黒地蔵

紫音

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19:グリコ

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 クロと二人で歩いている間も、私の頭の中ではずっと、ミドリさんの言葉がぐるぐると回っていた。

 クロが、死んでしまうかもしれない……。

 なぜ彼女がそんなことを言ったのかはわからない。
 けれど、何か虫の知らせのような胸騒ぎがする。

「どうした、シロ」

「ふえっ……!?」

 不意打ちでクロから話しかけられて、私は思わずヘンな声を出してしまった。
 クロは全く気にしていない様子で、

「オレに何か聞きたいことでもあるのか?」

 と、真面目な顔で聞いてくる。
 いっそ私のヘンな声で笑ってくれた方がよかったのに。

「え、なんで……? 私、そんなに何か聞きたそうな顔してた?」

「さっきからずっと、オレの顔をちらちら見てる」

「う……」

 指摘されて、初めて気づく。
 こんなに至近距離からじろじろと相手の顔ばかり見ていたら、バレて当たり前じゃないか。

「あー……いや、ええと。そんな大したことじゃないんだけど」

 どう聞けばいいのだろう。

 ミドリさんの言葉を借りるなら、『近い内にポックリ逝くの?』という質問になるけれど、そんな失礼なことを聞けるわけがない。

「あ、そうそう! さっき言ってた『グリコ』って何かなーと思って!」

 ふと思いついて、私はそう口にした。
 実際『グリコ』の正体についても気になっていたし、ちょうどいい。

「グリコか。あれは、ジャンケンをして勝った方が前に進んでいく遊びだ」

 言われて、そういえばそんな遊びもあったような、という気がした。

 反応の薄い私の顔を見て、クロは、

「そうか……。今の子どもはグリコを知らないのか」

「な、なんかジジくさいセリフだね、それ」

 とはいえ、全く知らないわけではない気がする。
 ジャンケンを使った遊びは子どもの頃にたくさんやったし、私が忘れてしまっているだけという可能性はある。

「一緒にやってみるか? ミドリはグリコが好きなんだ。お前も気に入るかもしれない。……階段はないが」

「階段?」

「グリコは階段を使ってやる遊びだ。でも、なくてもできる」

 クロに教えてもらいながら、私たちは二人でグリコを始めた。

 ジャンケンをして、勝った方が前に進む。

 グーで勝ったら『グリコ』。
 文字の数だけ前に進める。
 グリコなら三文字だから、三歩前進だ。

「チョキで勝ったら『チヨコレイト』で六歩。パーで勝ったら『パイナツプル』で六歩だ」

 最初のジャンケンではクロが勝った。
 グーだったのでグリコ。

 次は私がパーで勝ったので、六歩進んでクロを追い越す。

「これって、私の勝ち?」

「いや、まだだ。ゴールを決めて、そこにたどり着くまで競うんだ。……そうだな。この先に、古い空き家がある。そこをゴールにしよう」

 遊んでいる内に、段々と楽しくなってくる。

 そして同時に、どこか懐かしい感覚を覚える。

「私やっぱり……この遊び、知ってるかも」

 昔、どこかでグリコをしたことがあるような気がする。

 はてどこだったか、と小さい頃の記憶を手繰り寄せていると、

「……わかった! おばあちゃんだ!」

 祖母の優しい顔が浮かんで、私は合点がいった。

「おばあちゃん?」

「小さい頃、おばあちゃんに教えてもらって、一度だけやったことがあるの。どうして今まで忘れていたんだろう……」

 もう何年も前の記憶。

 祖母とグリコで遊んで、楽しくて、他の友達とも一緒にやりたくなって。
 けれど周りには誰もグリコに興味を持つ子がいなくて、それきり話題にすることもなくなってしまったのだ。

「昔の子どもは、みんなやってたらしいけどな」

 クロがまたグーで勝って、三歩だけ進む。

 もしかして、私を勝たせるために、一番少ない文字数のグーしか出さないつもりだろうか。

 と思いきや、私がパーを出すとクロは今度はチョキを出して、あっという間に私の所まで追いついてきた。

「オレも昔、人間の子どもと一緒にグリコをしたことがある。……というより、そいつに教えてもらったんだ。お前以外に人間と話せたのは、そのときだけだったから」

 言いながら、パーで勝ったクロは軽快なステップで私を追い越していく。

 その横顔は、見間違いかもしれないけれど、小さく微笑んでいるように見えた。
 
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