放浪探偵の呪詛返し

紫音

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第四章 島根県出雲市

第十一話 出雲大社

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 川のせせらぎが聞こえて、天満は目を覚ました。
 冷たい土の感触。深い霧のかかった、見覚えのある薄暗い世界。

(またここか……)

 むくりと上半身を起こし、辺りを見回す。その場所は間違いなく、以前にも来たことがある黄泉の入口だった。相変わらず視界は悪く、かろうじて見えるのは川の岸辺のみ。

「おい、金ヅル。いないのか?」

 どこへともなく声を掛けるが返事はない。どうやらはぐれてしまったようだ。
 まずいな、と思う。黄泉の国から現世へ戻るためには、この世界で誰かに殺されるか、複数人で心中するしかない。もしも兼嗣と再会できなければ、このまま二度と帰れなくなる可能性もある。

「なあ、時治の爺さん。聞こえてるんだろ。いるなら返事しろ!」

 天満はその場に立ち上がり、声を張り上げる。

「あんたの娘が俺たちに言ってたぞ。あんたと会って、ちゃんと話をしろって。あんたも何か言いたいことがあるんじゃないのか? こそこそと隠れてないで姿を見せろよ!」

 声は何度か木霊した後、虚空へと吸い込まれていった。やはり返事はない。
 しかし代わりと言わんばかりに、目の前の空間が突如としてぐにゃりと歪む。そうしてどこからともなく、鋼製の黒い鳥居が姿を現した。

「これは……」

 依然として霧は濃いものの、正面の景色は明らかに変わった。鳥居の斜め手前には石碑が立ち、その表面には『出雲大社』と彫られている。
 それは天満にとってひどく見覚えのあるものだった。ちょうど今日の昼間、この景色を目に焼き付けたばかりである。

「出雲大社か。確かに姿形は同じだけど……」

 何もない空間から現れた、神社への入口。足元はいつのまにか石畳に変わっている。
 これも永久時治が故意に見せているものなのだろうか。完全に相手のペースに飲まれているな、と天満は唇を噛む。
 しかし、このままここで立ち止まっているわけにもいかない。罠かもしれないとは思いつつ、彼は慎重に足を進ませて鳥居の下を潜った。
 両脇を高い木々に囲まれた参道はまっすぐに伸び、しばらく行くと下り坂になっていく。そこからさらに橋を渡り、もう一つ鳥居を潜って砂利道を進むと、右手にある広場には大きな銅像が見えてきた。
 腰に刀を提げ、頭髪を角髪みずらに結った男性の像だった。日本神話に登場し、縁結びの神として出雲大社に祀られている大国主命おおくにぬしのみことである。

大国だいこくさま、か」

 先ほど御琴が口にした言葉を思い出し、天満は呟く。

 ——お爺ちゃんは、だいこくさまなの。

 『だいこくさま』といえば、七福神の大黒天、そしてこの大国主命を指す愛称である。彼女がどちらを指してそう言ったのかはわからないが、きっと何か理由があってイメージを重ねているのだろう。

「まあ、それは後回しだな」

 今は何より先に、まずはあの老人を捜し出さねばならない。
 さらに道を進んでいくと、参道の終わりにまた一つ鳥居が見えてきた。そこを潜れば拝殿があり、巨大な注連縄しめなわが目に入る。
 いつもなら観光気分で大いに盛り上がるところだが、このとき天満の気を引いたのは、拝殿の注連縄でもなければ、奥にある本殿でもなかった。
 拝殿の手前に、一人の人物が立っていた。こちらに背を向けているその姿に、天満の瞳は釘付けになる。
 拝殿に向かって手を合わせ、神に祈りを捧げる一人の女性。身に纏うのは白地の着物に、男物の黒い羽織。長い髪は後頭部で一つに縛っている。
 一瞬、見間違いかと思った。
 ひどく見覚えのあるその後ろ姿に、天満は思わずその名を口にする。

「右京さん……?」
 
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