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第一章
二度目の夏
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翌年、二〇〇六年の夏。
今年もまた、花火大会の日がやってきた。
この日、高原舞鼓は久方ぶりに狭野を誘うことに成功した。
一緒に夏祭りへ行こう、と声を掛けたのだが、思いの外すんなりと了承が得られたため、どうせ断られると踏んでいた高原は逆に拍子抜けした。
この一年、狭野は例の少女の絵ばかり描いて、ろくに相手をしてくれなかった。
それが今回はどういう風の吹き回しだろう?
「僕はいつもの場所で絵を描いているから、舞鼓の好きな時間に来てね」
こちらの家まで迎えに来てくれるような紳士的な面は見られなかったものの、今年もまた一緒に祭りを楽しめるということが、高原は嬉しかった。
浴衣に着替え、日没の、空が赤と紫に混じり合う頃合いに、約束の場所へと向かった。
いつもの河川敷で狭野と合流し、改めて土手の下に目をやると、そこには色とりどりの屋台が並び、すでに多くの人たちで賑わっていた。
辺りはまだほんのりと明るく、神楽や花火が始まる時間まで少し余裕がある。
「お腹空いてない? 何か買って来ようか」
狭野に聞かれて、高原はとりあえず一通り屋台を見て回りたいと答えた。
そのまま自然に二人手を繋いで、人混みの中へと入っていく。
一年ぶりの手のぬくもりが、高原の胸をじんわりと温めた。
(しあわせだなぁ……)
年に一度の、束の間の幸福を噛み締める。
だが、こうして二人肩を並べて歩けることを素直に嬉しく思う反面、不安なこともあった。
思えばちょうど一年前、この夏祭りを境に狭野の様子がおかしくなったのだ。
この祭り会場で、彼は幽霊の少女に会ったという。
嘘か本当かもわからない不確かな話だが、そのことがあってから、狭野は毎日のようにその少女の絵を描くようになった。
彼女が現れたのは、ちょうど一年前の夏祭りの日だった。
ならば今年もまた、彼女はここに現れるのだろうか。
と、そこまで考えたとき、はたと気づいた。
(もしかして、笙悟が私の誘いを受けたのって……)
ここに来れば、幽霊の少女に会えるかもしれない。
だからこそ、狭野は夏祭りへの誘いを受け入れたのではないだろうか。
そう考えると、途端に虚しくなってくる。
せっかく二人で楽しい時間を過ごせると思ったのに、そう思っていたのは自分だけだったのかもしれないだなんて。
「どうしたの、舞鼓。眉間にシワが寄ってるよ」
「へあっ!?」
つい考え込んでいるうちに隣から声を掛けられて、高原は肩を跳ねさせた。
見ると、珍しく狭野がこちらの顔をまじまじと覗き込んでいる。
「え、あ……な、何?」
こんなに至近距離から見つめられるのは久しぶりのような気がして、なんだか妙に緊張してしまう。
「だから、眉間にシワが寄ってるって」
「いっ……言い方が失礼なのよ、あなたは!」
狭野はよく思ったことをそのまま口にする。
たとえ相手が気にしているようなことでも、遠慮なく指摘することがある。
つまりはデリカシーがないのだ。
けれど、
(まあ、そういうところも嫌いじゃないけどね)
包み隠さず正直な意見が言えることは、見方によっては長所にもなる。
事実、彼の裏表のない性格に、高原も救われているところがあった。
「舞鼓。なんか、雰囲気が変わったね」
「えっ? な、何が?」
いきなり真面目なトーンでそんなことを言われて、高原は戸惑った。
「なんていうのかな。前はもっと、落ち着きがないイメージだったんだけど……今は少し、大人っぽくなったような気がする」
狭野は一度足を止め、じっと高原の顔を見つめた。
いつになく真剣な目を向けられて、高原は胸の高鳴りを抑えられない。
こんなにもまじまじと見つめられるのなら、もっとお洒落をして来ればよかった。
今回は予定が急だったため、間に合わせで買ったこの紺色の浴衣も、実はあまり気に入っていない。
本当は去年と同じ、桃色の浴衣が着たかった。
昔、狭野から「桃色が似合う」と言われたことがあったからだ。
去年の浴衣はもう小さくて着られない。
この一年で、高原の身長は急激に伸びた。
それこそ狭野の背を少しだけ追い越してしまったほどだ。
ゆえに今、彼の視線はわずかに高原よりも下にある。
その顔は、祓川ほどではないものの、どちらかといえば整っている方だと思った。
惚れた欲目でフィルターが掛かっている可能性も否定できないが、いつもはどこか眠そうに見える彼の目元も、時には今のようにハッとするような強い目力を持つことがある。
「しょ、笙悟。どうしたのよ。何か言ってよ……」
これ以上見つめられると恥ずかしさで沸騰してしまいそうだった。
あまりにも距離の近い顔を直視することもできず、高原が一歩後ろへ下がった時、
「……見つけた」
と、呟くように狭野が言った。
「み、見つけた? って、何を言ってるのよ。訳わかんな――」
そこでやっと、高原は気づいた。
こちらを真っ直ぐに見つめる狭野の目。
その視線の先は高原ではなく、もっと後方の、何か別のものを捉えている。
彼が他の何よりも心を奪われ、見つめ続けるもの。
それは高原にも心当たりがあった。
(まさか……)
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