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第四章 島根県出雲市
第二十二話 仇
しおりを挟む璃子は黄泉の国へ連れて行かれたはずである。電話をかけてきているのは、本家にいる別の人物だろうか。天満は恐る恐る応答ボタンを押す。
「もしもし?」
「天満さま! いまどこですか!?」
スピーカー越しに勢いよく飛んできた、聞き慣れた少女の声。
「璃子? その声、璃子なのか?」
もう二度と聞けるはずはないと思っていたその声に、天満は目を見開く。
「ええ、ええ。璃子ですよ。呪いに巻き込まれて無様に倒れていた璃子ですよ。悪かったですね!」
威勢よく逆ギレをかましてくるその声は、間違いなく彼女のものだった。
「璃子。無事だったのか。でも、どうして」
「そのご様子ですと、すでに大体のことはご存知のようですね。私を含め、永久家の血縁者のほとんどは黄泉の国へと引きずり込まれましたが、先ほど回復しました。本家にいる者たちも全員無事です」
全員無事。その報告に、天満は肩の力が一気に抜けていく。
「助かった、のか? でも時治の爺さんは……」
言いながら、天満は思い出す。
黄泉の国で天満が絶命する直前、時治は血縁者たちの魂を封じ込めていた玉を破壊した。もしかするとあれは、血縁者たちの魂を解放する行為だったのだろうか。
そう思って改めて部屋の中を確認してみれば、時治の周りに集まっている顔ぶれの中には、先ほど玄関先で倒れた女性の姿もあった。どうやら彼女も無事に現世へと帰還し、回復したらしい。
「時治さまとお会いになったのですね? あの呪いは、やはり彼の仕業だったのですか? それから、兼嗣さまは今ご一緒なのですか?」
聞かれて、天満はハッとする。
そして部屋の端、兼嗣が眠っている布団の方へ目をやれば、彼は未だ瞳を閉じたまま起き上がる気配はなかった。
「兼嗣。おい、起きろよ。お前もこっちに戻って来られるんだよな?」
天満は彼の枕元に膝をつき、空いた方の手で肩を揺する。だが、彼の意識は一向に戻らない。
「天満さま? どうかしたのですか。兼嗣さまに何かあったのですか?」
「兼嗣が目を覚まさないんだ。こいつもみんなと同じで、黄泉の国から帰ってくるはずなのに」
「その人は帰れないよ」
背後から、鈴を転がすような声が届く。
天満が振り返ると、いつのまにかすぐ後ろには御琴が立っていた。まだ目元は赤いが、涙は止まっている。
「その人だけは帰れない。お爺ちゃんが連れて行くから」
「何だって?」
天満は御琴の方へ膝を向け、半ば睨み上げるようにして彼女を見つめる。
「お爺ちゃんから聞いたんでしょ? 二十年前に何があったのか」
彼女の言葉に、先ほど時治が言っていたことが重なる。
——右京の命を奪い、何も知らずにのうのうと生きてきたあの男を、このまま見逃すつもりはない。儂が死ぬ時は、あやつも共に連れて行く。
兼嗣のせいで右京が死んだ。それを時治は今でも恨んでいる。
「あんたもその人のことが憎いんでしょ? このまま死んじゃえばいいって思ってるんじゃないの?」
まるで首筋に刃を突きつけてくるような、御琴の鋭い指摘。
「天満さま、どうしたんですか。返事をしてください!」
スピーカーの向こうから璃子の声が聞こえる。彼女にこちらの会話を聞かれるのはまずいと思い、天満は通話を切った。
「俺は……」
御琴から目を逸らし、再び兼嗣の寝顔へと視線を戻す。静かに寝息を立てるその姿は、まるで死を目前にした人間とは思えないほど穏やかだった。
「俺は、こいつのことが嫌いだ。ガサツで軽薄で、そのくせ、いつも上から目線で。酒癖も悪いしタバコ臭いし。でも……」
脳裏で、右京が微笑む。
「……でも、だからって、このまま死んでいい奴だとは思わない」
「あんたの大事な人の命を奪った張本人なのに?」
右京が死んだのは兼嗣のためだった。兼嗣さえいなければ、彼女は死なずに済んだかもしれない。
「わかってるさ。こいつは右京さんの仇だ。でも……こいつの命は、右京さんがその命に代えて守ったものなんだ」
天満にとって、何よりも大切だった人。そんな彼女が命と引き換えに守った存在。
「右京さんがこいつを最後まで守り抜いたというなら、俺だって、こいつをここで死なせるわけにはいかない。何か、まだ方法はあるはずだ。こいつはまだ生きてるんだから」
まだ諦めたくはない。彼女が守り抜いたものを失ってしまえば、それこそ彼女の死が無駄になってしまう。
「……わかった。あんたは、その人を助けたいんだね」
ふう、と溜息を吐くように御琴が言った。その口ぶりは、まるで何か策でもあるように聞こえる。
天満が見ると、彼女は時治の周りにいた女性たちに目配せしてから、再び天満へ向き直って言った。
「黄泉の国へ向かう方法が一つだけあるの。車を出してもらうから、一緒に乗って」
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