神楽囃子の夜

紫音

文字の大きさ
上 下
11 / 49
第一章

もう二度と

しおりを挟む
 

       ◯



 怒号は雑木林の中まで届いた。
 時折乾いた破裂音のようなものが聞こえ、おそらく祓川が体罰を受けていることがわかる。

 高原舞鼓は両手で耳を塞ぎ、もつれそうになる足を必死で動かしながら走った。

 やがて河川敷の方まで出ると、すでに日の暮れた空はわずかに黄昏の色を残して、うっすらと星の姿を見せ始めていた。

 無事に逃げ切られたことに安堵する一方で、祓川に対する罪悪感が全身を這い上がってくる。

「龍臣……。ごめんなさい。ごめんなさい……!」

 涙に濡れた顔を両手で覆いながら、高原はその場に膝をついた。

「……もう、祓川とは会わない方がいいかもね」

 隣で呆然と空を見上げながら、狭野が呟くように言った。

「そんな。だって、せっかくあんなに……楽しそうにしてくれたのに」

 あの宝物殿の中で、祓川は笑っていた。
 いつも無表情で、他人に関心のなさそうなあの彼が。
 大口を開けて、珍しく年相応の少年らしい顔を見せてくれたのだ。

「僕らが関わると、祓川はまた今日みたいな目に遭うかもしれない。祓川もきっとそれがわかっていたから、今まで学校でも誰とも遊ぼうとしなかったんだ」

 わかっている。
 彼は神社の跡取りで、父親の教育も厳しいことは学校の誰もが知っていた。

「あの神社には、もう行かない方がいいかもしれない。……僕も、これからは一人で調べ物をしようと思う。次の夏祭りも、僕は一人で行ってくるよ。だから舞鼓は、来年は他の友達を誘ってね」

 淡々と告げられた狭野の言葉に、高原はショックを受けた。

 邪魔だ、と言われた気がした。
 これ以上は干渉して来ないでほしいと、暗に厄介払いをされたようだった。

 だが、たとえ縋りついたところで今さら意味がないことは高原にもわかっていた。

 だから、

「……うん。わかった」

 感情を押し殺して、同意する。

 その日から、彼らが互いに関わり合いになることはなくなった。





 夏が過ぎて、冬が来て、一度は姿を消した花々がまた芽吹く頃、彼らは中学生になった。

 小学校のときよりも一学年の人数が増え、新しい顔ぶれの女子グループの中に高原は納まった。

 一方で、狭野と祓川はそれぞれ孤立していることが多かったが、当人たちは特に気にしていないようだった。
 狭野は相変わらず少女の絵を黙々と描いているし、祓川は徹底してクラスメイトと距離を取っている。
 たまに祓川の容姿に惹かれた女子が寄ってくることもあったが、以前にも増して塩対応となった彼に堂々とアプローチする者はほとんどいなかった。





「狭野くんってさ、いっつも同じ絵ばかり描いてるよね。飽きないのかな?」

「不思議よね。でも、すごく上手いのよね。将来は画家とか、美術の先生でも目指してるのかなぁ」

 狭野の話題が挙がる度、高原は何も知らないフリをした。

 彼女らの言う通り、狭野の絵の腕は日に日に上達している。
 最初は見るに耐えない代物だったが、今ではクラスメイトたちから一目置かれるほどの立派な絵描きとなっていた。

 また同時に、一時は下がっていた学業の成績もここのところ盛り返してきている。
 いずれ美術の先生にでもなるのではないか、というクラスメイトの予想は、あながち間違ってもいないような気がした。





 そうして季節は巡り、今年もまた、花火大会の日がやってくる。

 狭野と一緒にいられない、中学一年の夏祭り。

 いつもの女子グループで向かうことになったその場所は、七月の猛暑と人々の熱気に包まれているのに、胸の内はやけに寒々しくて。
 記憶の中に残る狭野の手の温もりが、高原は泣きそうなほどに恋しかった。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

処理中です...