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第一章
神主の子
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翌朝。
祓川龍臣がいつも通り境内の掃除をしていると、そこへクラスメイトの高原がやってきて言った。
「ほんっとごめん!」
ぱんっと顔の前で両手を合わせ、彼女は申し訳なさそうに頭を下げてくる。
主語も説明もなかったが、昨夜の神楽のことを言っているのは明白だった。
「……いい。別に気にしてない。それに高原が悪いわけじゃないし。余所見をしたのは俺の集中力の問題だ」
祓川は淡々と、掃除を続けながら言った。
蝉の声が反響する真夏の炎天下。
袴姿で敷地の隅々まで掃き掃除をするのは、それだけで骨が折れる。
しかも、こうしてどれだけ汗を流していても、参拝者の前では常に涼しい顔をしていなければならない。
たとえ相手が学校のクラスメイトだろうと、それは変わらない。
幼い頃からそう振る舞うように、父親から言いつけられていたからだ。
「今日は狭野と遊ばないのか?」
祓川が聞くと、高原は途端にムッと唇を尖らせて、
「知らないわ、あんな奴!」
と、腹立たしげに言い放った。
昨夜の様子から大方予想はついていたが、どうやら喧嘩をしたらしい。
二人は学校の内外を問わず常にくっついて行動している印象があるが、こうして仲違いをするのもそう珍しいことではなかった。
高原は狭野への愚痴を一通り言い終えると、今度は他愛もない世間話を始めた。
祓川は箒を持つ手をただ無心で動かしながらたまに相槌を打つだけだったが、そんな付き合いの悪い相手に対しても、高原は笑みを絶やさない。
むしろ会話を心底楽しんでいるような彼女の姿が、祓川には不思議だった。
「君はどうして、そんな風に俺に笑いかけてくれるんだ?」
「えっ? どゆこと?」
まさに寝耳に水とばかりに、高原は目を瞬かせた。
「君は、俺に特別興味があるわけでもないだろう。学校のクラスメイトということ以外、接点もない。なのにどうして、俺に会いに来たり、そうやって笑いかけたりするんだ?」
「ええ? そんなの、友達だったら普通じゃない? それに別に私だけじゃなくて、他の女の子だってあなたに喋りかけたり、ここへ遊びに来たりするでしょう? あなたモテるんだから」
確かに、ここへ来るのは高原が初めてではない。
けれど、
「他の女子たちは、俺のことを恋愛対象として見ている。俺に特別興味を持った人間だけが、俺に笑顔を見せてくれる。でも君は違うだろう? 君が想う相手は他にいるはずだ。どうせ同じ愛想を振り撒くなら、その一人だけを相手にすればいいのに」
高原が狭野に恋心を抱いていることは、誰の目にも明らかだった。
しかし当の本人はバレていないつもりなのか、こういった話題になるとすぐにしらばっくれようとする。
「……さ、さすがモテる男は言うことが違うわね。自分が恋愛対象として見られてるって、普通はなかなか言えないわよ?」
やはり、話を逸らされてしまった。
あまり深追いするつもりもないので、祓川も気にせず続ける。
「俺は正直、君を含めたクラスメイトたちのことを友達だとは思ってない。家のこともあるし、一緒に遊ぶ時間もない。だから、わざわざ愛想を振り撒く必要もないし、それで嫌われても仕方がないと思っている。それは俺の態度を見ていれば、君もわかっているはずだろう?」
嫌なことを言っているな、と自分でも思う。
けれど、そういう考え方をするのは周りのクラスメイトたちも同じだろう、という気持ちもあった。
実際、学校で祓川に寄ってくるのは下心を持った女子だけだ。
男子は特に必要に迫られない限り話しかけようともしてこない。
だから一層、いま目の前で笑っているこの少女の行動が不思議に思えてならなかったのだ。
彼女は自分ではなく、他の男のことが好きなのにと。
「うーん……。そういうの、考えすぎじゃないかしら? 私は別に、会いたいときに会って、話したいときに話せたらそれでいいと思うけど。私が今日ここに来たのは、あなたに昨日のことを謝りたいと思ったからだし、こうして今あなたと話せて良かったと思ってるわよ?」
ね、と明るく笑う高原の姿は、祓川には眩しかった。
と同時に、彼女に想いを寄せられている狭野のことが、心底羨ましくて仕方がなかった。
(俺がもし、神主の息子じゃなかったら……)
もしも神社の跡取りでも何でもない、普通の家庭で育っていたなら。
昨夜、神楽殿の前から走り去っていった彼女のことを追いかけることができたのに――と、舞台の上から見た光景を思い出しては、叶わない夢に思いを馳せた。
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