放浪探偵の呪詛返し

紫音

文字の大きさ
上 下
69 / 124
第四章 島根県出雲市

第二十二話 仇

しおりを挟む
 
 璃子は黄泉の国へ連れて行かれたはずである。電話をかけてきているのは、本家にいる別の人物だろうか。天満は恐る恐る応答ボタンを押す。

「もしもし?」

「天満さま! いまどこですか!?」

 スピーカー越しに勢いよく飛んできた、聞き慣れた少女の声。

「璃子? その声、璃子なのか?」

 もう二度と聞けるはずはないと思っていたその声に、天満は目を見開く。

「ええ、ええ。璃子ですよ。呪いに巻き込まれて無様に倒れていた璃子ですよ。悪かったですね!」

 威勢よく逆ギレをかましてくるその声は、間違いなく彼女のものだった。

「璃子。無事だったのか。でも、どうして」

「そのご様子ですと、すでに大体のことはご存知のようですね。私を含め、永久家の血縁者のほとんどは黄泉の国へと引きずり込まれましたが、先ほど回復しました。本家にいる者たちも全員無事です」

 全員無事。その報告に、天満は肩の力が一気に抜けていく。

「助かった、のか? でも時治の爺さんは……」

 言いながら、天満は思い出す。
 黄泉の国で天満が絶命する直前、時治は血縁者たちの魂を封じ込めていた玉を破壊した。もしかするとあれは、血縁者たちの魂を解放する行為だったのだろうか。
 そう思って改めて部屋の中を確認してみれば、時治の周りに集まっている顔ぶれの中には、先ほど玄関先で倒れた女性の姿もあった。どうやら彼女も無事に現世へと帰還し、回復したらしい。

「時治さまとお会いになったのですね? あの呪いは、やはり彼の仕業だったのですか? それから、兼嗣さまは今ご一緒なのですか?」

 聞かれて、天満はハッとする。
 そして部屋の端、兼嗣が眠っている布団の方へ目をやれば、彼は未だ瞳を閉じたまま起き上がる気配はなかった。

「兼嗣。おい、起きろよ。お前もこっちに戻って来られるんだよな?」

 天満は彼の枕元に膝をつき、空いた方の手で肩を揺する。だが、彼の意識は一向に戻らない。

「天満さま? どうかしたのですか。兼嗣さまに何かあったのですか?」

「兼嗣が目を覚まさないんだ。こいつもみんなと同じで、黄泉の国から帰ってくるはずなのに」

「その人は帰れないよ」

 背後から、鈴を転がすような声が届く。
 天満が振り返ると、いつのまにかすぐ後ろには御琴が立っていた。まだ目元は赤いが、涙は止まっている。

「その人だけは帰れない。お爺ちゃんが連れて行くから」

「何だって?」

 天満は御琴の方へ膝を向け、半ば睨み上げるようにして彼女を見つめる。

「お爺ちゃんから聞いたんでしょ? 二十年前に何があったのか」

 彼女の言葉に、先ほど時治が言っていたことが重なる。

 ——右京の命を奪い、何も知らずにのうのうと生きてきたあの男を、このまま見逃すつもりはない。儂が死ぬ時は、あやつも共に連れて行く。

 兼嗣のせいで右京が死んだ。それを時治は今でも恨んでいる。

「あんたもその人のことが憎いんでしょ? このまま死んじゃえばいいって思ってるんじゃないの?」

 まるで首筋に刃を突きつけてくるような、御琴の鋭い指摘。

「天満さま、どうしたんですか。返事をしてください!」

 スピーカーの向こうから璃子の声が聞こえる。彼女にこちらの会話を聞かれるのはまずいと思い、天満は通話を切った。

「俺は……」

 御琴から目を逸らし、再び兼嗣の寝顔へと視線を戻す。静かに寝息を立てるその姿は、まるで死を目前にした人間とは思えないほど穏やかだった。

「俺は、こいつのことが嫌いだ。ガサツで軽薄で、そのくせ、いつも上から目線で。酒癖も悪いしタバコ臭いし。でも……」

 脳裏で、右京が微笑む。

「……でも、だからって、このまま死んでいい奴だとは思わない」

「あんたの大事な人の命を奪った張本人なのに?」

 右京が死んだのは兼嗣のためだった。兼嗣さえいなければ、彼女は死なずに済んだかもしれない。

「わかってるさ。こいつは右京さんの仇だ。でも……こいつの命は、右京さんがその命に代えて守ったものなんだ」

 天満にとって、何よりも大切だった人。そんな彼女が命と引き換えに守った存在。

「右京さんがこいつを最後まで守り抜いたというなら、俺だって、こいつをここで死なせるわけにはいかない。何か、まだ方法はあるはずだ。こいつはまだ生きてるんだから」

 まだ諦めたくはない。彼女が守り抜いたものを失ってしまえば、それこそ彼女の死が無駄になってしまう。

「……わかった。あんたは、その人を助けたいんだね」

 ふう、と溜息を吐くように御琴が言った。その口ぶりは、まるで何か策でもあるように聞こえる。
 天満が見ると、彼女は時治の周りにいた女性たちに目配せしてから、再び天満へ向き直って言った。

「黄泉の国へ向かう方法が一つだけあるの。車を出してもらうから、一緒に乗って」
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

異邦人と祟られた一族

紫音
ホラー
古くから奇妙な祟りに見舞われる名家・白神家。その一族を救うことができるのは、異国の風貌を持つ不思議な少年・ギルバートだけだった。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...