83 / 108
第五章 オーストラリア QLD ブリスベン
第六話 サニーバンク
しおりを挟む◯
放課後になると、坂上青年は教室を出てまっすぐバス停の方へと向かった。例によってソフトモヒカンの青年も一緒である。二人で街の方へ繰り出すつもりだろうか。
天満はそのあとを一定の距離を保ちながら追う。物陰に身を潜めながら尾行する様はあきらかに不審者だったが、当の問題児にさえ気づかれなければ他人の視線はどうだっていい。
と、青年らの向かう先にちょうど一台のバスがやってきた。彼らはそれに乗り遅れまいと小走りになる。
(まずい……!)
二人がバスに乗り込んだのを見て、天満は焦った。これに乗り遅れたら二人を見失ってしまう。
慌てて自らも駆け出した天満だったが、しかしバスは無情にもあと少しというところで発車してしまった。
「あーっ、くそ! もう。何なんだよ今日は!」
その場に一人取り残され、地団駄を踏む。なかなか思うように調査が進まない。
せめて二人の行き先だけでも確認しておかなければ、とバスの電光掲示板を見ると、向かう先は市の中心部とは反対の方向だった。
「南行きのバス……ってことは、もしかしてサニーバンクに向かったのか?」
キャンパスから見て南の方角には、アジアンタウンとして有名なサニーバンクという街がある。中国や日本、ベトナムなどの東洋系の店が揃っており、現地に住むアジア人の多くが集う場所である。
あの二人がどちらも東洋系であることを考えると、そこへ向かった可能性は高い。
近くにタクシーは見当たらなかったので、なんとか次のバスで追いかけなければ、と時刻表を見ると、次の発車は二十分後だった。
しかし、ここオーストラリアでは日本と違ってバスは時間通りに来ない。五分や十分遅れるのは当たり前で、下手をすればかなり長い時間をここで待たされることになる。
もしかしたら歩いた方が早いんじゃないか……? と不安になる天満だったが、しかし次のバスは思いのほか早く到着した。時間にして五分もかからなかったかもしれない。
時間通りに来ない、というのが逆に良かったのかもしれない。良くも悪くも大らかなお国柄に振り回されながら、天満は南行きのバスに飛び乗った。
◯
目的のサニーバンクの停留所で降りると、なるほど周りはアジア人だらけだった。
メインストリートの脇には大型ショッピングモールが三つあり、あちこちに漢字で書かれた看板も見える。
ショッピングモールはなかなかの広さがあり、この中であの二人を捜すとなるとまた骨が折れるな、と天満はげんなりした。だが嘆いていても仕方がない。
とりあえず片っ端から見て回るか、と腹を括った直後、
「Goh! Hey, Goh! Is that Japanese food!?(豪! おい豪! あれは日本の食べ物か!?)」
聞き覚えのある陽気な声が届いて、天満はハッと顔を向けた。
見ると、特徴的なソフトモヒカンとマッシュヘアが二人揃って店のショーウィンドウを覗いていた。
(いた!)
昼間の初遭遇の時と同じく、思いのほかすぐに見つかった。それもこれも隣のソフトモヒカンが安易に大声を出してくれるおかげである。
二人が見つめているのは魚の形をした小麦色のスイーツで、どう見てもたい焼きだった。テンションの上がっているソフトモヒカンがそれを購入すると、隣のマッシュヘアも同じように一つ注文する。
いや、せっかくオーストラリアに来たのなら現地の食べ物を楽しめよ、と天満は内心不満に思うが、しかし祖国の味が恋しくなるというのもわかる。アツアツのたい焼きを二人が頬張っているのを見ると、つい自分も一つ購入しようかな、なんて考えが過ぎる。
と、そこへ羽織の袂からスマホが着信を知らせた。
すぐに取り出して見ると、画面には『璃子』の文字が表示されていた。
11
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~
紫音
恋愛
幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
神楽囃子の夜
紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~
aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。
ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。
とある作品リスペクトの謎解きストーリー。
本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。
黒地蔵
紫音
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。
※表紙イラスト=ミカスケ様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる