あばらやカフェの魔法使い

紫音

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第1章

不思議な出来事

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「それより、早く君のストラップを探さないとね」

 そう言うと、彼はおもむろに席を立った。

「え。探すって……?」

 私がぼんやりとしているうちに、彼は店の入口の方へと歩いていく。

 まさかとは思うけれど、一緒に探してくれるということだろうか。

 彼は入口の扉を開け、未だ雨の降り続ける外へと繰り出そうとする。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 私は慌てて彼の後を追いかけ、その細い腕を引き止めた。

 どこまでも優しい彼の、その気持ちは嬉しいけれど。
 さすがにこれ以上お世話になるわけにはいかない。

「あのっ。ストラップを探すのは私一人で大丈夫ですから。それに今はまだ雨も降っていますし」

「でも、もうじき日が暮れてしまうよ。暗くなったら見つからないかもしれない」

 私の手に引き止められた彼はそう言って、どんよりとした夕空を眺める。

 確かに、このまま夜になってしまえば捜索はさらに困難を極めるだろう。

 でも。

「そのときはまた、朝になってから探すので大丈夫ですよ」

 無理やり笑顔を作って、私は言った。

 本当は、朝までなんて待てない。
 たとえ徹夜をしてでも、私はストラップを探すつもりだった。

 だってあれは――いのりちゃんから貰った、私の大切な宝物だったから。

 けれど、

「いいや、いま探そう。心配しなくても、必ず見つかるよ」

 そう、彼は言った。

「え……?」

 私は情けない顔をしたまま、彼の顔を見上げる。

「大切な友達がくれた、大事なものなんでしょ。大丈夫。君がその友達を大切に思うのなら、きっと神様は味方してくれるよ」

 そう言った彼の声は、相変わらず穏やかではあるものの、どこか力強く私の耳に響いた。

 そして、私の不安を取り払ってくれるような、そのあたたかな眼差し。

 彼を見ていると、まるで本当にすぐ見つかるような気さえする。

「さて。ちょっと待っててね」

 彼はそう言うと、再びこちらに背を向けた。
 そうして胸の前で両手を組んだかと思うと、静かに目を閉じ、何か祈りを捧げるようにして頭を垂れる。

「?」

 一体何をしているのだろう。

 首を傾げながら、私が静かに待っていると、

「……あ」

 不思議なことが、起こった。

 それまで地面を叩きつけていた、強い雨。
 それが、急激にその勢いを衰えさせたのだ。

 どんよりとしていた空が、少しずつ光を取り戻していく。

「雨が、止んだ?」

 私は建物の外に飛び出して、雲間に現れた夕焼け空を仰いだ。

 雨は確かに止んでいた。

「虹も出たね」

 そう彼が言って、私はさらに視線を巡らせた。

 彼の言う通り、茜色に染まった空の片隅には薄っすらと七色の橋が架かっていた。

 
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