神楽囃子の夜

紫音

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第三章

夢の中で

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「どうなってるんだ……? 僕の目がおかしいのかな。それともこれは、夢?」

「なに一人でぶつぶつ言ってるのよ。それより、ちゃんとベビーカステラは買っておいてくれた?」

 やはり、この女の子も他の人々と同じで、あの少女のことには気がついていない。

 そして当の少女はというと、

「あなた、『しょうご』っていう名前なのね」

 と、やはり霧島と同じでそこに食いついていた。

「あっ! お囃子の音が聞こえるわ。神楽が始まったみたい」

 耳を澄ませてみると、土手の上の方からは神楽囃子が聞こえてくる。

「早く見に行かなきゃ、龍臣の出番が終わっちゃうわ。ほら笙悟、急ぐわよ!」

「あっ、ちょっと。そんなに引っ張らないでよ!」

「それじゃあ、私はここで」

「えっ、来ないの? 一緒に見ようよ。神楽、そこそこ見応えはあるよ?」

 神楽を恐れてその場に留まった少女は、手を振って男の子たちを見送る。
 どうやら彼女も霧島と同じで、神楽が苦手なようだった。
 
 あの鳥居の奥から聞こえてくる、和風の音色。
 それを耳にする度に、あの恐ろしい光景が脳裏に蘇る。

 今まで何度も繰り返し見た夢。
 あの神社にまつわる夢。
 狭野が死んでしまう夢。

 それはまるで、霧島に何かを訴えているようで。

(……まさか)

 今こうして見ているこの風景もまた、あの夢と同じなのだろうか。

 虫の知らせか、あるいは予知夢か。

 誰かが、何かを伝えようとしている——そんな予感が、霧島の胸を打つ。

 そこで不意に人の視線を感じて、霧島は我に返った。

 ちょうど正面に立っていた、自分にそっくりなあの少女が、まっすぐにこちらを見つめていた。
 彼女はその赤い唇に人差し指を近づけたかと思うと、「しーっ」というジェスチャーを送ってくる。

 それは、あたかもこちらの姿を認識しているかのようだった。

 いや。

 あきらかに、彼女には霧島の姿が見えている。

「うっ……」

 と、急な目眩が霧島を襲った。

 視界がぼやけ、平衡感覚が麻痺する。
 たまらずその場に崩れかけた身体を、霧島は寸でのところで持ち堪えた。

 目眩はたった一瞬のことで、すぐに良くなった。

 そうして再び顔を上げたときには、すでにあの少女の姿は消えていた。
 神楽囃子の音もいつのまにか聞こえなくなっている。
 周りで屋台を楽しむ人々だけが、変わらず賑やかに往来していた。

「今のは……?」

 さっきのあれは、一体何だったのだろう。

 あの少女が、こちらに何かをしたのだろうか。

 彼女は一体何者なのだろう。
 まさかとは思うが、彼女こそが、霧島にこの風景を見せている張本人だとでもいうのか。

 彼女に聞けば、全てがわかるのだろうか?

 ——この地に伝わる古い神様はね、未来を予言し、人々を災いから守ってきたんだよ。

 ふと、いつか図書館で館長の男性から聞いたことを思い出す。

 ——神様は様々な生き物に姿を変え、私たちの前に現れる。

 姿を偽り、未来の災いを知らせるため、人々の前に現れる神様。

(まさか……)

 ざわり、と全身の毛が逆立つ。

 まさかとは思うが、あの少女が、その神様だとでもいうのか。

「……ねえ、待って!」

 なんとかあの少女を呼び戻そうと、霧島は声を張り上げた。

「お願い。ちゃんと教えて。あなたは一体、私に何を伝えようとしているの?」

 返事はなかった。
 ガヤガヤとした喧騒だけが、霧島の耳を通り抜けていく。

 だが直後、周囲の風景に、ある違和感を覚えた。

 屋台の配置が、一瞬前までとは変わっている。
 先程までは確かにベビーカステラの屋台があった場所には、今は焼きそばの屋台があった。

 さらに辺りを見回してみると、近くを通りがかった人の手に、またしても祭りのパンフレットを見つけた。
 その見出しには、『平成十八年度 納涼花火大会』の文字がある。

(さっきの一年後……?)

 先程は確か、平成十七年と書いてあったはず。

 ならば、今この場所は先程よりも一年が経過した後の景色なのか。

 この場所にも、あの不思議な少女は現れるのだろうか。
 もしも現れるとしたら、それはベビーカステラの屋台の前ではないのか?

 あの少女が——神様が、霧島の姿を借りて、何かを伝えようとしている。

 そう確信した瞬間。

 霧島はすぐさまその場所から駆け出して、ベビーカステラの看板を探した。
 
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