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第三章
縁結び
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それから半年後。
二〇二一年——令和三年、元旦。
狭野は一人、あの神社を訪れていた。
古くから地域に愛されたこの神社の境内は、今年も初詣客で溢れている。
そしてここにいる誰もが、あの夏の夜のことを知らない。
あの日、あの神楽殿の舞台で起こったことを知っているのは、狭野と祓川と霧島、そして、高原の四人だけだった。
——高原にはどうか、君の口から伝えてほしい。あの夜にあったことを全て、包み隠さず、正直に伝えてほしい。
彼女に軽蔑されても構わないからと、祓川からそう頼まれて、狭野はその通りにした。
事実を知った高原は驚いていたが、それについて特に何か言及することはなかった。
その後の彼らがどうなったのかは、狭野は知らない。
あの件で祓川は自首をすると言っていたが、それは狭野が止めた。
せっかく、神様が悲劇を未然に防いでくれたのだ。
その恩に報いるためにも、祓川にはこれからもこの神社の宮司として、街の人々に貢献してほしいと狭野は訴えた。
その結果として、祓川は今もここで神様に仕えながら、人々に祈りを捧げる日々を送っている。
そして、自分はといえば。
あの神楽の夜を終えてから、狭野はぽっかりと胸に穴が空いたような、どこか空虚な毎日を過ごしていた。
今まで予言のことばかり考えて生きてきたため、こうしていざそれを乗り越えてしまうと、途端に手持ち無沙汰になってしまう。
予言がないと、自分はこんなにも空っぽな人間だったのだと、今さらになって気づかされたのだった。
「狭野先生ー!」
と、どこからか聞き覚えのある複数の声が届いた。
見ると、境内の奥から、四人の女子グループがこちらに駆け寄ってくるのがわかった。
狭野が学校で担当している、六年生の子たちだ。
クラスはバラバラだが、仲良しグループなのだろう。
その中に、霧島の姿もある。
「あけましておめでとうございます!」
「先生も来てたんだね」
「一人で来たの?」
霧島以外の三人が口々に言った。
狭野は最初こそ彼女らと当たり障りのない話をしていたが、このご時世であまり集団で談笑するのは良くないと注意を加える。
すると彼女らは少しだけ気まずそうに笑って、逃げるようにして今度は御守りの受付の方へと去っていった。
霧島だけは何か言いたげに狭野の方をちらちらと伺っていたが、結局は何も言わずに他のメンバーの後を追った。
その背中を見送って、狭野がそろそろ帰ろうかと踵を返したとき、
「えっ。高原先生!? どうしたの、その格好」
そんな声が聞こえて、思わず足を止める。
振り返って見ると、彼女たちの群がる受付の窓口に、見覚えのある顔があった。
巫女装束に身を包んだ細身の女性。
ガラス越しに見える顔は、間違いない。
受付で御守りを販売していたのは、高原だった。
彼女らのやり取りを聞いていると、どうやら高原は時々、仕事の合間を縫ってこの神社へ手伝いに来ているらしかった。
「えー、いいなあ。ここでお手伝いするってことは、龍臣さまと一緒にいられるってことでしょ?」
女子の一人が羨ましげに言って、高原は苦笑する。
そしてその直後、周囲から黄色い声が上がり始めて、どうやら件の宮司がその場に姿を見せたことがわかった。
(……なんだ。案外、仲良くやっているんじゃないか)
これも神様の思し召しなのだろうか。
やはり、縁結びの神の名は伊達じゃない。
「狭野先生」
と、彼らに気を取られている内に、急にすぐそばから声を掛けられた。
見ると、いつのまにこちらへ来たのか、霧島が隣から狭野を見上げていた。
「どうしたの、霧島。みんなと一緒に御守りを買わなくていいの?」
「先生、ちょっとだけ耳を貸して」
珍しく、彼女は急かすように言った。
どうやら他の子たちが見ていないうちに済ませたいらしい。
狭野は言われた通りに膝を折り、霧島の口元へと耳を近づけた。
霧島は首元のマフラーを少しだけ下へずらし、その赤い唇を露出させて、囁くように言った。
「私ね、……狭野先生のことが好き」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
えっ、と狭野が反応するよりも早く、霧島はあろうことか、狭野の頬へ触れるだけのキスをした。
「なっ……」
思わず狭野が後ずさり、目を白黒させていると、霧島はにんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「返事は、まだまだ先でいいよ」
と、小悪魔っぽく首を傾げた。
「私、今はまだ子どもだから……高原先生には全然敵わないけど。でも、これからどんどん大人になって、もっと綺麗になったら、またこうして、もう一度先生に告白するから」
彼女のそれは、まるで予言のようで。
「だから、そのときになったら……先生の返事を聞かせてね」
言い終えるなり、彼女は照れ隠しのようにマフラーで再び口元を覆うと、足早に友達のもとへと戻っていった。
いきなりの出来事に、狭野はぽかんとした顔のままま、その場に一人取り残される。
その視線の先で、宮司の衣装に身を包んだ祓川が、周囲の人々へこの神社について説明する。
「この神社に祀られているのは、縁結びの神様です。古くは災いをもたらす荒ぶる神として恐れられていましたが、その御魂を手厚く祀ったことで、非常に強力な守護神へと変貌を遂げたと伝えられています」
彼の傍らで、高原は色とりどりの御守りを少女たちへと手渡す。
そうして喜ぶ彼女らの姿を見て、穏やかに目を細めながら言った。
「今年もみんなに、素敵なご縁がありますように」
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(6件)
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読み終わってしまった…
良い作品は何故、読み終わった後に虚無感かくるんでしょうね~
『人は変わる事が出来る』なのか『初恋は実る』なのか、どちらがテーマなのかしら(笑)
最後までお読みいただきありがとうございます!
良い作品と言っていただけて嬉しいです。
本編を書き終えてから数年経ってしまったので、うろ覚えですが……テーマは確か『多面性』だったかな?と思います。
物事を表面的にしか受け取らなかった主人公(狭野)が、それまで見えなかった幼馴染たちの側面に気づいていくお話でした。
お気に入りに登録しときますね
めちゃくちゃ良かったです
ありがとうございます!
「良かった」と言ってもらえて嬉しいです🥰
励みになります!
感想ありがとうございます🙌
一気読み嬉しいです🥰
今後も成長できるように執筆がんばります!