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第三章
追憶
しおりを挟む探し始めてみれば、店はいくらでも見つかった。
カステラの焼ける甘い匂い。
その芳ばしい香りに当てられる度、霧島は足を止めて辺りを見渡した。
しかし少女の姿はなかなか見当たらない。
やがて何度目かのベビーカステラの看板を見つけたとき、ついにその少女は姿を現した。
屋台の前に、ひどく見覚えのある人物が立っている。
水色の浴衣に、ゆるく結い上げられた黒髪。
霧島とそっくりなその顔は、どこか少しだけ大人びて見える。
会場を駆け回ったことで乱れた息を霧島が整えていると、その隣を、ふらりと一人の少年が追い越していった。
Tシャツにハーフパンツのラフな格好。
服装は違うが、こちらも見覚えがある。
先程、あの少女に話しかけていた男の子だ。
たった一人、あの不思議な少女の存在に気づいていた彼。
あれから一年が経過したことでずいぶんと大人っぽくなったような気がするが、間違いない。
彼は迷うことなく少女の元へ歩み寄ったかと思うと、恐る恐るといった様子で声をかけた。
「あ、あの。……キミ、幽霊だよね?」
幽霊呼ばわりされた少女は少しだけ驚いた様子で彼を見た。
そうして、あたかも初対面のような態度で接するが、もはやどこまでが演技なのかわからない。
彼女がのらりくらりと曖昧な受け答えをしているうちに、やがて土手の上からは神楽囃子の音が聞こえてきた。
今年もまた、それが別れの合図となる。
「ま、待って。せめて、キミの名前を教えてよ!」
別れ際、男の子は必死に懇願した。
「あら。人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るのがマナーよ」
「僕は、狭野笙悟!」
迷わず答えた彼の、その名前を耳にした瞬間。
霧島は、何かがストンと腹に落ちるのを感じた。
ああそうか、と思う。
この夢の風景に、一体どんな意味が込められているのか、それが少しだけわかったような気がした。
この風景はきっと、そこにいる少年の追憶なのだ。
ほどなくして、周りの屋台の風景がまた少し変わり、三年目の夏がやってきた。
次の年も、また次の年も。
彼はあの少女を捜して、この夏祭りにやってくる。
そしてその度に、少女は残酷な未来の予言をするのだった。
「亡くなったの。ちょうど一年前……花火大会が開催されるはずだった、この日に」
打ち上げ花火の光に照らされながら、彼女は言った。
二〇二〇年の夏、あの神楽の舞台で、狭野は殺される。
鬼の役を演じながら、刀で胸を一突きにされて絶命する。
(先生は……ずっと前から知ってたんだ)
以前、図書館の男性から、狭野の話を聞いたことがある。
曰く、狭野には未来を予知する能力があるのだと。
——あの子にはきっと、神様の加護がついているんだろうね。
神様の、加護どころじゃない。
狭野はずっと、子どもの頃から、何度もその神様に会っていたのだ。
いつしか過去の風景は、ほとんど現在にまで追いついていた。
年を重ね、大人になった狭野の姿は、霧島のよく知る彼で間違いなかった。
いつも無表情で、けれど時々、ほんのりと目尻が和らぐことがある。
それが彼なりの、控えめすぎる笑顔だった。
対する少女は、最初に会ったときから何も変わらない。
背丈も、髪型も服装も。
予言の内容も、別れの合図さえも。
「神楽は、苦手なの。先生が死んだときのことを思い出しちゃうから……。だから、ここでさよなら」
神楽囃子の音が聞こえて、彼女は静かに手を振った。
彼女の姿とともに、祭りの風景は空気の中へと溶けていく。
屋台の光も、花火の色も、全てが煙のように、遠い空の向こうへと吸い込まれていく。
後に残ったのは、日暮れ前の、いつもの河川敷だった。
部分的に草の刈られた平らな地面の上に、霧島は立っていた。
どうやら、やっと現実に戻ってきたらしい。
「霧島?」
と、不意に後ろから声を掛けられて、霧島は振り返った。
そこには、現在の——小学校の教師となった、本物の狭野が立っていた。
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