしれん」

「え……?」

 クロが死ぬ。

 それも、自分の意思で?

「どういうこと? 死ぬ気って……。それは、お兄ちゃんに襲われても抵抗する気がないってこと?」

「わからんか? 前にも言うたけど、地蔵っちゅうもんは、自分の存在意義を見失ったら死ぬんや。クロはな……あいつは、黒地蔵として自分が存在するおかげで、人間を危険な目に遭わせてしもうとると罪の意識を感じてるんや。自分さえいなければ、人間がこんな山奥に肝試しに来ることもないし、無駄にケガする奴もおらんのにってな」

 存在意義。

 自分がこの世に存在する理由。
 そして、それによって生み出される価値。

「しかも今回は、シロ。あんたが幽体離脱して、元の体に戻れん事態にもなってる。さらにそれが原因で、ウチもこんな風に襲われたわけやからな。クロは、今度こそ自分の存在意義を完全に否定するやろ」

 ミドリさんの説明を聞いて、私の脳裏では先ほどのクロの言葉がよみがえる。

 ——全部オレのせいだ。

 あれは、そういうことだったのだろうか。

「そんな……。クロは、何も悪くない。黒地蔵を勝手に怖がって、ありもしない噂を流してるのは人間の方なのに」

 地元で有名な『呪いの地蔵』。
 誰もが面白おかしく噂して、肝試しのオモチャにして。

「なのにクロは……私を助けてくれた。山の中を案内して、勇気づけてくれて。クロがいなかったら、私はずっと、あの場所で泣いていただけかもしれない。今の私があるのは、クロがいてくれたからなのに」

「せや。クロが今まで助けた人間は、あんたの他にもいっぱいおる。山の中で迷子になったり、崖から落ちそうになったり、川で流されたり……もちろん、助けが間に合わんかったときもあるやろうけど。それでも、そういう人間を今まで何度も助けてきたんや」

 きっと、あの日もそうだったのだろう。

 私がまだ小さかった頃、兄と二人で川で遊んだ日。

 あのとき、溺れて死にそうになっていた私を、水の中から引っ張り上げてくれた、優しい手。

「あいつは腐っても地蔵で、人間の味方や。やから、人間であるあんたが説得すれば、少しは自分の存在意義も見出せるかもしれん。地蔵のウチがいくら言うてもあかん。人間であるあんたの声で、その気持ちを届けたるんや」

 クロに生きていてほしい。

 自分の存在を、誇りに思ってほしい。

「……わかった。私、クロのところに行ってくる」

 私にどこまでのことができるのかはわからないけれど。
 それでも、彼の力になりたい。

 今までずっと、彼に助けてもらったから。

 今度は、私がクロを助ける番だ。

「ありがとう、ミドリさん。ミドリさんがいなかったら私、どうすればいいのかわからなかったと思う」

「別に礼を言われるようなことはしてへん。ウチがこんなこと言うてるのもあんたのためやなくて、クロのためやからな」

「ミドリさんは、本当にクロのことが好きなんだね」

 私がそう言った瞬間、ミドリさんは急にびっくりしたような顔をして、

「はぁ——!? そんなんちゃうわ!! クロにはこれからもグリコの相手してもらわなあかんからな。それだけや!!」

 まるで照れ隠しのように声を荒げるミドリさんに、私はつい笑みをこぼしてしまう。

「ふふ。素直じゃないね」

「うっさいわ! わかったら早よクロのとこ行かんかい!!」

「うん!」

 私が軽快に返事をしたその瞬間。


 空が光って、雷が落ちた。



 反射的に閉じたまぶたを再び開けると、そこに見えた景色は、一瞬前とはあきらかに違っていた。

 薄暗い部屋。
 天井の照明は落とされているが、周りにひしめく機械は静かに稼働している。
 ピッ、ピッ、と規則的に鳴る電子音に紛れて、どこかで雨が打ち付けるような音がする。
 部屋の外では雨が降っているのだろうか。

(ここは……?)

 体が重い。

 私は何かベッドのようなものに寝かされているようで、視線だけを動かして周りをうかがってみると、見覚えのある機械が目に入った。
 それはつい昨日、ミドリさんと訪れた病院で見たものだ。

(ここは、病院……?)

 段々と思考がはっきりとして、全身の感覚が戻ってくる。

 私の魂はいつのまにか、私の体に帰還していた。
 
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