神楽囃子の夜

紫音

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第二章

狭野先生

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 聞き覚えのある声だった。

 恐る恐る振り返ってみると、すぐ後ろに、一人の男性が立っていた。

 痩せた身体に、落ち着いた色のシャツとパンツ。
 二十代半ばほどに見えるその顔は、声から予想した通り、隣のクラスの担任教師のものだった。
 名前は確か、『狭野さの』といったはず。

「あ……え……。なんで、狭野先生がこんな所に……?」

 嫌な汗を流しながら霧島が聞くと、

「この場所は、僕のお気に入りなんだ。仕事が終わった後はよく、ここで休憩してから帰るようにしてる。それより、キミこそどうしてこんな所に? 体調が悪いっていうのは嘘だったのかな」

 無表情のまま、抑揚のない声で指摘されて、霧島は返事に詰まった。

 この教師はいつも表情が乏しく、見た目からは感情が読み取れない。
 怒っているのか、はたまた相手に興味がないのか、わからない。

 けれど、ズル休みをしたという事実は明らかに見破られていたので、

「ごめんなさい!」

 すかさず頭を下げると、

「なんで謝るの?」

 と、予想外の言葉が返ってきた。

「へ……?」

 きょとん、としたまま霧島が再び顔を上げると、

「体調が悪くなかったのなら、良かったじゃないか。学校を休んだのは、行きたくなかったからでしょ。キミが謝る必要なんてないよ」

「お、怒らないの……?」

 うん、と狭野は無表情のまま頷くと、土手の斜面をゆっくりと下りてくる。
 そうして霧島の隣に立つと、向かいの川岸を見つめて静かに言った。

「キミはここに転校してきてから、クラスで少し浮いているようだね。学校に行きたくないのは、それが理由?」

 あまりにも直球な質問に、霧島は面食らった。

 クラスで浮いているだなんて、本人ですら目を背けたくなるような事実を、この教師は容赦なく突きつけてくる。

 しかも、彼は隣のクラスの担任なのだ。
 なのにまるで当たり前のようにこちらの現状を把握している——ということはつまり、この話はすでに教室の枠を越えて、学校中の誰もが知っている共通認識なのかもしれない。

 そう思うと、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。
 学校中の全ての人間が、こちらに指を差してゲラゲラと笑っているような気がした。

 あまりの屈辱に、思わず涙が溢れそうになる。

「……先生も、私のことを笑うの……?」

 寸でのところで涙を堪えながら、震える声で尋ねると、

「笑う? どうして」

「だって、クラスのみんなが私のことを笑ってるから……。私を仲間はずれにして、みんなで笑うの」

「笑ってるのは、四人だけでしょ」

「え……?」

 狭野は眉一つ動かさず、相変わらずの無表情のまま続ける。

「キミのクラスで、一番派手な女子グループ。彼女たちだけだよ、キミを笑ってるのは。それ以外の子たちはみんな、その場の雰囲気に呑まれて遠巻きに眺めているだけさ。キミを故意に傷つけようとか、仲間はずれにしようなんて考えているわけじゃない。きっかけさえあれば、キミと仲良くなりたいと思っているはずだよ」

「そ、そうなの……? でも……」

 たとえそれが本当だったとしても、笑われていることに変わりはないし、クラスで孤立している事実も変わらない。

「今のままじゃ、誰も私に近づけないってことだよね? だったら私は、これからもずっと一人ぼっちのままってこと……だよね」

「そうかもしれないね」

「だったらやっぱり……私は学校には行けない」

「どうして?」

「どうしてって……。だって、ずっと笑われ続けるってことでしょ?」

「そんなの気にしなければいいじゃないか」

 まるで何でもないことのように言われて、霧島は耳を疑った。
 
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