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第三章
継承
しおりを挟む「龍臣、大丈夫?」
その声で、ハッと我に返った。
隣を見ると、高原が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。
「……すまない。何でもない」
父のことを思い出しているうちに、つい呆っとしてしまった。
無意識に止めていた手を再び動かし、祖霊舎へ米や酒を供える。
父の葬儀から二ヶ月。
五十日祭も無事に終え、ようやくひと段落が着いた頃、高原が久しぶりに訪ねてきた。
おそらくはこちらを心配してのことだろう。
社務所へ迎え入れると、彼女は何かと祓川のことを気に掛けていた。
「あんまり無理しちゃ駄目よ。その……まだお父さんのことも、心の整理がついてないだろうし」
「そうでもない」
祓川が即答すると、高原は少しだけ驚いたような顔をした。
「正直なところ、父とはあまり良い思い出がない。お互いにいつも、日々の務めのことだけを考えていたし……。だから、特に思い残すこともない」
「……そんなものかしら」
家族との団欒というものを知っている高原からすれば、祓川の父に対する態度は酷く薄情なものとして映っただろう。
戸惑うように黙った彼女を他所に、祓川は再び祖霊舎へと目を戻した。
「本当に……呆気ないな」
「え?」
「あれだけ俺が恐れていた父も、いなくなってみれば、こんなにも静かなんだ。たったひとりの人間に、俺の人生はここまで支配されていたんだな」
「龍臣?」
父がいなくなったことで、その息子である祓川はこの神社を継ぐことになる。
側からみれば、宮司が息子に代替わりしたという、たったそれだけのことだ。
しかし祓川からすれば、長年の父の束縛からやっと解き放たれたという、今までの人生において最も大きな出来事だというのに、
(結局、父の存在を恐れていたのは俺だけだったんだな……)
本当に呆気ない。
こんなことならもっと早く、父のもとから離れられる道を模索すれば良かったのに。
「それより高原。君の方こそ大丈夫なのか?」
「えっ?」
祓川が改めて聞くと、高原はきょとん、と小動物のように目を丸くした。
「前に、あの河川敷で泣いていたじゃないか」
人のことばかり心配しているが、どちらかといえば彼女の方が深刻な悩みを抱えているだろう。
祓川もずっと彼女のことが気掛かりだったが、父のことで手を取られてしまい、思うように連絡が取れなかった。
「あー……うん。私は大丈夫! あのときはちょっと取り乱しちゃったけど、今はもう平気だから」
そう言って笑顔を作る彼女の挙動は、どこかぎこちなかった。
おそらく、まだ狭野のことを引き摺っているのだろう。
職場が同じだとも聞いているし、そう簡単に切り替えられるとは思えない。
これからもきっと、狭野がそばに居る限り、高原の心に平穏が訪れることはないだろう。
今まで祓川が父の呪縛から逃れられなかったのと同じように。
「そっ、そんなことより! 龍臣は、これからもっと忙しくなるのよね。なんたって、この神社の正式な跡取りなんだもの」
しんみりとした空気を変えようと思ったのか、高原が一際明るい声を出す。
「ああ、そうだな。面倒事ばかり増えて嫌になる。諸々への挨拶回りもあるし、それに……来年の神楽の、鬼の代役も捜さないといけない」
「代役?」
鬼の役は、今まで祓川が子どもの頃から務めてきた。
しかし今後、宮司となった彼は父の後を継いで、鬼を退治する側の役を担わなければならない。
「先日の神楽では、父の代役を氏子の人に頼んだが……。鬼の役は、あまり人気がない。代わり手を見つけるのは難しいだろう」
「そういえば、そうよねぇ。私のお父さんも昔、鬼の役をやったことがあるみたいだけど、刀で叩かれるのがものすごく痛くて、もう二度とやりたくないって言ってたわ」
「鬼は『祓われるべきもの』の象徴だからな。役を担うのが誰であろうと、手加減はできない。だから、できるだけ健康で、若い人間の方がいい。……そうだな」
ふと思いついて、祓川は高原の目をまっすぐに見た。
「狭野は元気か?」
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