神楽囃子の夜

紫音

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第三章

祈願参り

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 ゴールデンウィークを間近に控えた、四月の終わり。

 放課後になると、霧島御琴は誰よりも早く教室を出た。
 一度自宅へ帰ることはせず、荷物も背負ったまま、その足であの神社へと向かう。

 この数ヶ月のあいだ、霧島は毎日欠かさずあの神社への参拝を続けていた。
 理由はもちろん、神様に祈りを捧げるためだ。

(神様、どうか……狭野先生を殺さないで)

 狭野を危険な目に遭わせたくない。
 どうにかして、彼をあの神社から遠ざけたかった。

 その一心で、以前、神楽の鬼の役を辞退してほしいと本人にも頼んだのだが、大事な行事だからと聞き入れてはもらえなかった。

 そうなると、あとはこうして神様に直接お願いするしかない。
 およそ神頼みでどうこう出来る問題ではないとも思ったが、霧島にはそれしか方法が思いつかなかった。

 昔の人はよく、大事な願い事を叶えるために、毎日欠かさず神社へお参りをしたらしい。
 特に、それを根気よく百日間続けることで、神様はその人の願いを必ず叶えてくれる——と、図書館の本に書いてあった。

 霧島もちょうど今日で百日目に到達するが、だからといって今日で終わりにするわけではない。
 明日も、明後日も、続けられるところまで続けるつもりだった。
 それで願いが叶うのなら、霧島は百日でも千日でも、何度だってここへ来ようと心に決めていた。

 やがて雑木林の前に着くと、鳥居の下で一礼してから境内へと足を踏み入れる。
 参道の真ん中——神様の通り道らしい——を通らないように気をつけながら奥へと進み、手水舎ちょうずやで手を清め、さらに奥にある拝殿へと辿り着く。
 友達に両替してもらった五円玉を賽銭箱へ投げ入れると、あとは一心に祈るのみだった。

 狭野を護ってほしい。
 彼に無事でいてほしい。
 どうか、彼を殺さないで……。

 そう強く願ってから、霧島はゆっくりと目を開けた。

 これで百日目。

 再び開けた視界には、相変わらず古びた賽銭箱が目の前にあるだけで、何も変化はなかった。
 正面の拝殿は中が見えるように開け放されているが、肝心の神様はどこにもいない。

 こちらの祈りが通じているのかどうかもわからないまま、霧島はきびすを返した。
 ほんのりと夕焼けの色を滲ませた空の下、もと来た道をひとり帰っていく。

 辺りには珍しくひと気がない。
 どころか、霧島がこの神社に来てからというもの、境内で人とすれ違うことは一度もなかった。

 ざわざわと木々が揺れる音を耳にしながら、やがて入口の鳥居が見える所まで戻ってきたとき、どこからか、かすかに人の声がした。
 それは一人二人の話し声というよりも、もっと大勢がひしめき合っているような、催し物か何かを想像させる。

(何だろう……?)

 声は鳥居の向こう側から聞こえてくる。
 ちょうど、あの河川敷のある方だ。

 こんな時期に、イベントでもやっているのだろうか。
 不思議に思って、霧島は少しだけ足を早めた。

 そうして、ちょうど鳥居の足元へと辿り着いたそのとき。
 眼前に広がった光景に、思わず息を呑んだ。
 
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