4 / 30
3:山へ
しおりを挟む男子三人のうち、二人の自転車がママチャリだった。
これ幸いと、私と葵ちゃんはそれぞれ二人の後ろに横向きで腰掛ける。
「よっしゃ、とばすぞ。落ちないようにしっかり掴まってろよ!」
金田くんが言った。
私は彼の後ろから、その腰に手を回す。
走り出した自転車はみるみるうちに加速して、あっという間に祭りの明かりから遠ざかってしまった。
そのまま川に沿って五分ほど進むと、やがて道の先に山の入口が見えてくる。
雑草が伸び放題のそこは街灯もなく真っ暗で、さらには苔だらけのお地蔵さまがぽつんと立っていたりして、どう見てもお化け屋敷の入口としか思えない。
——気をつけて帰って来るんだぞ。特に山の方は危険だから……。
兄の言葉が、まるで呪いのように蘇る。
言いつけを破ったことがバレたら、きっと叱られる。
特に山の中や川の近くは、兄が最も嫌う場所だった。
幼い頃に私が溺れたのも、山の入口付近にある川の岩場だったからだ。
「……やっぱり、怖いか?」
不意に、金田くんの声が聞こえた。
ハッとして見ると、彼は珍しく心配そうな顔で、肩ごしにこちらの様子をうかがっている。
「怖いなら、別に無理しなくてもいいんだぞ。今ならまだ引き返せるし」
「う、ううん。大丈夫! ちょっと考え事してただけだから、平気だよ」
「そうか? その割には、俺の腰に回してる腕、めちゃくちゃ力が入ってるみたいだけど」
言われて、初めて気づく。
いつのまにか、私は力の限り彼の腰を抱きしめてしまっていた。
「あっ……ご、ごめん! 苦しかった?」
「いや、いいけど。あっ、手は離すなよ。落っこちるぞ」
いつになく優しい彼の声。
どうやら本気で心配してくれているらしい——そう思うと、こうして曖昧な返答で誤魔化しているのは失礼な気がしてくる。
「……あ、あのね。実は……」
おずおずと、私は胸に抱えている不安を正直に話し始めた。
本当は、こうして寄り道をするのは禁じられていること。
特に山の方へは行くなと言われていること。
兄が昔から心配性で、その原因が私自身にあること。
一通り話し終えるまで、金田くんは静かに私の声に耳を傾けてくれていた。
「……なんか、ごめんね。せっかく誘ってくれたのに、こんな話をしたら白けちゃうよね。でも、バレなければたぶん大丈夫だし、肝試しを楽しみにしてるのは本当だから!」
「別に、バレてもいいんじゃないか?」
「……え?」
予想外の反応に、私は目を瞬かせる。
「お前の兄ちゃんが心配性なのって、お前のことをまだ半人前だと思ってるからなんだろ? なら、いっそ見せつけてやりゃいいじゃん。お前がすでに一人前だって証拠」
言いながら、金田くんは自転車のスピードをさらに上げる。
流れていく景色はほとんど真っ暗で何も見えないけれど、そのぶん空に散らばる星の光はいつもより綺麗に見えた。
「山に入って肝試しして、全然怖くなかったーって平気な顔で帰ってきたら、その兄ちゃんも少しはお前のことを認めてくれるんじゃないか?」
そうなのだろうか。
言われてみれば確かに、これはチャンスなのかもしれない。
兄がいつまでも私を心配するのは、きっと今の私を見てくれていないからだ。
私はもう子どもじゃない。
兄の助けがなくたって、自分の意思でどこへだって行ける。
私はもう、中学生なのだから。
「そろそろだぞ! 急カーブを抜けたら、例の心霊スポットだ!」
金田くんが他のメンバーへ呼びかける。
この急カーブは、過去に車の事故で死者を出したこともある危険な場所だった。
カーブを抜けた先には、黒地蔵がある——そう認識した途端、ぶるっと全身に寒気が走った。
後から思えば、それは虫の知らせだったのかもしれない。
けれどそのときの私は、根拠のない自信に満ち溢れていた。
これで兄を見返すことができる。
その自信だけが私の心を奮い立たせ、湧き起こる衝動を加速させていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【完】ノラ・ジョイ シリーズ
丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴*
▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー
▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。
桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。
それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。
でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。
そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。

迷宮階段
西羽咲 花月
児童書・童話
その学校にはある噂がある
「この学校は三階建てでしょう? だけど、屋上に出るための階段がある。そこに、放課後の四時四十四分に行くの。階段の、下から四段目に立って『誰々を、誰々に交換』って口に出して言うの。そうすれば翌日、相手が本当に交換されてるんだって!」
そんな噂を聞いた主人公は自分の人生を変えるために階段へ向かう
そして待ち受けていたのは恐怖だった!
とじこめラビリンス
トキワオレンジ
児童書・童話
【東宝×アルファポリス第10回絵本・児童書大賞 優秀賞受賞】
太郎、麻衣子、章純、希未の仲良し4人組。
いつものように公園で遊んでいたら、飼い犬のロロが逃げてしまった。
ロロが迷い込んだのは、使われなくなった古い美術館の建物。ロロを追って、半開きの搬入口から侵入したら、シャッターが締まり閉じ込められてしまった。
ここから外に出るためには、ゲームをクリアしなければならない――
てのひらは君のため
星名柚花
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。
彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。
無口、無表情、無愛想。
三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。
てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。
話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。
交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。
でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる