黒地蔵

紫音

文字の大きさ
上 下
7 / 30

6:幽体離脱

しおりを挟む
 
          ◯


 それから、どれくらいの時間が経ったのか。

 気がつくと、いつのまにか私の目の前には葵ちゃんの顔があった。

「ましろ、ましろ。起きてよ、お願い……!」

 その瞳からボロボロと涙をこぼしながら、彼女は必死に呼びかけてくる。

(あれ……私、気を失ってた?)

 なんだかボーっとする。
 そういえば頭を打ったんだっけ。

「ばか。揺らすな! 今うちの親もこっちに向かってる。たぶん救急車の方が先に来るから、それまでは安静にさせておくんだ!」

 葵ちゃんの隣には金田くんの姿もあった。
 どこか切羽詰まった様子で、その手にはスマホが握られている。

(あ、いいなぁスマホ……)

 ここにいる五人の中で、携帯電話を持っているのは彼だけだった。
 私を含めた他の四人は、携帯は高校生になってからと親に言われている。

「梅丘……ぜったいに死ぬなよ」

 やけに真剣なトーンでそんなことを言われて、大袈裟だなぁ、と思った。

 土手から転げ落ちて、少しだけ気を失っていたようだけれど、今はこうしてはっきりと意識がある。
 体も痛むところは特にないし、動いても問題はなさそうだったので、私は「大丈夫だよ」と言いながら、ゆっくりと上体を起こした。

 けれど、

「おい金田。救急車はいつ来るんだよ。このままじゃ手遅れになるんじゃないか?」

「そうだよ! やっぱ俺たちで運んだ方がいいって。その方が絶対早いだろ!」

 男子二人が噛み付くように金田くんに詰め寄る。
 当の私のことは眼中にないようで、

「あ、あの、私はこのとおり大丈夫だから……」

 そう訴えても、こちらの声はまるで聞こえていないようだった。
 気が動転して、周りが見えていないのだろうか。

 どうしよう——と思いながら、縋るような気持ちで隣の葵ちゃんを見る。
 すると、彼女もまるで私の視線には気づいていない様子で、心配そうな面持ちで男子三人の方を見つめていた。

「あの……葵ちゃん? 私、このとおり元気だからさ」

 ちょっと苦笑いしつつ私が言うと、

「ごめん、ましろ……私のせいで……こんなことになっちゃって……」

 葵ちゃんは完全に私を無視して、涙を溢れさせながら、道路に横たわった私の体の前で項垂れている。

 ……って、私の体?

(あれ?)

 何かが、おかしい。

 私はこのとおり元気で、他の四人の様子を見守っている。

 なのに、なぜか、私の体は固いアスファルトの上で、だらりと四肢を投げ出していた。

 私が、私の目の前に倒れている。

「えっ…………どういうこと!?」

 思わず大声を上げてしまう。

 それでも、他の四人は全く反応しない。
 おそらく——というより間違いなく、私の声が届いていない。

「葵ちゃん! 私、ここだよ! ここにいるよ! 見えないの!?」

 慌てて葵ちゃんの肩に触れようとすると、私の両手はするりと彼女の体をすり抜けてしまった。

(えっ……?)

 触れられない。

 私はそのまま地面に倒れ込み、私の体の前に膝をついた。

 うなだれたまま、思わず自分の両手を見つめる。
 心なしか色素が薄くなったように見えるその手は、なぜか砂の一粒も付着していない。
 先ほどは確かに土手を転げ落ちたはずなのに、浴衣の袖も破れるどころか汚れ一つ付いていない。

 誰にも触れられず、声も届かず、存在を認識してもらうこともできない。

(これって、もしかして……)

 まるで幽霊にでもなったかのようだった。

 いや、というよりも。

(私、幽体離脱しちゃったの……!?)

 以前、漫画か何かで読んだことがある。

 幽体離脱とは、自分の肉体から魂だけが抜け出してしまう状態のことだ。
 こうなってしまった場合、早く元の体に戻らないと、そのまま死んでしまうという話も聞いたことがある。

「ど、どうしよう……。葵ちゃん、金田くん、みんな! 私、ここにいるよ!」

 必死に訴えてみるものの、誰もこちらの存在には気づいてくれない。

 やがて暗い道の先からは救急車とパトカーが赤灯を回しながらやってきた。

 金田くんが手早く状況を説明し、他の三人とともにパトカーへ乗り込む。

 救急隊の人たちが私の体を車内へ運び込む間、私はその場の全員に話しかけてみたけれど、誰一人としてこちらの声に気づいてはくれなかった。
 さらには何も触れることができない私は救急車に乗ることさえもできず、その場に一人取り残されて、走り去っていく彼らの姿を見送ることしかできなかった。

 みんなが遠くなっていく。

 私の体も、私から離れていく。

 このままでは、私はもう二度と元の姿に戻ることはできない。

 ということは、

「私……死んじゃうの……?」

 最悪の状況が頭を掠めた瞬間、私は実体があるわけでもないのに、右の頬に涙が伝ったのを、確かに感じ取った。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

コボンとニャンコ

魔界の風リーテ
児童書・童話
吸血コウモリのコボンは、リンゴの森で暮らしていた。 その日常は、木枯らしの秋に倒壊し、冬が厳粛に咲き誇る。 放浪の最中、箱入りニャンコと出会ったのだ。 「お前は、バン。オレが…気まぐれに決めた」 三日月の霞が晴れるとき、黒き羽衣に火が灯る。 そばにはいつも、夜空と暦十二神。 『コボンの愛称以外のなにかを探して……』 眠りの先には、イルカのエクアルが待っていた。 残酷で美しい自然を描いた、物悲しくも心温まる物語。 ※縦書き推奨  アルファポリス、ノベルデイズにて掲載 【文章が長く、読みにくいので、修正します】(2/23) 【話を分割。文字数、表現などを整えました】(2/24) 【規定数を超えたので、長編に変更。20話前後で完結予定】(2/25) 【描写を追加、変更。整えました】(2/26) 筆者の体調を破壊()3/

【完】ノラ・ジョイ シリーズ

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!? ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

とじこめラビリンス

トキワオレンジ
児童書・童話
【東宝×アルファポリス第10回絵本・児童書大賞 優秀賞受賞】 太郎、麻衣子、章純、希未の仲良し4人組。 いつものように公園で遊んでいたら、飼い犬のロロが逃げてしまった。 ロロが迷い込んだのは、使われなくなった古い美術館の建物。ロロを追って、半開きの搬入口から侵入したら、シャッターが締まり閉じ込められてしまった。 ここから外に出るためには、ゲームをクリアしなければならない――

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

迷宮階段

西羽咲 花月
児童書・童話
その学校にはある噂がある 「この学校は三階建てでしょう? だけど、屋上に出るための階段がある。そこに、放課後の四時四十四分に行くの。階段の、下から四段目に立って『誰々を、誰々に交換』って口に出して言うの。そうすれば翌日、相手が本当に交換されてるんだって!」 そんな噂を聞いた主人公は自分の人生を変えるために階段へ向かう そして待ち受けていたのは恐怖だった!

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

処理中です...