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第三章
隠し事
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職員室へ戻ると、珍しく教頭が上機嫌に声を掛けてきた。
「聞きましたよ、高原先生。あの祓川さんと同級生だったそうじゃないですか」
窓辺から白い西日の差す放課後。
授業を終えた教師たちの間では、昼間にここを訪れた祓川の話題で持ち切りだった。
特に女性教師たちはどこか浮き足だった様子が見て取れる。
高原が教頭と昔話に花を咲かせていると、周りの目は明らかにこちらへ向いているのがわかった。
「狭野先生はまだ戻られていませんが、来年の鬼の役を任されたそうで。いやあ、名誉なことですねえ」
「ええ、本当に。……でも、あの役は身体的にかなり辛いと聞いていますが」
「らしいですねえ。なんたって刀でビシバシ叩かれるんですから。私の知人も昔一度だけ演じたことがあるそうですが、あれは痛いなんてもんじゃないと言っていましたよ。もう拷問だとか。私のような年の人間がやれば死ぬかもしれませんね。いや冗談ではなく。あっはっは」
死ぬかもしれない。
その不吉な言葉で、高原は以前狭野が言っていたことを思い出す。
——夏祭りの日に、僕はここで命を落とすらしいんだ。この神社の境内で。
夏祭りの日といえば、ちょうどこの神楽の日と重なる。
もしもあの予言が本当だとすれば、彼はまさにこの神楽を演じる日に命を落とすということだ。
(いいえ、考えすぎよ)
高原は頭を振る。
あれはただの迷信だ。
それに、もしも万が一彼の身に何かが起こるとしても、すぐそばにあの祓川がついているなら大丈夫だ。
優しい幼馴染である彼ならば、きっと狭野のことを守ってくれる。
と、高原が教頭の相手をしている内に、やっとのことで狭野が戻ってきた。
ガラガラと職員室の扉を開け、中へ一歩足を踏みれようとしたそのとき、彼は何かに気づいたように立ち止まって、後ろを振り返った。
(誰かいるのかしら)
なかなか部屋に入ってこない彼を、高原は首を伸ばして確認する。
すると、わずかに開かれたままの扉の隙間から、見覚えのある顔が覗いていた。
(あれは……霧島さん?)
またしても、あの少女だった。
彼女と狭野の二人は、こうして何かと関わりを持つ。
高原が注意深く見つめていると、何やら霧島は手紙のようなものを狭野に渡していた。
狭野はそれを受け取るなり、二言三言交わしてから彼女と別れて部屋に入ってくる。
彼が自分の席に着いたのを見計らって、高原は教頭との会話を切り上げ、すぐさま彼の元へと歩み寄った。
「狭野先生。今、私のクラスの霧島さんが来ていませんでしたか?」
「え、いや……」
高原が詰め寄ると、狭野はいつになく落ち着かない様子で、手元の手紙らしきものをさりげなく教科書の下に隠した。
「別に、大したことではありませんので」
そう言った彼の瞳は、わずかに揺れていた。
いつもは呆れるほどに正直で、誰に対しても自分を取り繕おうとはしない彼が、こんな風に白を切るのは珍しい。
高原は釈然としないものを胸に抱えながらも、しかしそれ以上は無理に踏み込まなかった。
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