37 / 50
第3章
本当の魔法使い
しおりを挟む「その人は僕と違って、見返りを求めたりしない。自分にとっての利益など考えもしない。ただ誰かのことを思って、その人のためだけに魔法を使う。……むしろ、自分が魔法を使っていることにさえ気づいていないのかもしれない」
魔法を使っていることにさえ、気づいていない。
予想外の言葉に、私は首を傾げた。
「それって、なんだか変じゃないですか? 自分でも気づかないってことは、それが魔法かどうかも怪しいっていうか……」
それが魔法であることを、誰も証明することはできない。
それは果たして『魔法』なのだろうか?
「『魔法』という言い方をするから、違和感があるのかもしれないね。あれはもはや魔法じゃない。あれは魔法を超越した現象――『奇跡』だよ」
「奇跡?」
「そう」
新しい言葉に言い換えられて、私はそれをどう受け止めるべきか悩んだ。
奇跡と魔法は、似て非なるもの……らしい。
その二つに対して、まもりさんは一体どんな違いを感じているのだろう?
私がいまいちピンとこないでいると、彼は今度はおもむろに、自らの左腕の袖を捲り始めた。
店の制服である白いシャツの下からは、彼の華奢な腕が姿を現す。
そこで私は、目を見張った。
彼の左腕の表面には、切り傷や打撲の痕のような、おびただしい数の古傷が残っていた。
中には私にも見覚えのある、比較的新しい傷も含まれている。
それらは紛うことなく、彼の魔法の代償によるものだった。
まもりさんはその傷跡に目を向けながら、
「これは、僕が『偽りの魔法使い』である証だよ」
と、どこか覇気のない声で言った。
「僕は……魔法というのは本来、誰かを幸せにするために存在するものだと思う。そして、それを自分の都合のために使おうとすると、こんな風に天罰が下る。……けれど、もしも何の意図もなく、突発的に、無意識のうちに使った場合はどうなると思う? 自分でも気づかないうちに不思議な力が働いて、不思議なことが起こる。それって、奇跡だと思わない?」
「あ……」
そこまで聞いたとき、私はやっと彼の言う『奇跡』の意味を理解したような気がした。
まもりさんはシャツの袖を元に戻すと、わずかに視線を下げ、どこか寂しげな笑みを浮かべて言った。
「僕がここで待っているのは、そんな『奇跡』を起こした人なんだよ。穢れのない心で、人のために無償の愛を捧げられる、そんな人だった。……もう、顔も覚えていないけれど。それでも僕は、もう一度その人に会いたい。もう一度会うために僕は、ここでずっと待ち続ける。ここに来てくれるかどうかは、わからないけれど」
そう彼が言い終えたとき、窓を打ちつける雨の音が急に激しさを増した。
容赦なく降り注ぐ雨の音だけが、静寂を保つ店内に響いている。
その寂しげな風景は、まるで彼の心を表しているかのように、私には見えた。
彼がこんなにも寂しい思いをしているのに、私は何もできない。
何もしてあげられない――そう思うと、悔しくて、悲しくて、段々と目頭の奥が熱くなって、鼻の奥がつんとする。
私が泣いたって仕方がないのに。
彼の姿を見ていると、相変わらず泣き虫な私は、込み上げる涙を抑えることができなかった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
お兄ちゃんの前世は猫である。その秘密を知っている私は……
ma-no
キャラ文芸
お兄ちゃんの前世が猫のせいで、私の生まれた家はハチャメチャ。鳴くわ走り回るわ引っ掻くわ……
このままでは立派な人間になれないと妹の私が奮闘するんだけど、私は私で前世の知識があるから問題を起こしてしまうんだよね~。
この物語は、私が体験した日々を綴る物語だ。
☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
1日おきに1話更新中です。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
ある朝、クルーザーの中で目覚めた一宮深月(いちみや みつき)は、隣にイケメンだが、ちょっと苦手な支社長、飛鳥馬陽太(あすま ようた)が寝ていることに驚愕する。
大事な神事を控えていた巫女さん兼業OL 深月は思わず叫んでいた。
「神の怒りを買ってしまいます~っ」
みんなに深月の相手と認めてもらうため、神事で舞を舞うことになる陽太だったが――。
お神楽×オフィスラブ。
『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜
segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。
カフェぱんどらの逝けない面々
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。
大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。
就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。
ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる