放浪探偵の呪詛返し

紫音

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第五章 オーストラリア QLD ブリスベン

第八話 クイーン・ストリート・モール

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 やがて日が沈む頃、二人の青年は再びバス停へと向かった。どうやら市の中心地の方へ出るらしい。
 天満は今度こそ乗り遅れまいと、彼らの後ろをぴったりとついていく。

 相変わらずバスは予定時刻とは全く違う時間に到着し、乗客を乗せるとすぐに扉を閉めて出発する。
 坂上青年は手頃なイスに腰を落ち着けると、すぐ近くに座った天満を見てギョッとした。
 天満は「あ、どうもー」と冷や汗をかきながら、ジェスチャーを交えて軽く挨拶する。しかし坂上青年は見るからに嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。

 夕闇に暮れていく道を北へ三十分ほど走ると、大きな川を渡り切った先にビル群が見えてくる。カラフルな電飾で彩られた街並みは絶景であり、それを目の当たりにした天満は当初の目的を忘れそうになるほど釘付けになった。



「Goh, wait! Where are you going!?(豪、待てよ。どこ行くんだよ!)」

 主要の駅前でバスを降りた瞬間、坂上青年は逃げるようにして駆け出した。その後ろをソフトモヒカンの青年が慌てて追う。

「あっ、くそ。逃げるな!」

 天満は運賃の支払いにもたついて遅れを取る。なんとか決済を終えてバスを降り、すぐさま追いかけようとすると、

「オー! サムラーイ!」

 行手を阻むように、大柄な白人男性が突然目の前に立ちはだかった。

「Are you Japanese? So cool!(キミは日本人か? かっこいいね!)」

 どうやら天満の和装を見てサムライと勘違いしたようである。テンションの上がっている男性は嬉しそうに天満の手を取って強引に握手をする。日本マニアなのか、着ているTシャツの真ん中にはなぜか筆文字で『冷蔵庫』とプリントされていた。

「あー、えっと……! Sorry, I’m in a hurry!(悪いけど急いでるんで!)」

 必死の愛想笑いで男性を振り切り、天満は今度こそ青年らの後を追う。

「Good luck! サムラーイ!!」

 陽気な激励を背中に受けながら、天満は人混みをかき分けるようにして街中を駆けていった。



 しかし必死に走ったのも空しく、二人の青年の姿はもはやどこにも見当たらなかった。

「み、見失った……」

 煌びやかなメインストリートの真ん中で、天満は愕然とした。
 クイーン・ストリート・モール。ここブリスベンで最も賑やかな繁華街といっても過言ではない、歩行者天国のショッピング・ストリートだ。
 辺りは様々な肌の色を持つ人々で溢れ、楽しげな声があちこちから響く。道は東西へどこまでも伸び、あの二人がどちらの方角へ向かったかもわからない。

 さすがにこの広さの中で見つけられる自信はない。しかしその場でじっとしていても埒は明かないので、とりあえず勘を頼りに足を踏み出す。

(たぶん、川の方には近づかないだろうな)

 一つだけ推測できるのは、坂上青年が水のある場所をなるべく避けるだろうということだった。これまでに何度か怪異に出くわした彼のそばには、いつも水と関連するものがあったからだ。

 ブリスベンの中心地のそばには、大きな川が蛇行して流れている。ついでに人工のビーチもあるので、それらの場所にはおそらく近づかないだろう。
 となると、東の方角を捜した方がいいのだろうか——と、そちらへ足を向けた瞬間、

「あらっ。そこのお兄さん、もしかして日本人?」

 周囲の喧騒に紛れて、日本語を話す女性の声が届いた。
 
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