黒地蔵

紫音

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15:私の体

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 まだ外来の受付が始まっていない入口をすり抜けて、私たちは病棟へ足を踏み入れた。

「さすがに病室がどこやっていう情報はつかんでへんから、一部屋ずつ当たっていくしかないな」

 どうやらミドリさんでも、私の体がある部屋の場所まではわからないらしい。

 総合病院なので中はかなり広いけれど、とにかく片っ端から見て回るしかない。
 きっと時間がかかるだろうな——と覚悟したものの、部屋の壁をすり抜けられるおかげで、思いのほかスムーズに事が運んだ。

 捜し始めて三十分もしない内に、私たちはその場所へとたどり着いた。

 部屋に入った瞬間、その異様さに息を呑む。

 他の病室とは明らかに違う、物々しい雰囲気。

 真っ白な壁と天井に囲まれたその部屋には、ベッドは一つだけだった。
 そしてその周りには、医療用のものらしき機械が所狭しと置かれている。

「この部屋、知ってるで。集中治療室とかいうやつやろ」

 ミドリさんが言った。
 彼女が物珍しそうに辺りを眺めている間に、私はゆっくりとベッドの方へ近づいていく。

 布団の上には、一人の患者が横たわっていた。
 青い病衣に身を包み、人工呼吸器に繋がれたまま、静かに眠り続ける少女。

 その顔は、見間違えるはずがない、私自身のものだった。

「おー、ぐっすり眠ってるなぁ。外傷は思ったほどじゃなさそうやけど、脳は無事なんやろか。心拍は安定してるみたいやな」

 胸元が規則的に上下しているので、呼吸は問題なくできている。

 生きている。

 それだけでも確認が取れたことで、私は安堵した。

「これって、どうすれば元に戻れるの?」

 自分の体を目の前にしながら、私は次にどうすればいいのかわからなかった。
 きっとミドリさんなら何か知っているだろう、と期待していたのだけれど、

「ウチもわからん」

 と、彼女はあっけらかんと答えた。

「えっ。……知らないの!?」

 まさかの返答に、私は驚愕した。

「む、なんやその顔。ウチだってこういうシーンに出くわしたのは初めてなんやから、知るわけないやろ。幽体離脱なんて、そんな頻繁ひんぱんに起こるようなもんとちゃうねんから」

「そ、そんなぁ……」

 落胆していても仕方がない。
 とりあえず、私は自分の体に手を当ててみたり、体を重ねてみたり、両手を組んで念じてみたりした。

「あっはっはっは。何してんねん。おもろいな、あんた」

「笑ってないで助けてよ!」

 どうも緊張感のないミドリさんとは対照的に、私は焦っていた。

 目の前にゴールがあるのに、どうしようもない。
 早く元に戻らなければ、私は今度こそ本物の幽霊になってしまうかもしれないのに。

 何かヒントになりそうなものはないだろうか——と考えたとき、ふと、さっきミドリさんが言っていたことを思い出す。

「そういえば、私以外にも一人だけ、幽体離脱をした女の子がいたって言ってたよね?」

 ここに来る途中、ミドリさんが口にした昔話。
 クロが五十年以上前に出会ったという女の子。
 そのときの話が本当なら、その子は無事に元の体へ戻れたはずだ。

「あー、そういや、そうか。でも、そんな細かいところまでは聞いてへんなぁ。クロなら何か知ってるのかもしれんけど……」

「ミドリさんの力で、クロに連絡を取ることはできないの?」

「……見かけによらず人使いが荒いなぁ、あんた。大人しそうな顔しよってからに」

 ウチは便利屋とちゃうねんで、と唇を尖らせながらも、渋々といった様子で外の様子をうかがうミドリさん。
 どうやら近くに動物のお友達がいないか捜してくれているようだ。

(どうか、無事に元に戻れますように……)

 胸の中で祈りながら、目の前の自分の寝顔を見つめる。

 と、そのとき。

「——……やめて、朱志さん!!」

 聞き覚えのある声が、届いた。

(この声は……)

 悲痛な叫び声。

 そして、私のよく知る名前。

 聞き違いでなければ、そう遠くない場所で、葵ちゃんが私の兄の名を呼んでいた。
 
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