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第二章
少女と幽霊
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どこかで女の子の悲鳴が上がったような気がしたが、人混みのせいでよくわからなかった。
隣を歩く狭野を見ると気づいてもいない様子だったので、それほど気にすることでもないか、と思い直す。
きっと、屋台で買った食べ物を落としたりでもして誰かが騒いだのだろう。
それよりも今は、この貴重な時間を噛み締めることの方が大事だった。
祭りの屋台が並ぶ河川敷を歩きながら、高原舞子は密かに胸を高鳴らせていた。
こうして狭野と二人肩を並べて、この道を歩くのは一体何年ぶりだろう。
「なんだか懐かしいわね。昔はこうして、よく二人で夏祭りに来ていたわよね」
子どもの頃を思い出しながら高原が言うと、
「ええ。高原先生はよく、僕をパシリに使っていましたよね。自分がトイレに行っている間に、僕にはベビーカステラを買わせたりして」
狭野は冗談なのかそうでないのか、判別のつかない淡々とした声で言った。
「もう。子どもの頃の話でしょ! というか、プライベートの時くらい敬語はやめましょうよ。仕事場じゃないんだから」
「学校の外でも、保護者の目はありますよ。さすがに二人一緒にいるところを見られると、妙な噂を立てられる可能性もありますが」
「こういう時くらい、固いこと言わないでってば」
せっかくこうして二人きりになれたというのに、狭野は相変わらずだった。
彼は学校の内外を問わず、教師という立場を崩さない。
その姿勢はもちろん褒められることだったが、彼に変わらぬ想いを寄せ続ける高原にとっては煩わしいものでしかなかった。
せっかく同じ学校、それも母校で、同じ教師として就職できたのに。
こうも周りの目を気にしてばかりでは、思うようにアプローチする機会がない。
今日もたまたまこの祭り会場で顔を合わせただけで、二人は一緒に来たわけではない。
狭野は例年通り一人でここへ来て、高原はそれを知った上で彼を捜しに来ただけだった。
「笙悟は、その……今年もまた、あの幽霊に会いに来たの?」
高原が躊躇いがちに聞くと、狭野は「ええ」と何でもないことのように答えた。
「さっき、会って来ましたよ。相変わらず、あのお囃子の音を聞くと逃げてしまいましたが」
やはり、と高原は肩を竦めた。
毎年この夏祭りの日になると、狭野は幽霊の少女に会いに行く。
彼以外には姿さえ見えないその不確かな存在に、彼の心はもうずっと子どもの頃から囚われたままなのだ。
やがて屋台が途切れる所まで来ると、狭野は一度そこで立ち止まり、脇の土手を見上げた。
視線の先からは神楽囃子が聞こえてくる。
その音に誘われるようにして、狭野はふらりと道から逸れると、今度はその斜面を登り始めた。
どうやら神社の方へ向かおうとしているらしい。
「笙悟」
後方から高原が呼びかけると、狭野は前を向いたまま、再び足を止めた。
「あなたが霧島さんに入れ込むのは……やっぱり、その幽霊が原因なの?」
あまり触れたくはない話題だったが、聞かずにはいられなかった。
今年の春にこの街へ引っ越して来た、一人の少女。
奇しくも高原の担当するクラスへやってきた彼女の姿は、まるで偶然とは思えないほど、あの絵にそっくりだったのだ。
狭野が長年ノートに描き起こしてきた、あの幽霊の姿に。
「……霧島には、これ以上迷惑をかけるつもりはないよ。僕はただ、あの幽霊の存在が一体何を意味するのか、それが知りたいだけなんだ」
動揺でもしたのか、狭野の口調は昔のそれに戻っていた。
どうやら図星のようだ。
彼はしばらく何かを考えるように黙っていたが、やがてゆっくりとこちらを振り返ると、
「舞鼓」
と、昔のように名前を呼んだ。
その響きに、高原も少なからず胸が波立つ。
「キミも、神楽を見に行くんでしょ。早くおいでよ」
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