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第三章 京都府京都市
第十一話 問題児
しおりを挟むその翌日。二人は本来の目的である『問題児』の家へと向かった。
場所は泊まった宿のすぐそばで、観光客の行き交う通りから少し細い路地に入ったところにある。
——いいか、天満。今回はとりあえず私のことを見ているだけでいい。呪詛返しの流れ自体は知っているだろうが、座学と実践とでは全く違うからな。
その言葉通り、天満の目に映った本物の呪詛返しは、想像の何倍以上ものインパクトがあった。
今回呪われていた人物は老齢の男性で、数ヶ月前に最愛の妻に先立たれたことから精神に不調を来していた。右京との会話も最初のうちこそ問題なかったが、呪いの核心部分へ迫っていくごとに情緒を乱し、最終的には発狂して呪詛を具現化させた。
当時の天満にとって、『大人』という存在は『しっかりしている』、あるいは『頼りになる』といったようなイメージがあった。子どものようにすぐに泣いたり、癇癪を起こしたりすることなく、何でも一人で卒なくこなしてしまう強い存在だった。
しかし呪詛返しの現場で見た『問題児』の有様ときたら。まるで子どものように泣き喚き、無様に呪いから逃げ惑うという酷いものだった。大人というのは実はこんなにも脆い存在だったということを、この日天満は初めて思い知らされた。
そして極め付けには、
——右京さん、あぶない!
呪いが、彼女を襲う。具現化した呪詛との戦闘は、幼い天満にとってトラウマになり得るほどの壮絶な光景だった。
床の間に飾られていた日本刀を、具現化した呪詛は軽々と手に取って右京に向けた。呪詛返しを行うため、彼女は一度攻撃をその身に受け、腹を横一文字に切り裂かれて血飛沫と臓物とを飛び出させた。
——大丈夫か、天満。まだ気分が悪いのか?
無事に役目を終え、再び外に出る頃には、すでに陽が西へと傾いていた。
天満は青い顔で項垂れたまま、桂川の河川敷に腰を下ろしていた。何度も吐きそうになり、その度に右京が背中をさする。
——右京さんが、ほんとに死んじゃうかと思った……。
穏やかに流れる水面を見つめながら、天満は震える声で言った。
死ぬ、ということの意味さえ、その頃はあまりはっきりと理解してはいなかったが。しかし彼女を目の前で失うかもしれないと思った瞬間、それまで感じたことのない本能的な恐怖が天満を襲った。
——人はいずれ死ぬ。私も、ここにいる人々もみんないつかは死ぬ。その時期が早いか遅いかの違いだけで、すべての人が同じ道を辿るんだ。
右京はそう言って、周囲を行き交う観光客たちに目をやった。いつにも増して人通りが多い。浴衣を着た人々が、渡月橋を目指してぞろぞろと歩いていく。
その日は、八月十六日。ここ嵐山では夜七時から灯籠流しがあり、八時になると、遠くの山に送り火が灯されるのが見える。
——ただな、天満。人は死んでも、それで終わりじゃない。誰かがその人のことを覚えている限り、心の中で生き続けるんだ。
空はいよいよ日没を迎え、川の桟橋に用意されていた無数の灯籠に火が灯される。淡い光を放つそれらは一つ一つが手作業によって水面に浮かべられ、音もなくゆっくりと、同じ方向へ流されていく。
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