神楽囃子の夜

紫音

文字の大きさ
上 下
4 / 49
第一章

神主の子

しおりを挟む
 

       ◯



 翌朝。

 祓川龍臣がいつも通り境内の掃除をしていると、そこへクラスメイトの高原がやってきて言った。

「ほんっとごめん!」

 ぱんっと顔の前で両手を合わせ、彼女は申し訳なさそうに頭を下げてくる。
 主語も説明もなかったが、昨夜の神楽のことを言っているのは明白だった。

「……いい。別に気にしてない。それに高原が悪いわけじゃないし。余所見をしたのは俺の集中力の問題だ」

 祓川は淡々と、掃除を続けながら言った。

 せみの声が反響する真夏の炎天下。
 はかま姿で敷地の隅々まで掃き掃除をするのは、それだけで骨が折れる。

 しかも、こうしてどれだけ汗を流していても、参拝者の前では常に涼しい顔をしていなければならない。
 たとえ相手が学校のクラスメイトだろうと、それは変わらない。
 幼い頃からそう振る舞うように、父親から言いつけられていたからだ。

「今日は狭野と遊ばないのか?」

 祓川が聞くと、高原は途端にムッと唇を尖らせて、

「知らないわ、あんな奴!」

 と、腹立たしげに言い放った。

 昨夜の様子から大方予想はついていたが、どうやら喧嘩をしたらしい。
 二人は学校の内外を問わず常にくっついて行動している印象があるが、こうして仲違いをするのもそう珍しいことではなかった。

 高原は狭野への愚痴を一通り言い終えると、今度は他愛もない世間話を始めた。
 祓川はほうきを持つ手をただ無心で動かしながらたまに相槌を打つだけだったが、そんな付き合いの悪い相手に対しても、高原は笑みを絶やさない。
 むしろ会話を心底楽しんでいるような彼女の姿が、祓川には不思議だった。

「君はどうして、そんな風に俺に笑いかけてくれるんだ?」

「えっ? どゆこと?」

 まさに寝耳に水とばかりに、高原は目を瞬かせた。

「君は、俺に特別興味があるわけでもないだろう。学校のクラスメイトということ以外、接点もない。なのにどうして、俺に会いに来たり、そうやって笑いかけたりするんだ?」

「ええ? そんなの、友達だったら普通じゃない? それに別に私だけじゃなくて、他の女の子だってあなたに喋りかけたり、ここへ遊びに来たりするでしょう? あなたモテるんだから」

 確かに、ここへ来るのは高原が初めてではない。
 けれど、

「他の女子たちは、俺のことを恋愛対象として見ている。俺に特別興味を持った人間だけが、俺に笑顔を見せてくれる。でも君は違うだろう? 君が想う相手は他にいるはずだ。どうせ同じ愛想を振り撒くなら、その一人だけを相手にすればいいのに」

 高原が狭野に恋心を抱いていることは、誰の目にも明らかだった。
 しかし当の本人はバレていないつもりなのか、こういった話題になるとすぐにしらばっくれようとする。

「……さ、さすがモテる男は言うことが違うわね。自分が恋愛対象として見られてるって、普通はなかなか言えないわよ?」

 やはり、話を逸らされてしまった。
 あまり深追いするつもりもないので、祓川も気にせず続ける。

「俺は正直、君を含めたクラスメイトたちのことを友達だとは思ってない。家のこともあるし、一緒に遊ぶ時間もない。だから、わざわざ愛想を振り撒く必要もないし、それで嫌われても仕方がないと思っている。それは俺の態度を見ていれば、君もわかっているはずだろう?」

 嫌なことを言っているな、と自分でも思う。
 けれど、そういう考え方をするのは周りのクラスメイトたちも同じだろう、という気持ちもあった。

 実際、学校で祓川に寄ってくるのは下心を持った女子だけだ。
 男子は特に必要に迫られない限り話しかけようともしてこない。

 だから一層、いま目の前で笑っているこの少女の行動が不思議に思えてならなかったのだ。

 彼女は自分ではなく、他の男のことが好きなのにと。

「うーん……。そういうの、考えすぎじゃないかしら? 私は別に、会いたいときに会って、話したいときに話せたらそれでいいと思うけど。私が今日ここに来たのは、あなたに昨日のことを謝りたいと思ったからだし、こうして今あなたと話せて良かったと思ってるわよ?」

 ね、と明るく笑う高原の姿は、祓川には眩しかった。
 と同時に、彼女に想いを寄せられている狭野のことが、心底羨ましくて仕方がなかった。

(俺がもし、神主の息子じゃなかったら……)

 もしも神社の跡取りでも何でもない、普通の家庭で育っていたなら。
 昨夜、神楽殿の前から走り去っていった彼女のことを追いかけることができたのに――と、舞台の上から見た光景を思い出しては、叶わない夢に思いを馳せた。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~

紫音
恋愛
 幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...