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第三章
災い
しおりを挟む「……恐れ入ったな。そこまでわかっていながら、なぜ君は逃げないんだ? 今ここで俺が刀を抜けば、すぐにでも君を殺せるんだぞ。君は俺のために、自分の命をも擲つつもりなのか?」
緊張から震えそうになる声を、剣舞の勢いで誤魔化す。
神様の話を鵜呑みにしたわけじゃない。
けれど、狭野がこちらの全てを見透かしているのはもはや紛れもない事実だった。
「確かめたかったんだ。神様が僕に、一体何を期待しているのかを」
「期待、だと?」
「神様は全部教えてくれた。その刀が本物であることも、キミが僕を殺そうとしていることも……。それはつまり、僕が全てを知った上でどんな行動を取るのか、神様に試されているんだよ。僕の行動次第で、今日のことは災いにも、その逆にもなる。災いを予言したのは神様だけれど、実際に災いを起こすのは僕たち人間だから」
その言葉を耳にしたとき、祓川の脳裏に父の姿が浮かんだ。
——災いは神が起こすのではなく、私たち自身が招くのだ。
か細い声で、病床で呟くように言っていた。
——人は誰しも、心の中に鬼を飼っている。鬼は私たちの心の在り方次第で、恐ろしい災いをも起こす。神はそれを知った上で、静かに私たちを見守っている。
くだらない。
今までどこにもいなかった神が、今さらどの面を下げてこちらを見守っているというのか。
笛の高音が響いたのを合図に、狭野と祓川は再び正面から向かい合った。
「君は本当に可笑しな奴だな、狭野。自分が殺されることをわかっていながら、みすみす俺の前に丸腰でやってくるなんて」
「僕はただ殺されるためだけに来たわけじゃないよ。知らないことを知ろうとしたんだ。僕はもともと、人の心の機微に聡いわけじゃないから……知らず知らずのうちに、キミや舞鼓の心を傷つけていたのかもしれない。だから、キミが僕に殺意を抱く理由を、ちゃんと確かめたかったんだ」
「なら教えてやる。高原は君のことが好きなんだ。けれど君は、いつも彼女の想いを袖にする。君が生きている限り、彼女は幸せになれないんだ!」
言うなり、祓川は手にした刀を鞘ごと大きく振り上げると、狭野の肩口へと容赦なく振り下ろした。
ドッ、と重い音を立てて、それは鬼の身体を強打し、薙ぎ倒す。
たまらず舞台の床へ叩きつけられた狭野は頭部へのダメージもあったのか、脳震盪でも起こしたかのように痙攣し、一向に起き上がる気配を見せなかった。
「災いだか何だか知らないが、君がその気なら、望み通り俺が引導を渡してやろう!」
祓川は再び刀を頭上へ振り上げると、同じように何度も鬼の身体へと打撃を加えた。
今までずっと自分が受けてきた痛みを、狭野の全身に打ち込んでいく。
本来は狙わないはずの頭や腹なども、気にすることなく滅茶苦茶に叩く。
「君にはわからないだろう。高原の苦しみも、俺の痛みも!」
やがて鬼の面が割れ、欠けた隙間から光る狭野の目が、確かな意思を持って祓川を見上げた。
視線が合った瞬間、思わず祓川の手が止まる。
「……僕を殺して、キミが罪人になって……それでキミは、本当に幸せになれるの?」
額から滲む赤で目元を染めながら、狭野は弱々しい声で問う。
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