神楽囃子の夜

紫音

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第二章

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 時々、こんな夢を見る。

 暗い森の中。
 月の光さえ届かない闇夜の底で、一人の男がうつ伏せに倒れている。
 体付きからして成人はしているだろうが、顔が見えないため、詳しい年齢はわからない。
 全身を血塗れにして、冷たい土の上に横たわるその姿は、明らかに死んでいた。

 そんな男の姿を、霧島きりしま御琴みことは隣から静かに見下ろしていた。
 物言わぬ死体の傍らで、呆然と立ち尽くしている。

 男の正体はわからない。
 けれど、悲しいという感情だけが、彼女の胸を覆っていた。

 やがて、どこからか音が聞こえてきた。
 笛や太鼓などによる、和風の音楽を奏でる音だった。

 つられて霧島がそちらの方を見ると、視線の先には鳥居が一つ、ぽつんと立っていた。
 音はその向こう側から聞こえてくる。
 縁日でもやっているのだろうか。

 音は段々とこちらへ近づいてくるようだった。
 少しずつ大きくなっていくその音色に合わせて、霧島の悲しい感情もどんどん膨らんでいく。

 なぜ、こんなにも悲しいのか。

 その理由もわからないまま、霧島はただひとり、人知れず涙を流すだけだった。





       ◯





 そこでやっと、霧島は目を覚ました。

 薄らぼんやりとした意識の中、またあの変な夢だったな、と振り返る。
 初めて見たときはさすがに怖かったけれど、すでに何度も見た今となっては慣れたものだった。

 ベッドに横たわったまま視線だけを辺りに巡らせると、カーテンから漏れる朝の光とともに、部屋の壁に掛けられたカレンダーが目に入った。

 二〇一九年、五月。
 ゴールデンウィーク明けの今日は、久方ぶりの登校日だ。

(学校、行きたくないなぁ……)

 重い身体を無理やり起こし、大きく伸びをしてみると、まだ新しい家の匂いが鼻孔をくすぐった。
 その香りに当てられた瞬間、それまで夢見心地だった頭が急速に現実の世界を思い出していく。

 先月の初め、霧島は小学五年生になるのと同時に、親の仕事の都合でこの街へと引っ越してきた。

 以前住んでいた都心部から、車で約三十分。
 程よく緑で彩られたその場所は、都会に比べると人混みが少なく、空気も澄んでいる。
 長閑のどかで良い所だな、というのが、霧島にとって最初の印象だった。

 けれど今となっては、この場所から逃げ出したくてたまらない。
 
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