放浪探偵の呪詛返し

紫音

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第六章 静岡県伊豆市

第三話 独鈷の湯

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 温泉街の中心を流れる桂川。それに沿って伸びる道をしばらく行くと、やがて川のほとりには岩でできた島のようなものが見えてくる。
 島の上には東屋あずまやが建ち、その囲いの中には小さな温泉が沸いている。

 この観光地のシンボル的スポット・『独鈷とっこ』である。修善寺温泉発祥の地とされているそこは、古くは弘法大師こうぼうだいし空海くうかいが温泉を湧き出させた場所として言い伝えられている。

 件の問題児は木製のスロープを渡って、その場所までやってきた。幸い周りに人はおらず、兼嗣は彼女に声をかける絶好のチャンスだと捉える。

「失礼。そこのお嬢さん」

 背後からそう声をかけると、川の景色を眺めていた彼女は不思議そうにこちらを振り返った。銀色に染められた前髪の下から、赤いアイラインを引いたアーモンド型の瞳がこちらを見つめる。

家島いえしま妃頼ひよりさんでお間違いないですか?」

 その名前は、璃子から送られてきたプロフィールに記されていたものだった。
 家島妃頼、二十一歳。住まいは東京の方にあるらしいが、今日は単身ここへ旅行に来ているようだった。

「え、何? 何なの、急に」

 白い直垂衣装に身を包んだ彼女は、戸惑うように眉根を寄せ、手にした金の扇子で口元を隠す。どうやら警戒させてしまったらしい。

「突然お声がけしてすみません。ちょっとお伺いしたいことがありまして」

 ここはさっさと自己紹介をした方が良いと判断し、兼嗣は例の名刺を取り出そうと懐に手を忍ばせたが、

「何? もしかして警察の人?」

「いえ。警察やなくて、私こういう者で——」

「警察じゃないの? じゃあ、おじさん誰?」

「誰がおじさんや」

 それまで営業スマイルを顔に貼り付けていた兼嗣は、一瞬だけその表情を崩して反射的にツッコミを入れてしまった。

「あ……っと、失礼」

 ごほん、と咳払いを一つしてから、彼は改めて笑顔を浮かべて名刺を差し出す。

「私こういう者です」

 家島妃頼は怪訝そうにしながらも、差し出されたそれを受け取ると、表面に印刷された字を神妙な面持ちで読み上げる。

東雲しののめ探偵事務所……岡部薫? あなた探偵さんなの?」

 物珍しそうにこちらを見上げる彼女に、兼嗣は笑顔のまま頷いた。

「ええ、そうです。実は、あなたのお身内から依頼を受けましてね。最近のあなたの行動には不審な点があるんで、調査をしてほしいと」

「身内? ……って、どうせママでしょ?」

 ふう、と疲れたように溜息を吐きながら彼女は言った。

「どうせまた、あの『夢』のことで何か言ってきたんでしょ? 別に問題ないって何度も言ってるのに」

「夢のこと、ですか?」

 兼嗣がオウム返しに聞くと、彼女はどこか腹立たしげに唇を尖らせて言う。

「あたしが毎晩、同じ夢にうなされて飛び起きてること。確かにママからすればびっくりするかもしれないけど、当のあたしが問題ないって言ってるんだから別にいいでしょ。わざわざ探偵まで雇うなんて……本当に無駄なことばっかりするんだから」
 
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